箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第四章

2-1 イェオリ

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 迎えはどちらかが、と聞いていたが、フラット前にワンボックスをつけたのはイェオリだった。

「どうぞ」

 うやうやしくドアを開ける侍従にうなずき、エリオットはしっくりこないネクタイの結び目をいじりながら乗り込んだ。

「ベイカーは? 迎えに行けないって百回くらい謝りのメッセージが来てたけど」
「執事との打ち合わせが押しておりまして、急きょわたくしが参りました。ハウスに到着するころには終わるかと」
「ふーん」

 突然呼び出したから、やはりあちこち調整があるのかもしれない。

 ひと声かけて、イェオリがアクセルを踏む。

 エリオットはヘッドレストごしに見える、襟足を短く刈り込んだ青年の髪を眺めた。人工のものとは比べ物にならない、きれいな黒。

「イェオリ、出身どこ?」
「日本でございます。やはりお分かりになりますか」
「訛りがなくてきれいな発音だけど、母国語じゃないなってのは。家族と移住?」
「ありがとうございます。語学留学でクレッグストンへ参りまして、そのまま就職を」

 エリオットは二重の意味で驚いた。

 クレッグストンと言えば首都にキャンパスを持ち、ゴードンの研究室がある大学だ。シルヴァーナは世界的にはマイナーな小国だけれど、文化的にもイギリスに近いので語学留学を多く受け入れている。しかしアジアから来るのはたいてい学生で、数年たてば故郷へ帰って行くから、こちらで職に就く者はほとんどいない。しかも一般企業ではなく王宮と来れば、難易度は爆上がりだ。政府は職員の採用条件に人種的な制限は設けていないものの、それは生粋のシルヴァーナ人以外に王宮で働こうなどと言う変わり者がいなかったからに他ならない。採用にあたり、身元調査には苦労しただろう。

 それか、よほど由緒ある家の出とか?

「日本の貴族?」
「現在、日本に貴族制度はございませんよ」
「そうだっけ? でもこのあいだ王の代替わりがあっただろ? うちと同じような感じなのかと思ってた」
「日本の陛下は象徴であり、欧州の立憲君主制ともまた異なりますので」
「へえ」

 アジアのほうも、なかなか複雑だな。

「それで、大学を出て就職して……」

 んん? 

 そこでエリオットは首をひねった。

 王宮の使用人として雇われる者には二つのタイプがいる。ひとつは学生のアルバイト、もしくは最初から転職を視野に入れて人脈とキャリアを積むパターン。彼らはだいだい三十歳までに辞めていき、残った中から上級職を目指す者が、ゆくゆくは侍従になる。だから侍従になるには、フットマンとしての勤務経験が必須だ。その年数はまちまちだが、エリオットのイメージでははっきりコースの分かれる三十歳あたりが一般的だと思っている。たぶん二十七、八歳のバッシュは十分早い出世なのだ。

 どんだけ王宮が人手不足だったとしても、イェオリが侍従に昇格するには早すぎじゃね?

「イェオリ、いまいくつ?」
「二十八歳です」
「……にじゅうはち?」

 うわ、おれより五つも上かよ!

「……ごめん、同じくらいだと思ってた」

 あまりにエリオットが驚いたからか、イェオリは笑いをこらえて肩を揺らしながらハンドルを切る。

「よく言われます。日本では年相応の顔なのですが」
「人種的な問題だと思う。……これって差別的表現?」

 昨今の人種問題に関する社会変化は急速だ。他民族と交流する機会の多い公務とは無縁なので、そう言うものに鈍感な自覚はある。

 駄目だな、気を付けないと。

「いいえ、客観的な事実かと存じます」

 イェオリがやんわり否定したところで、車は通用口のチェックを抜けてハウスの裏口についた。裏とは言え、そこそこ立派な車寄せには、彼が言った通り打ち合わせが終わったらしいベイカーが立っていた。
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