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第40話 庭で出逢った、赤髪の美少女? 美少年?
「や、やっと・・・・・・許可が出たぁ」
この3日間こまめにプルメリアの経過を診にこまめに訪れていた医師の診察が無事に終わって開口一番の言葉である。
ただ医師からは「ベッドから起き上がっても大丈夫ですよ。気分が悪くなったらすぐに部屋に戻って休むこと。少しでも違和感を感じたら報告することを守って頂けるなら庭に出られるのも許可出来ます」
と言われて、一も二もなく「はい! ちゃんと気をつけます、何かおかしかったら報告します!」と勢いよく同意したのだった。
この解放される3日間の間はプルメリアはベッドから起き上がるのを禁止されていた。
本を読むか寝るしか選択肢のない生活は本当に退屈である。
鍬も振れないのに植物を愛でるのも許されない生活は苦痛だった。
ここまで厳重にベッドに軟禁されたのは、ノヴァーク公爵家嫡男であるクリスティアンは幼いころから徹底的に毒への耐性を付けられてきたのに加え、プルメリアは毒への耐性など皆無なので、どういう状態になるか不安もある上、治験のないクリスタのおかしな薬がプルメリアにどう反応するか不明だったこともある。
だが、もうそこまで警戒する必要はなくなったらしい。
本日やっと(制約付きとはいえ)庭に出る許可が出たのだから、善は急げとばかりプルメリアはレイチェルを伴って、早速庭に出ることにした。
夏にも咲く品種なのだろうか。
噎せ返るような白薔薇の香りを深々と吸い込みプルメリアはうっとりした。
(やっぱり自然に触れない生活は性に合わないわ)
短時間しか許されていない庭の散策ではあるが、プルメリアは急ぐこともなく庭に咲き誇る花々ひとつひとつ立ち止まって愛でていた。
「プルメリア様、そろそろ・・・・・・」とレイチェルに促されつつ、まだ庭に居たいプルメリアの足は鈍い。
そんなゆっくり庭を歩くプルメリア。
夏の陽光の射す庭の小径で、突然目の前に現れたのは赤い宝石のような髪を持つ美少年だった。
(……いや、美少女? 美女?)
顎下で美しく切り揃えられた鮮やかな赤髪は、整った顔立ちにあまりに似合っていて中性的に映る。
だが、もしも目の前の方が女性だとすれば、その髪型は貴族令嬢としてはあり得ない・・・・・・はず。
平民の中には短い髪の女性が普通にいる。
勿論、プルメリアの生家のクレスディ伯爵領の領民にもいたけれど――でも、どう見てもその身なりは貴族令息のものだ。
白磁のように透き通る肌に、影を落とすほど長い睫毛。
すっと真っ直ぐに通った細い鼻筋、弧を描く淡い色の唇。
まるで絵筆で描き出したように整った美貌を前に、プルメリアは立ち尽くした。
♦♢♦♢♦♢
(な、なにこの人……!? 美少年? 美少女? 性別不明の美……? でも服は貴族令息のように仕立ての良いシャツにベストにズボンだし、袖には宝石を使用されたようなカフスボタンも見えるし……え、どう判断すれば正解!?)
思わず内心で叫びながらも、クリスティアンとはまた方向性の違う美だが、中性的で完璧に見えるその美貌に、性別間違えたら大変だよね!?
と、心の中で悲鳴をあげていると――
「ごきげんよう、お美しいお嬢さん」
その顔に似合う涼やかで澄んだ声が、陽光を反射するように軽やかに響いた。
そこで性別が男性だと理解するプルメリア。
声が女性にしては低い。男性とするとちょっと高めな気もするが。
プルメリアが性別が声で判明してホッとしているところで、赤髪の美少年は、まるで童話に登場する王子様のように、片手を胸に当てて優雅に一礼してみせたのである。
(え、まるで王子さま……)
その仕草の洗練された美しさに、プルメリアは瞬きを忘れる。
「この庭に咲く気高い白薔薇たちも、あなたの美しさの前では凡庸として、色褪せてしまいますね」
甘やかに響く言葉たち。
プルメリアは思わず「えっ」と声を漏らした。
「ああ、お嬢さん。貴女は夏の日差しのように強く眩しい……」
「え、えっ……?」
「白薔薇の芳しい香りも花びらの可憐さも、貴女の素晴らしさには到底及ばない」
立て続けに浴びせられてくる賛辞に、全く言われ慣れぬプルメリアの頭の中は完全にショート寸前だった。
前世の乙女ゲームでしか聞いたことのないような賛辞の言葉たちが、目の前で美しく微笑む王子様のような美少年から、惜しげもなく降り注いでくる意味不明な状況に内心だけに戸惑いを留めておれずに、焦りが表情に出てしまっている。
「まるで、運命が導いた奇跡のようだ……貴女に出逢えたことが」
(う、運命!? 奇跡!? ちょ、ちょっと待ってください!?)
あまりに甘すぎる言葉の連打に、プルメリアは真っ赤になって目を白黒させた。
この場から駆け出してしまいたい衝動すら感じる。
ちなみにプルメリアの背後に控えているレイチェルは、プルメリアが王子様のようだと感じている美少年に侮蔑の視線を投げかけている。
この男とは職種は違えど同僚のようなもので、そのアホな性格も熟知しており、プルメリアをからかっているというのを察して軽蔑の視線を投げているのだ。
しかし甘い賛辞をいくつも繰り出していた王子様のような美少年は、次の瞬間、急に下を向き、肩を震わせた。
「……っ」
「えっ!? あ、あの、大丈夫ですか!? ご気分が……!」
心配して近づいたプルメリアの前で、美少年は堪えきれなくなったかのように肩を大きく震わせ――
「ぷっ……あっははははははは!!!」
庭に響き渡るほどの爆笑を爆発させた。
優雅な王子様の幻影は一瞬で吹き飛び、青年はひいひいと腹を抱えて笑い続ける。
「……え?」
プルメリアはポカンとして目の前で苦しそうに片手でお腹を抑え爆笑している美少年を見つめていた。
「いや、いやいや……はははっ、く、苦しい……!」
笑い転げていた赤髪の青年は、ようやく肩で息をしながら顔を上げた。
その紅玉のような瞳には、涙まで滲んでいる。
それからプルメリアの顔をジッと見つめた後に「――あー、参った。クリスティアンの奴、ほんっと超面食いだな!」と断言した。
「……え?」
先ほどから目の前の美少年には、ポカンとさせられたりきょとんとさせられたりするプルメリア。
クリスティアンが超面食い? 首を傾げるプルメリアに、彼は愉快そうに口角を上げた。
「オレも面食いには自信あるんだけどさ、クリスティアンには負けたよ。なるほどなぁ、これは確かに……美しい」
美少年はまだ笑いの余韻を残しつつ、眩しいほどあけすけにそう言い切った。
ひどく率直な言葉に、プルメリアの頬がぱっと赤くなる。
面と向かってそんなことを言われるのは、恥ずかしすぎて穴があったら入りたいほどの羞恥心を感じる。
プルメリアは耳まで赤くなって、視線を泳がせながらモジモジとスカートの端を指でいじる。
「……えっと、その……美しいだなんて、そんな……」
声は小さく掠れ、最後はほとんど聞き取れない。
その反応に、赤髪の青年はじっと見つめ――ふっと笑みを引っ込め、真顔になった。
「……うわぁ」
「え?」
「お嬢さんは貴族令嬢っぽくないな。すごく純情で、かっわいい。本当に可愛いね」
真剣そのものの声音。
褒め言葉に慣れていないプルメリアは一瞬固まり、思わず両手で顔を覆ってしまう。
その姿を見た美少年の口元には、からかいとも本音とも取れる柔らかな笑みが浮かんでいた。
「なんだよ、クリスティアンばっかり。アイツには腐るほど美女が寄ってくるのに、大当たりまで引き当てちゃって……神はいないな。オレほんと可哀想」
「クリスティアン様のお知り合いですか?」
クリスティアンの名が出たうえ、名を呼び捨てだ。
親しい方なのかもしれない。
「あ、自己紹介するの忘れてた。オレ、クリスティアンの仕事の相棒でシルヴァンっていいます。基本的にはクリスティアンと一緒に書類仕事をしてますけど、別なお仕事もしていて、彼女も婚約者も居ません! 仕事が恋人のような毎日を送っている可哀想な人間です。以後お見知り置きを!」
シルヴァンは両手を広げ、天を仰ぐ。
どこか悲劇の主人公を演じるような大げさな動きに、プルメリアは思わず小さく吹き出しそうになった。
「……そ、そうなんですね? 私はプルメリア・レイラ・クレスディと申します。クリスティアン様の婚約者です」
「プルメリアちゃんか。ご丁寧な紹介ありがとう。シルヴァンって呼んでね」
「はい、シルヴァン様と呼ばせて下さい。私もプルメリア……ちゃん? で」
ちょっと恥ずかしそうに言うプルメリアにシルヴァンがニッと明るい笑顔を浮かべる。
「あー、プルメリアちゃんに癒やされる。さっきまで無の表情で書類仕事しているクリスティアンのとこに居たんだけど、ちょっと息抜きにね庭にきたの。プルメリアちゃんに逢えたから庭で正解だったわ。アイツ、あ、クリスティアンね? 婚約者出来たなら紹介してくれっていうのにしてくれないしさ。アイツには仕事でも苦しめられて、恋愛のプライベートでも苦しめられているのに、婚約者すら紹介して貰えない哀れな男ですよ、オレは」
「クリスティアン様はきっと紹介するタイミングを見計らっていたのかもです、私がまだまだ公爵家に相応しくないから……」
「いや、底意地悪く紹介してないだけだよ。美しいものを自分だけで囲いたいタイプだアイツは」
シルヴァンがまた変なことを言っているなとプルメリアは首を傾げた。
「それは考えすぎかと思いますよ。わたしが――」
「いやあるんだよ!」とシルヴァンが食い気味に返す。
「そもそもがね、アイツには嫌なことばっかりされてるんだよ。せっかくオレに気がありそうな子でもさ、アイツが「シル、ちょっと話が……」とかクールな顔で現れてさ、その子がクリスティアンの顔を見た瞬間にオレに向けてた好意とかもろもろが全部リセットされるの。あの顔は反則だろ!? これが物凄くたまーにならいいよ。でも違うんだよ、わざとかって思えるくらい多いんだよ。こっちはようやくいい感じになったとこで、目の前に“傾国の美貌”が現れるわけ。……わかる? この虚無感」
プルメリアはきょとんとしながらも、ころころと表情が変わるシルヴァンに思わずくすっと笑ってしまう。
それを見たシルヴァンは胸を押さえ、さらに大げさに肩を落とした。
「ほら! オレ、さっきまで王子様っぽくてちょっと良い感じに見えたでしょ? なのに結局笑わせ役なんだよなぁ……」
とプルメリアにおどけてみせるシルヴァン。
――と、その時。
「……楽しそうだな」
低く抑えた声が、ふいに二人の背後から落ちてきた。
一瞬で空気が変わる。
プルメリアが驚いて振り返ると、そこには漆黒の髪を風に揺らし、青灰色の瞳でこちらを射抜く美貌の男――クリスティアンが立っていた。
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魔王様降臨ですね。
明日また朝に更新予定です。
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