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番外編 重ねる日々
Twitter小話10
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ゲームとスマホのはなし
「お前、またおれのデータ上書きしただろう」
「お忙しいだれかさんに代わって、進めてやってんじゃん」
肘掛け椅子に両足を上げて座ったエリオットが、悪びれもせずにいう。
なんのデータかといえば、バッシュのスマホにダウンロードされているアプリゲームだ。
与えられたキャラクターと装備でミッションをクリアし、報酬のコインでルーレットを回すと、新しい仲間やレベルの高い装備が当たる。そしてまたミッションを……という、よくあるパターンの。
「ひとの楽しみを奪うんじゃない」
「とかいって、楽しむ気ないだろ。前に見たときから、アイテムもキャラもひとつだって増えてねーの知ってるんだからな」
ついでにミッションも、といわれて、バッシュは説教するふりをあっさり放り投げた。
「なんでいつも流行りのゲーム入れるわけ? どれもたいして進めないのに」
エリオットの指摘どおり、バッシュはさほどゲーム自体に関心はない。視野を狭めないように張っているアンテナに引っかかって来るから、とりあえず触れておく、といった程度のものだ。だからいままでは、どれもやりこむ前にアンインストールしてしまっていた。
「で、残しておくのか?」
初めて見るコスチュームのキャラクターが飛び跳ねる画面を見ながら、バッシュは尋ねる。
スマホの中で生き残っっているいくつかのゲームは、すべてエリオットがバッシュの隙を見て遊んでいるものだ。
「あとミッション二回でレアルーレット回せるから、いまアンインストールしたら、あんたを衛兵に引き渡して投獄するぞ」
「そんなにやりたいなら、自分のスマホに入れたらどうだ」
エリオットはしばらく考えた末に、抱えた膝に顎をのせてにやりと笑った。
「部屋から出なくなっていいならそうする」
「駄目だな」
引きこもる原因となるものからは、物理的に遠ざけておかなくては。
バッシュは指先でゲームからログアウトし、スマホをテーブルに置いた。そして「ところで」と小動物のようにくりくりしたエリオットの目を覗き込む。
「私用のスマホだから、お前に見られようが使われようがまったく構わないんだが」
「なに?」
「毎回、ひとのスマホに自分の誕生日を入力してロックを外すのは、恥ずかしくないのか?」
きょとんとしたエリオットは、なにをいわれたのか理解した瞬間に一瞬で耳まで真っ赤になった。
「それを設定した奴がよくいうよな⁉」
▽▲▽▲▽▲
歯磨き粉
広い洗面台の前で並んで歯磨きをしたあと、バッシュがじっと手元を見ているので、エリオットは「なんだよ」と不機嫌に尋ねた。
実際は不機嫌でもなんでもない。バッシュに話しかけるときは、いつもちょっと照れくさくて、そんな風にしてしまう。
エリオットの見せかけの機嫌などお構いなしに、バッシュは「それ」と指さす。
「歯磨き粉?」
エリオットは自分の手に握られたチューブを見下ろす。
「フラットでもそれだったか?」
「うん」
「……そうか」
妙な間があって、それでも納得したようにバッシュは頷く。
変なやつ、と首を傾げながら、エリオットは歯磨き粉を二本並んだ歯ブラシの隣に置いた。
◇
「なぁ、エリオットの歯磨き粉だけど」
不意打ちで話題を振られたイェオリが、わずかに頬に力を入れたのを見て、バッシュは自分の推測が正しいことを確信した。
「子ども用だよな?」
「いえ、わたくしは存じ上げませんが」
「子ども用だよな?」
「……はい」
主人の威厳を守ろうとしたイェオリだったが、バッシュの追撃にあっさり白旗をあげた。
まぁ、死守するほどの秘密でもないのだが。
デザインがシンプルだから気付かなかったけれど、エリオットが握っていたチューブのフレーバーが、ただの「グレープ」だったのだ。よくあるフルーツ系の「アップルミント」とかではなく。
「あれは、気付いてないのか?」
「おそらく、お気付きでないかと」
子ども用だと自覚していれば、エリオットのことだからバッシュが歯磨き粉に注目した時点で恥ずかしがって「うるさい悪いか!」と逆ギレしそうなものなのに、それが一切なかったところを見るに、知らぬは本人ばかりといった感じだ。
「ハウスにいらした頃からお使いになっていたもので。ヘインズのお屋敷でも使い慣れたものがいいだろうと同じものをご用意していたそうです」
「で、大人向けのものに移行しないまま、フラットでも同じものを取り寄せ続けてたわけか」
しかし、なぜカルバートンに移ってまでそのままなのか。
バッシュ用にと洗面台に用意されたのは、同じメーカーだがクリアミントのフレーバーだった。
「初めにクリアミントをご用意したところ、ずいぶん驚かれて、『辛い』と……」
「子どもか!」
いままで使っていたものが子ども用だとは、さすがの侍従たちも指摘できず、本人の使いやすいものが一番、という結論に至ったらしい。
エリオットが自分の身の回りの日用品に関して、開拓心旺盛でなかったのが幸いというか。
直接からかわなくてよかった。
へたにつつけば、三日は口をきいてもらえないところだった。
しかし、しばらくはじっと眺めてしまいそうだ。
「お前、またおれのデータ上書きしただろう」
「お忙しいだれかさんに代わって、進めてやってんじゃん」
肘掛け椅子に両足を上げて座ったエリオットが、悪びれもせずにいう。
なんのデータかといえば、バッシュのスマホにダウンロードされているアプリゲームだ。
与えられたキャラクターと装備でミッションをクリアし、報酬のコインでルーレットを回すと、新しい仲間やレベルの高い装備が当たる。そしてまたミッションを……という、よくあるパターンの。
「ひとの楽しみを奪うんじゃない」
「とかいって、楽しむ気ないだろ。前に見たときから、アイテムもキャラもひとつだって増えてねーの知ってるんだからな」
ついでにミッションも、といわれて、バッシュは説教するふりをあっさり放り投げた。
「なんでいつも流行りのゲーム入れるわけ? どれもたいして進めないのに」
エリオットの指摘どおり、バッシュはさほどゲーム自体に関心はない。視野を狭めないように張っているアンテナに引っかかって来るから、とりあえず触れておく、といった程度のものだ。だからいままでは、どれもやりこむ前にアンインストールしてしまっていた。
「で、残しておくのか?」
初めて見るコスチュームのキャラクターが飛び跳ねる画面を見ながら、バッシュは尋ねる。
スマホの中で生き残っっているいくつかのゲームは、すべてエリオットがバッシュの隙を見て遊んでいるものだ。
「あとミッション二回でレアルーレット回せるから、いまアンインストールしたら、あんたを衛兵に引き渡して投獄するぞ」
「そんなにやりたいなら、自分のスマホに入れたらどうだ」
エリオットはしばらく考えた末に、抱えた膝に顎をのせてにやりと笑った。
「部屋から出なくなっていいならそうする」
「駄目だな」
引きこもる原因となるものからは、物理的に遠ざけておかなくては。
バッシュは指先でゲームからログアウトし、スマホをテーブルに置いた。そして「ところで」と小動物のようにくりくりしたエリオットの目を覗き込む。
「私用のスマホだから、お前に見られようが使われようがまったく構わないんだが」
「なに?」
「毎回、ひとのスマホに自分の誕生日を入力してロックを外すのは、恥ずかしくないのか?」
きょとんとしたエリオットは、なにをいわれたのか理解した瞬間に一瞬で耳まで真っ赤になった。
「それを設定した奴がよくいうよな⁉」
▽▲▽▲▽▲
歯磨き粉
広い洗面台の前で並んで歯磨きをしたあと、バッシュがじっと手元を見ているので、エリオットは「なんだよ」と不機嫌に尋ねた。
実際は不機嫌でもなんでもない。バッシュに話しかけるときは、いつもちょっと照れくさくて、そんな風にしてしまう。
エリオットの見せかけの機嫌などお構いなしに、バッシュは「それ」と指さす。
「歯磨き粉?」
エリオットは自分の手に握られたチューブを見下ろす。
「フラットでもそれだったか?」
「うん」
「……そうか」
妙な間があって、それでも納得したようにバッシュは頷く。
変なやつ、と首を傾げながら、エリオットは歯磨き粉を二本並んだ歯ブラシの隣に置いた。
◇
「なぁ、エリオットの歯磨き粉だけど」
不意打ちで話題を振られたイェオリが、わずかに頬に力を入れたのを見て、バッシュは自分の推測が正しいことを確信した。
「子ども用だよな?」
「いえ、わたくしは存じ上げませんが」
「子ども用だよな?」
「……はい」
主人の威厳を守ろうとしたイェオリだったが、バッシュの追撃にあっさり白旗をあげた。
まぁ、死守するほどの秘密でもないのだが。
デザインがシンプルだから気付かなかったけれど、エリオットが握っていたチューブのフレーバーが、ただの「グレープ」だったのだ。よくあるフルーツ系の「アップルミント」とかではなく。
「あれは、気付いてないのか?」
「おそらく、お気付きでないかと」
子ども用だと自覚していれば、エリオットのことだからバッシュが歯磨き粉に注目した時点で恥ずかしがって「うるさい悪いか!」と逆ギレしそうなものなのに、それが一切なかったところを見るに、知らぬは本人ばかりといった感じだ。
「ハウスにいらした頃からお使いになっていたもので。ヘインズのお屋敷でも使い慣れたものがいいだろうと同じものをご用意していたそうです」
「で、大人向けのものに移行しないまま、フラットでも同じものを取り寄せ続けてたわけか」
しかし、なぜカルバートンに移ってまでそのままなのか。
バッシュ用にと洗面台に用意されたのは、同じメーカーだがクリアミントのフレーバーだった。
「初めにクリアミントをご用意したところ、ずいぶん驚かれて、『辛い』と……」
「子どもか!」
いままで使っていたものが子ども用だとは、さすがの侍従たちも指摘できず、本人の使いやすいものが一番、という結論に至ったらしい。
エリオットが自分の身の回りの日用品に関して、開拓心旺盛でなかったのが幸いというか。
直接からかわなくてよかった。
へたにつつけば、三日は口をきいてもらえないところだった。
しかし、しばらくはじっと眺めてしまいそうだ。
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