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世話焼き侍従と訳あり王子 第一章
1-2 招待状
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侍従と名乗ったからには、呼ばれなければ儀礼に則ってそれ以上踏み込んでこないことは知っているけれど、エリオットはローテーブルを盾にして一人用の肘掛け椅子へ避難する。本当はブランケットをかぶって姿を隠したいくらいだ。さすがに、二十三にもなってやることではないので自重するが。
十八平米ほどのリビングには、年代物のマントルピースをはさんでアンティークのチェストや本棚が並んでいる。エリオットの趣味ではなく、ここを所有していた祖父のものだ。床に敷かれたラグもずいぶんへたっている上に汚れた靴で歩き回るものだから、全体的にえんじ色っぽいのは分かるが、もとがどんな柄だったのか想像もつかない。
年齢に見合わない調度に囲まれ、お茶を出そうと言う素振りさえ見せない家主に気分を害した様子もなく、「単なるバッシュ」は空振りに終わった右手でジャケットからなにやら大儀そうに引っ張り出した。
「ヘインズ公爵、王太子殿下より貴殿への招待状です」
二人の間にあるローテーブルを指さすと、乱立するマグカップをよけて白い封筒が置かれる。
バッシュがもとの位置に下がるまで待ってから、エリオットは招待状とやらを手に取った。
蝋を触っているような、もったりと滑らかな封筒には、淡い緑のインクで「エリオット・ヘインズさま」とあて名書きされている。tの二画目を左にはねる癖は、間違いなくエリオットが知る王太子の筆跡だ。
最後に会ったのはいつだったか。ずいぶん長い間テレビ以外で顔を見ていないが、こんな紋章入りでぎりぎり公文書に当たるか否かと言う形式の書簡を送り付けるような、仰々しいやり取りをする間柄ではなかったはず。
もしかして、自分が知らないうちに、そう言う間柄になってしまったのだろうか。
不安にかられながら開封して、折り目すらも美しい上質紙の便せんを広げる。
滲みやかすれのないインクの跡が、定型のあいさつ、エリオットの近況をうかがう文言をつづり、紙面の中ほどでようやく本題に入った。
「――選帝侯?」
「はい。ご承知の通り、王太子殿下におかれましては、おととしの春議会にてミシェル・タウンゼントさまとの婚姻が承認され、七月にご成婚の儀を予定しております。つきましては、ヘインズ公爵に選帝侯としてご出席をと」
「ミシェル……ミリーか」
呆然とつぶやいたエリオットに、バッシュはわずかに眉を動かした。上げたのか寄せたのか、それすら定かじゃない程度の動きだが、とにかく怪訝そうだ。
「失礼ですが、ヘインズ公爵は殿下のご結婚についてご存じでは?」
「いや、知ってる。けど……」
一応、住んでいる土地の王太子のことだ。国を挙げての慶事はエリオットも把握している。しかし意図してそれ以上の情報を仕入れてこなかったから、お相手が正式に決まったことも、結婚式がいつかなんてこともすっかり忘れていた。
この招待状は、その薄情さへの糾弾だろうか。
整然とならんだ単語を、エリオットは頭から拾いなおす。
「『来る成婚の儀に、わたしたち夫婦と国の未来に祝福を賜りたく、選帝侯としてご招待申し上げる』」
十八平米ほどのリビングには、年代物のマントルピースをはさんでアンティークのチェストや本棚が並んでいる。エリオットの趣味ではなく、ここを所有していた祖父のものだ。床に敷かれたラグもずいぶんへたっている上に汚れた靴で歩き回るものだから、全体的にえんじ色っぽいのは分かるが、もとがどんな柄だったのか想像もつかない。
年齢に見合わない調度に囲まれ、お茶を出そうと言う素振りさえ見せない家主に気分を害した様子もなく、「単なるバッシュ」は空振りに終わった右手でジャケットからなにやら大儀そうに引っ張り出した。
「ヘインズ公爵、王太子殿下より貴殿への招待状です」
二人の間にあるローテーブルを指さすと、乱立するマグカップをよけて白い封筒が置かれる。
バッシュがもとの位置に下がるまで待ってから、エリオットは招待状とやらを手に取った。
蝋を触っているような、もったりと滑らかな封筒には、淡い緑のインクで「エリオット・ヘインズさま」とあて名書きされている。tの二画目を左にはねる癖は、間違いなくエリオットが知る王太子の筆跡だ。
最後に会ったのはいつだったか。ずいぶん長い間テレビ以外で顔を見ていないが、こんな紋章入りでぎりぎり公文書に当たるか否かと言う形式の書簡を送り付けるような、仰々しいやり取りをする間柄ではなかったはず。
もしかして、自分が知らないうちに、そう言う間柄になってしまったのだろうか。
不安にかられながら開封して、折り目すらも美しい上質紙の便せんを広げる。
滲みやかすれのないインクの跡が、定型のあいさつ、エリオットの近況をうかがう文言をつづり、紙面の中ほどでようやく本題に入った。
「――選帝侯?」
「はい。ご承知の通り、王太子殿下におかれましては、おととしの春議会にてミシェル・タウンゼントさまとの婚姻が承認され、七月にご成婚の儀を予定しております。つきましては、ヘインズ公爵に選帝侯としてご出席をと」
「ミシェル……ミリーか」
呆然とつぶやいたエリオットに、バッシュはわずかに眉を動かした。上げたのか寄せたのか、それすら定かじゃない程度の動きだが、とにかく怪訝そうだ。
「失礼ですが、ヘインズ公爵は殿下のご結婚についてご存じでは?」
「いや、知ってる。けど……」
一応、住んでいる土地の王太子のことだ。国を挙げての慶事はエリオットも把握している。しかし意図してそれ以上の情報を仕入れてこなかったから、お相手が正式に決まったことも、結婚式がいつかなんてこともすっかり忘れていた。
この招待状は、その薄情さへの糾弾だろうか。
整然とならんだ単語を、エリオットは頭から拾いなおす。
「『来る成婚の儀に、わたしたち夫婦と国の未来に祝福を賜りたく、選帝侯としてご招待申し上げる』」
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