箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第七章

2.ハウリング・ハンドリング

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「皆さんこんばんは。エリオット・W・シルヴィ──シルヴァーナです」

 緊張で思い切り噛んだ挨拶は、途中でマイクがハウリングしてひどいことになった。「シル」からほとんど聞き取れなかっただろうが、しかしだれもそんなことは気にしていなかった。

 靴音を鳴らしながら現れたエリオットを、初めだれもが怪訝そうに目を細めてよく見ようとし、それがだれだか分かるとぎょっとして仰け反った。その反応があまりにそろっていたから、実は全員が知っていて、リアクションを取るよう事前に申し合わせていたんじゃないかと疑いたくなるくらいだった。

 しかし本気で驚いているのは間違いないようで、うわんうわんとしたマイクの反響が消えると、講堂内はしんと静まり返った。スマートフォンを取り出すひともいなければ、隣同士で囁き合う声すら聞こえない。ナッツ屋の店主が、後ずさるように椅子へ倒れ込んだ。

 エリオットはポケットから取り出したメモを開きつつ、話を切り出すタイミングを計る。

 どうすんだ、この状況。

 逆にやりづらいわ。

 妙な間合いを救ったのは、「王子だ!」という子どもの歓声だった。

「ほんもの?」
「ほんもの!」

 ブレアム氏が話すあいだ退屈そうにしていた子どもたちが、椅子のあいだを駆け寄ってくる。ステージの両サイドに仁王立ちしていた警護官が動きかけたものの、ステージは子どもたちの胸の高さほどある上、どの子も乗り越えようとまではしなかった。ぴょんぴょん飛び跳ねながら身を乗り出すのに手を振ってやると、目を輝かせてぶんぶんと腕を振り返してくる。着ぐるみショーで、お気に入りのキャラクターが出て来たみたいな反応だ。

 その魔法が大人にも効くといいんだけど、と願いながら、エリオットはマイクの位置を指先で調整した。

「えー、みなさんをムンクのような顔にさせるつもりはなかったのですが、その気持ちは分かります。わたしも目の前に突然トム・クルーズが現れたら、同じような顔になるでしょうから」

 演壇の脇にいたブレアム氏が、小さく吹き出す。

「しかし彼に比べれば、近所に住んでいるわたしのほうが、みなさんの前に現れる確率は高いと思うので許してください」

 聞き覚えのあるハリウッドスターの名前で、観客たちも我に返り始めた。掴みはこんなもんでいいだろう。

「本当であれば、わたしが皆さんにお会いするのは、あすのパネルディスカッションの会場でした。サプライズゲストとして」

 背後でスクリーンが下りてくる音がして、ステージ上の照明が絞られる。講堂内は明るいので、メモを見るのに不自由はなかった。天井近くにあるプロジェクターの、青っぽい光がまぶしいくらいだ。

 投影されているのは、クィンが見せた資料と同じものだ。ナサニエルの指示でイェオリがまとめたスライドの一枚目。

「こちらは、現在わたしが初めての公務として携わっている、新しい公園と植物園の完成予想図です」

 客席からの視線が、エリオットを通過して水彩タッチのイラストに注がれる。

 簡略化されている人影との対比から、公園や植物園がどれほどの大きさなのかは想像がつく。公園だけでも、この学校跡地がすっぽり収まる規模だ。

 参加者たちの反感を煽らないように、エリオットは慎重に言葉を選ぶ。

「まずは、イベントの一環として、この事業を含む今後のわたしの活動について発表する機会をいただいたブレアム氏、およびフェアを支えるみなさんの寛大さに感謝します。庭作りや農業を通して自然との共生に取り組んでいるハープダウンガーデンフェアの会場で、同じく植物を主体とした活動についてお話しできることを、心から楽しみにしていました」

 しかし、その計画を狂わす卵事件があった、と言外に匂わせる。

「きょうブレアム氏と話しをして、みなさんのガーデンフェアが危機にあることを知りました。この会場で、これまでと同じようなイベントが行えないかもしれないと。とても残念なことです」

 社交辞令的な言葉に参加者が白けかけたところへ、プロジェクターの光が瞬きスライドが切り替わる。

 事前に見せてもらったし、メモにも添え書きがあるが、二枚目からはエリオットの「箱庭」だ。

 長く茎をのばすピンクと白のアネモネ。その根元に集まって咲く、中心の小さな黄色がかわいらしいオキザリス。花壇の背景として植えたガウラは、写真では分からないけれど、細い枝の先についたピンクがかった白い花が、風に揺れると蝶が羽ばたくように見える。いずれも王宮の花瓶を飾るためではなく、土に根を張り自然のなかで咲く花たちだ。ほかにも、初夏に咲くバラのアーチや、整列するコニファーなど、何枚かの写真がスライドで移り変わっていく。

 エリオットは少しだけ振り返って、目を細めた。

 この庭が、フラットの屋上に作られたものだと分かるような映り込みは慎重に取り払っているが、あの場所の暖かさも青い匂いのする風も、エリオットは容易に思い出せた。

「わたしの庭です。庭師ではなく、わたし自身がアーチを組み立て、苗木を植えて作りました」

 ようやく、客席にざわめきが戻って来た。

「あまり外へ出られなかった子どものころに、わたしは鉢植えを育て始めました。次に、その鉢植えの花たちで花壇を作りました。その楽しさにどんどんのめり込み、ここ数年間は本格的な庭を作るようになっています」

 参加者たちは椅子から背中を浮かせ、ステージ前の床に座り込んだ子供たちも、首を伸ばしてスライドに見入っている。

「また、あすのパネリストであるゴードン教授に師事し、花の品種改良にも取り組んできました。わたしが初めての事業に植物園の建設支援を選んだのは、そういった経緯があるからです」

 ちらりとメモから上げた視界のすみに、ミセス・オールドリッチを見つけた。隣に座った夫と手を取り合って、何度も頷いている。

 あなたに共感したのは、おれもこれを持ってるからだよ。

 応えるように小さく頷き、エリオットは思い切って顔を上げる。

 参加者たちの視線は、奇異なものを見る興味ではなく、期待に満ちていた。

 一度だけメモを見て、奥歯を噛む。自分がこれから口にするのは、彼らの希望を打ち砕くものだ。エリオットは彼らに共感しても、彼らと一緒に戦うことはできない。でも、ひとつの道を示すことはできる。

「ブレアム氏と相談し、わたし、エリオット・W・シルヴァーナがこのガーデンフェアの後援をさせていただくこと、そしてより広い場所──植物園の入る新しい公園を会場とし、ハープダウンガーデンフェアを存続させる案について申し入れました」
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