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番外編 重ねる日々
侍従のお仕事(Twitter小話11)
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カルバートン宮殿には、侍従たちが待機したり事務仕事を行うスタッフルームがある。しかしエリオットを担当する侍従は少人数ということもあり、同じ時間に事務所で顔を合わせる機会はまれだ。だからイェオリが事務所へ戻ったとき、ベイカーがデスクにいたのは、そこそこレアケースだった。
「お疲れさまです」
コーヒーでも? と尋ねると、お願いします、と頷かれたので、イェオリはコーヒーメーカーにカプセルをセットする。
ほんの数分でかぐわしい湯気を立ち昇らせるマグをデスクの端に置くと、ベイカーは礼を言って口をつけた。そして、自分のマグを手にした部下に、穏やかな瞳を向ける。
「イェオリ、仕事を頼めますか」
「はい」
返事をしながら、直接の指示は久しぶりだな、とイェオリは思った。
すれ違うことが多い侍従間の業務連絡は、スマートフォンの情報共有アプリで行われる。ベイカーからの仕事の指示も、普段はそちらに飛んでくるのだ。
「レディ・キャロルの身辺調査ですが、SNSも加えてください」
「それでしたら、すでに行っています」
イェオリはマグを自分のデスクに置くと、タブレットを立ち上げて書きかけの報告書を呼び出した。
「利用記録だけ見るとほかにもありますが、現在も継続して使用しておられるのは、フェイスブック、インスタグラム、ティックトック、ツイッターなど主要なところです。本名でお立場を公表されているのはフェイスブックとインスタグラムのみ。ほかは匿名で、おもに情報収集用として使用されているようです」
「公表しておられるアカウントに、不安要素は?」
「投稿された写真や動画はすべてチェックしましたが、問題となるようなものはありませんでした。ほとんどが飼い猫の写真、次いで演奏会のPRや報告など。たまに友人や著名人とのパーティーなどの写真もありますが、写っているのはいずれも身元がハッキリしていて、スキャンダルなどを起こしたことのない人物です」
「十分に注意なさっているようですね」
「アドバイザーを入れているかもしれませんが、勘のいい方であることは間違いないかと思います」
ベイカーはイェオリの仕事に満足したように頷いた。もしかしたら、コーヒーの味にかもしれないが。
「殿下のSNSアカウントに、最近なにか変化は?」
「いえ、特には。最後の更新はフラットにお住まいの頃で、こちらに越されてからは一度も投稿なさっておりません」
イェオリはスマホのアラートに、エリオットの名前をセットしている。彼についての話題がネットに載った場合、すぐに確認できるようにだ。マーガレットの「お節介」で接触があってからは、キャロルの名前も。おかげでここしばらく、通知が分刻みで表示される。
まさにいまも、タブレットに新しい通知が入った。
『レディ・キャロル、秋のファッションは王子の好み?』──。
イェオリは指先で通知のポップアップを払った。
「庭の植物を、殿下はよく撮影しておられるようですが」
「殿下は個人的に楽しまれているのだと思いますよ。インスタなどにアップなさることはないでしょう」
「そうですか……」
ベイカーの白っぽい眉が悩まし気だった。
キャロルに触発されて、エリオットがSNSに興味を持つかもしれないと考えたのだろうか。
イェオリが見たところ、エリオットには炎上に繋がるような思想の偏りはないし、派手な演出をするような承認欲求もない。むしろ注目されるのが苦手という、別の意味でSNSと相性が悪い性質の持ち主だ。むろん、自分から騒ぎを起こさなくても、相手から絡んでくる場合があるので厄介ではある。
そういう輩から、攻撃的な言葉を投げかけられることのほうを、ベイカーは危惧しているのかもしれない。
「広報のようなことまでお願いして申し訳ないですね。わたしはどうにも、ネットのスピードについて行くことが難しいもので」
珍しく自虐的なベイカーだが、仕事ではスマホもタブレットも使いこなしているのだから、その年齢にしては十分に対応できているほうだろう。
「もし今後、殿下からSNSを積極的に利用なさりたいという希望があれば、慎重に対応してください」
「承知しました」
「お疲れさまです」
コーヒーでも? と尋ねると、お願いします、と頷かれたので、イェオリはコーヒーメーカーにカプセルをセットする。
ほんの数分でかぐわしい湯気を立ち昇らせるマグをデスクの端に置くと、ベイカーは礼を言って口をつけた。そして、自分のマグを手にした部下に、穏やかな瞳を向ける。
「イェオリ、仕事を頼めますか」
「はい」
返事をしながら、直接の指示は久しぶりだな、とイェオリは思った。
すれ違うことが多い侍従間の業務連絡は、スマートフォンの情報共有アプリで行われる。ベイカーからの仕事の指示も、普段はそちらに飛んでくるのだ。
「レディ・キャロルの身辺調査ですが、SNSも加えてください」
「それでしたら、すでに行っています」
イェオリはマグを自分のデスクに置くと、タブレットを立ち上げて書きかけの報告書を呼び出した。
「利用記録だけ見るとほかにもありますが、現在も継続して使用しておられるのは、フェイスブック、インスタグラム、ティックトック、ツイッターなど主要なところです。本名でお立場を公表されているのはフェイスブックとインスタグラムのみ。ほかは匿名で、おもに情報収集用として使用されているようです」
「公表しておられるアカウントに、不安要素は?」
「投稿された写真や動画はすべてチェックしましたが、問題となるようなものはありませんでした。ほとんどが飼い猫の写真、次いで演奏会のPRや報告など。たまに友人や著名人とのパーティーなどの写真もありますが、写っているのはいずれも身元がハッキリしていて、スキャンダルなどを起こしたことのない人物です」
「十分に注意なさっているようですね」
「アドバイザーを入れているかもしれませんが、勘のいい方であることは間違いないかと思います」
ベイカーはイェオリの仕事に満足したように頷いた。もしかしたら、コーヒーの味にかもしれないが。
「殿下のSNSアカウントに、最近なにか変化は?」
「いえ、特には。最後の更新はフラットにお住まいの頃で、こちらに越されてからは一度も投稿なさっておりません」
イェオリはスマホのアラートに、エリオットの名前をセットしている。彼についての話題がネットに載った場合、すぐに確認できるようにだ。マーガレットの「お節介」で接触があってからは、キャロルの名前も。おかげでここしばらく、通知が分刻みで表示される。
まさにいまも、タブレットに新しい通知が入った。
『レディ・キャロル、秋のファッションは王子の好み?』──。
イェオリは指先で通知のポップアップを払った。
「庭の植物を、殿下はよく撮影しておられるようですが」
「殿下は個人的に楽しまれているのだと思いますよ。インスタなどにアップなさることはないでしょう」
「そうですか……」
ベイカーの白っぽい眉が悩まし気だった。
キャロルに触発されて、エリオットがSNSに興味を持つかもしれないと考えたのだろうか。
イェオリが見たところ、エリオットには炎上に繋がるような思想の偏りはないし、派手な演出をするような承認欲求もない。むしろ注目されるのが苦手という、別の意味でSNSと相性が悪い性質の持ち主だ。むろん、自分から騒ぎを起こさなくても、相手から絡んでくる場合があるので厄介ではある。
そういう輩から、攻撃的な言葉を投げかけられることのほうを、ベイカーは危惧しているのかもしれない。
「広報のようなことまでお願いして申し訳ないですね。わたしはどうにも、ネットのスピードについて行くことが難しいもので」
珍しく自虐的なベイカーだが、仕事ではスマホもタブレットも使いこなしているのだから、その年齢にしては十分に対応できているほうだろう。
「もし今後、殿下からSNSを積極的に利用なさりたいという希望があれば、慎重に対応してください」
「承知しました」
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