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08話 プルメリアのデビュタント。②
しおりを挟むそれから数週間後、父と共に馬車で王都へと向かう事になった。
夜会が開催される五日前には王都の端っこに建てた屋敷へ着くよう調整して旅立つ。
幼い頃には父と母と一緒に来た事があるかもしれないが、幼すぎたのか記憶にはない。
思ったより大きな屋敷に驚いていると、父が「敷地も広いだろう? 畑が出来そうだったから提案してみたんだけど、残念ながらやめた方がいいと却下されてね。」酷く残念そうに父は言うが、却下されるのは当然だろうなと思う。
年に二度程しか利用しないのに畑なんぞ作られたら、その面倒な農作業は全てここの管理人達がやらざるを得なくなる。
せっかくの畑を次に父が来た時に荒れ果てた状態にする訳にはいかないのだから。
管理人達の仕事を更に増やして管理と世話をさせるか、それが無理であるなら新しく世話をする者を雇わなければいけなくなるだろうし、年に二回しか来ない伯爵の趣味の為に、年単位で新しく使用人を増やすのは、それこそ管理費の無駄だろう。
私も土いじりは好きな方だが、父は土いじりが好き過ぎるのではなかろうか。
ここまで畑に対する熱意たっぷりな父だから、あのような良質な小麦が出来るようになったのかもしれない。
まだ諦めてなさそうな父に「使用人をあまり困らせると嫌われてしまいますよ」と言っておいた。
夜会当日、父から贈られた愛を感じるドレスに身を包み、初めて王宮の中へと父にエスコートされながら歩く。
既に大勢の貴族が到着していた。
あちらこちらで煌びやかに装った男女でごった返している。
初めての王宮、初めての夜会、平凡は譲れないけれど夜会の会場の熱気に当てられて父の腕に腕を絡めながらも、どんどんと緊張が高まるのを感じながら歩いた。
王族主催の夜会でデビュタントを迎える事は、国内の貴族令嬢の憧れらしい。
その通りだったらしく、凝った装飾品をいくつも付けた白いドレス姿の子達は私と同じように本日がデビューのご令嬢達。
時間と共に一か所に白いドレスの令嬢達が並び始める。
父に促されその列に並ぶ。
ひとりで並ぶのかと心細く思っていたが、皆エスコートしている人と共に並んでいるのを見てホッとする。
「お父様、こちらの列は?」
「ああ、陛下にデビュタントのご挨拶をするのだ。王国の正式なる貴族の一員として、本日恙なく成人を迎えたと陛下に喜びの報告をするんだよ。」
「へ…陛下に…。」
国の最高権力者に挨拶すると訊き、プルメリアの顔色が悪くなる。
「プルメリア!? 大丈夫だよ。ご挨拶だけして陛下から一言貰うだけだから。
挨拶文言は考えて……来てないか。私の失態だな、確認していなかった。」
その挨拶して一言貰うが死にそうな程に緊張するのだが、父は分かっていないようだ。
「敬愛する陛下、本日無事にデビュタントにて成人を致しました。これから貴族の一員としてその血に恥じぬ振る舞いをすることをこの場で誓います。…かな。後は陛下がプルメリアの名を口にして成人の祝いの言葉と励むようにで締めくくって下さる筈だ。」
伯爵は娘を励ますように、少し震える肩を擦って慰める。
「丸暗記します。」
具体的な言葉を考えて貰えた事により、プルメリアも頭の中でその場の雰囲気を想像しやすくなったのか、青かった顔色が徐々に良くなっていった。
段々と近づいているのだろう。
かなり遠目から並び始めたので陛下の姿が一切分からなかったが、前の人間が前進する度に、高貴な姿を確認できるようになってきた。
煌々と照らす夜会の大きなシャンデリアの照明を受け、王冠に埋め込まれた巨大な宝石が煌めいているのまで分かるようになってきた頃、プルメリアの番まで五人程の令嬢が居た。
文言は覚えたけど、胃がシクシクと泣くように痛い。
父とのファーストダンスは楽しみだが、その前に陛下に挨拶があったとは。
父は申し訳なさそうにしていたけれど、逆に良かったのかもしれない。
直前だったから今だけ異常に緊張しているけれど、前から知っていたら、この当日の日までずっとその事を考えてはうわああっと悶え緊張していたと思う。
口を窄め、息を細く吸い吐きだしと、何度も深呼吸をする。
うん、落ち着いてきた。
この調子で何度か深呼吸していれば、酷い緊張も緩和されそう…
その時、右頬にチリチリとした静電気のような感覚がした。
( 何このピリピリした感じ。静電気…みたいな?)
ピリピリした感覚があまりに続くので、隣に立つ父をそっと見上げる。
( お父様は普通だわ。何も感じてない気がする)
目線だけで周囲を確認するも、何かおかしな動きをしている者も、妙な感覚を感じてそうに顔を触る者も確認できない。
気のせいか。
やがてプルメリアの番がきた。
王が醸し出す覇気というのだろうか、最高権力者を前に何度も練習させられたカテーシーをするだけで精一杯だ。
父に言われた文言を口にし、陛下から成人を祝う言葉を戴く。
顔をあげるように言われて顔をあげた時、しばらく無言で見つめられたのだけれど、何処かおかしかったのだろうか。
また再度深くカテーシーをして陛下への挨拶という大きなイベントを終えて、その場を父と共にゆっくりとした足取りで陛下の御前を去る。
正直、父に腕を回して居なければ、みっともなく生まれたての小鹿のような足取りでプルプルしながら歩を進めていただろう。
全然足腰に力が入らなかった。
社交をしなさ過ぎて、高貴な方の持つ雰囲気慣れしていないのがダメだったのだろうか。
物凄く緊張した……。
まだ全員分のデビュタントの挨拶を終えていないので、ファーストダンスの開始まで時間がある。
これは……王宮の凄腕シェフの超贅沢な夜会料理を食べるチャンス!
少し先にある所せましと並べられた料理を爛々とした目で見つめるプルメリア。
「お父様…!」
「ああ、分かっているよ。いつも挨拶周りだけしてさっさと帰っていたから私も食べた事はないんだ。まだ時間はあるし、色々食べようか。」
流石お父様だわ! 私がお父様と一言口にしただけで、私の気持ちも言いたい事も全部分かってくれるなんて!
王族主催なだけあり、王国で開かれる夜会の中でも参加する人数もメンバーも飾り付けられた会場も全てが桁違いの豪華絢爛ぶり。
普段の質素堅実な暮らしに馴れきったプルメリアは、高揚するよりも場違いに感じる気持ちの方が強い。
少女達が一度は夢見るような憧れの綺麗なドレスや宝石は、プルメリアの興味を全く惹かない。
綺麗だな、ステキだなと美しいものには美しいと感じるものの、その美しいネックレスを身に着けたい、周囲の視線を独り占めするような豪華なドレスを身に纏いたい、とはならないのだった。
結局、贅沢な物や暮らしに憧れるより、己の身の丈にあったいつもの生活が落ち着くし好ましいのである。
だから、場の空気に気圧され萎縮していたプルメリアが、突然キラキラとした目を向ける方向を辿れば、誰でも分かるほど分かり易かったのだが。
父親に向かって娘が尊敬の眼差しを向けているのをわざわざ訂正する必要もあるまい。
弾むような足取りで目当ての料理の場所まで進む娘をエスコートしながら、伯爵はだらしなく緩みそうになる口元を引き締めた。
「…お、美味し過ぎませんかお父様。私、もうこれ以上食べない方がいい気がしてきました。」
「ん、なぜだい?」
何かのソースを口の端に付けて神妙な顔をするプルメリアに、伯爵は首を傾げ問いかける。
これほど贅沢な料理は普段食べるのは難しいだろう。
王都に住んでそこそこの資産を持つ貴族の家でもどうだろうか。
食べれる時に食べないでどうする?
「戻れなくなりそうで。怖くないですか?」
「何処にだい?」
娘は何を言いたいのか。戻れない?
「私は質素堅実の我が家のモットーを大切にしたいです。けれど、ここで美味し過ぎる食べ物に出会ってしまって、それに舌が慣れてしまったら………
あの質素な生活に戻れなくなりそうで。」
ああ、なるほど。
伯爵は娘の可愛い心配に思わず微笑んでしまう。
「同じ食材は我が家では用意出来ないかもしれないけれど、同じ味なら表現できるかもしれないだろう? 今日色んな味を舌で覚えて、我が家で再現してみせるというのはどうかな? 探す楽しみも増えて面白そうだ。」
「まぁ! そうです、その手があります! しっかり覚えて味を再現してしまえば、質素でありながらこのように美味しい物が食べられそう! お父様、素晴らしいアイデア有り難うございます。」
パァっと花が綻ぶような笑顔になると、いそいそと次の料理を選びに行く娘。
その後ろをゆっくりとついて行きながら「プルメリアが楽しんでくれるのが一番だよ。一生に一度のデビュタント、おめでとう」と呟いた。
そんな親子の仲睦まじいやり取りを見つめる二人の男。
豪華な衣装に身を包み、王族の一員かと見紛う程に気品のある立ち姿。
二人揃って立つ姿は、周囲の視線を釘づけにしている。
とても良く似た顔立ちに、兄弟のようにも思えるが親子である。
王国貴族で知らぬ者はいない程に有名なノヴァーク公爵家。
大商会を経営し、自領地の運営も頗る順調。
元々公爵家は莫大な資産を持つ貴族であるが、このノヴァーク公爵家は、他の公爵家など足元にも及ばないような、桁違いの資産を持っているだろうと有名だ。
王族主催とはいえ、護衛騎士が付いて二人を守っている。
他の貴族であれば、護衛騎士などを付けて夜会に参加などは許されないが、ノヴァーク公爵家のような特別な貴族には、特例として申請さえすれば護衛騎士を伴うのは許されていた。
それぞれの護衛騎士が護衛対象の背後に立ち、近づこうとする貴族達を目線だけで牽制している。
「合格ですか?」
見た事もない程に美しい男が、隣の年上の美しい男に問いかけた。
ジッと見つめた先で嬉しそうに料理を口にする少女を眺め、口の端をゆっくり上げた。目が離せないのか視線は動かない。
「あれは磨けば磨くだけ際限なく輝く原石だな。」
そう言い切ると、神妙な顔になる。
「父上に、あの家への申し入れをお願いしてもいいですか?」
「そうだな、明日にでもすぐに送ろう。」
少女の隣に立つ父親らしき男を見る。
「ああ、クレスディ家の。なるほどな。それならばあれほど美しいのにも納得だな。家格差を考えても断りの選択肢は選ばないだろうが…クレスディだからな。
少し強引な手も考えておかねばなるまい。」
「クレスディ家…ああ、小麦の?」
「ちょっと当主が変わり者なのだ。」
「へぇ……」
美貌の青年は父親に向けていた視線を、少女の横に立つ男性へと向ける。
「手に入れますよ。絶対に。」
「だろうな。」
「今日中に何らかの接点を持ちます。」
「そうだな、突然の申し入れされるより、夜会で接点があれば少しはマシだろう。」
デビュタントの令嬢達の挨拶が終わり、ファーストダンス開始の音楽が流れるまで、二人は視線の先にいる親子を見つめ続けた。
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作者がクリスティアンを早めに出したいがその為だけに、一話一話の文字数を多めにして若干巻きの展開です。
ご覧(お読み)下さり、有り難うございました。
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