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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第七章
5.アレとコレは別
詰めかけたマスメディアに、記者会見の開始は午前十一時半からと伝えられていた。いまのところ、変更されるようなアクシデントは起きていない。
エリオットは、朝食に紅茶だけを飲んでガーデンフェアの会場までやって来た。とても固形物を飲み込めるような気分ではなかったし、ステージの上で放送事故を起こしたくない。
「思えば遠くへ来たもんだ」
しかも爆速で。
硬い床の上に座って膝を抱え、エリオットは傍らの柔らかな毛並みに顔を突っ込んだ。飼い主の過剰なスキンシップにも、ルードはしっぽを振って嬉しそうだ。
「なにかいった?」
少し離れたところでスマートフォンを見ていたキャロルが尋ねる。足を組み替えるのに合わせて、ワンピースの裾がカーテンみたいに揺れた。秋晴れに似合う上品なレモンイエローだが、エリオットは「カスタードクリームみたいな色だね」といって怒られたばかりだ。
「半年前まで家にこもってたのに、きょうは全国放送の会見やるなんて、なにかのバグとしか思えない」
「最初が全世界に放映されるロイヤルウェディングだったんだから、それに比べたら会見なんて小規模でしょう」
「そうだけど……」
サイラスに王冠をかぶせたときのことは、まったくといっていいほど記憶にない。王宮のバルコニーの熱さや集まった国民の歓声のほうがまだ覚えているし、そのあとに起こったいろいろな出来事のアップダウンが激しすぎて、自分の中で選帝侯を務めたことはノーカウントに近くなっている。
どれだけ場数を踏もうが、本番前の気分の落ち込みがなくなるなんてことはないんだろうけど。
ため息をついたエリオットは、ずりずりと尻を動かして、行儀よくお座りしたルードに半分埋まる勢いでくっつく。貴族会に出向く前は不幸な隔離を経験したものの、今回の会見はルード同伴での登壇だから、スーツに毛がついても構わない。きょう唯一のいいニュースだ。
「ところで、マクミラン卿は? まさか来ないなんてことないでしょうね」
キャロルが不審そうにいった。控室として用意された元教室には、エリオットとキャロル、ルードのほかにはお馴染みになった警護官とイェオリしかいない。だからエリオットは体裁を取り繕う必要もなく床に座り込んでいるのだけれど、彼女は会見の時間が近くなっても姿を見せない共犯者のことが気になるらしい。
「ディスカッションの準備を手伝ってる。ルーカス教授、機械を壊す天才なんだって」
ダニエルとは、キャロルが到着する前に挨拶をすませていた。会見までここで待っていてはと誘ったのだが、上司である教授からプロジェクターに接続した端末に発表用のデータファイルが読み込めないとかなにか連絡が入って、「だから触らないでくださいっていったじゃないですか!」と叫びながらすっ飛んで行った。
きのうイェオリが務めたポジションを任されているのだろう。エリオットの会見が終わったら、昼食の時間を挟んでパネルディスカッションが行われる予定なので、いまは大忙しのはずだ。
そのあたり、学生であるキャロルも理解できるのか、「苦労性よね」と肩をすくめた。
ちなみに余談だが、論文に名前が載るより先に身辺を騒がせることになるかもしれない、といったエリオットに、ゴードンはまったく気にしていないと答えた。ただし、「まずはその論文を完成させましょうか」と圧をかけられた上に、第一稿を今月中に、という宿題までもらってしまった。
自由業のうちに、もっと頑張っとくんだった。
でもカメラに映ること──それがずっと繰り返しテレビで流されることに比べたら、自分のベッドの上でデファイリア・グレイの観察日記をアカデミックな文法に翻訳しているほうが、何倍も楽しいことは疑いようがない。
ルードの、人間より早い呼吸のリズムで小刻みに揺れていると、キャロルが「あっ」と声を上げた。
やる気なく目を向けると、彼女は暇つぶしに眺めていたスマートフォンを両手で掴み、その画面に注目している。
「きのうの記事が出てる」
「卵事件の?」
それにしちゃ遅くない?
「そっちはライターが釈放されてすぐ出てるわ」
「知らなかった」
「予想通り『三角関係勃発!』みたいな見出しがついてたけど、アップされたのが写りのいいものじゃなくて、記事の内容より写真のあなたが本物かどうかで盛り上がってるわ。わたしたちの関係が『正しく』伝われば、ライターは赤っ恥ね」
「写りが悪いって、あの距離で撮ってたのに?」
そうとうへたくそなのか、というより早く、キャロルがあごでイェオリを示した。
若侍従は、落ち着いた表情のまま首を振る。
「わたくしはなにも」
「そう。じゃあベイカーね」
「……あぁ」
遅れて理解が及ぶ。
イェオリかベイカーか、とにかくエリオットサイドとライターの間で、なんらかの取引があったのだ。学生たちを放免すると取引が成立しないといっていたが、それは記事を書かせないための取引であって、使う写真を指定する交渉であれば、また別のやりようがあったわけだ。
「で、昨日の記事って?」
「あなたが、ハープダウンの住民の集会に参加したって」
「まぁ、あれだけのひとがいたら、どっかから漏れるだろ」
一応、参加者たちには口止めはしたが、はなから守られるとは思っていない。おおかた、SNSに投稿してどこかのライターか記者に拾われたのだろう。
エリオットがようやくルードの毛並みから顔を上げると、キャロルはまだ真剣な表情で記事を読んでいた。
「……なに?」
「なんていうか、良心的? なのよね、この記事」
「いいことじゃん」
「載ってるサイトが『パレード』でも?」
それはおかしい。
パレードといえば、エリオットの男性機能について言及したり、エリオットが国民の税金でキャロルにプレゼントを買ったというような記事をたびたび発信している。ゴシップを扱うメディアはおしなべてそんなものだが、微妙に事実をかすめていたりするから、勘のいい記者がいるとイェオリも話していた。
「読んで」
「『天使が再び舞い降りた! 住民の危機を救ったプリンス・エリオット』」
「待って。やっぱり自分で読む」
エリオットはルードにもたれかかったまま、自分のスマートフォンで『パレード』の電子版サイトを開く。朗読に耐えられないほど恥ずかしい見出しは、サイトのトップ画面に堂々と載っていた。
ベストセラー小説の煽り文かっつーの。
エリオットは、朝食に紅茶だけを飲んでガーデンフェアの会場までやって来た。とても固形物を飲み込めるような気分ではなかったし、ステージの上で放送事故を起こしたくない。
「思えば遠くへ来たもんだ」
しかも爆速で。
硬い床の上に座って膝を抱え、エリオットは傍らの柔らかな毛並みに顔を突っ込んだ。飼い主の過剰なスキンシップにも、ルードはしっぽを振って嬉しそうだ。
「なにかいった?」
少し離れたところでスマートフォンを見ていたキャロルが尋ねる。足を組み替えるのに合わせて、ワンピースの裾がカーテンみたいに揺れた。秋晴れに似合う上品なレモンイエローだが、エリオットは「カスタードクリームみたいな色だね」といって怒られたばかりだ。
「半年前まで家にこもってたのに、きょうは全国放送の会見やるなんて、なにかのバグとしか思えない」
「最初が全世界に放映されるロイヤルウェディングだったんだから、それに比べたら会見なんて小規模でしょう」
「そうだけど……」
サイラスに王冠をかぶせたときのことは、まったくといっていいほど記憶にない。王宮のバルコニーの熱さや集まった国民の歓声のほうがまだ覚えているし、そのあとに起こったいろいろな出来事のアップダウンが激しすぎて、自分の中で選帝侯を務めたことはノーカウントに近くなっている。
どれだけ場数を踏もうが、本番前の気分の落ち込みがなくなるなんてことはないんだろうけど。
ため息をついたエリオットは、ずりずりと尻を動かして、行儀よくお座りしたルードに半分埋まる勢いでくっつく。貴族会に出向く前は不幸な隔離を経験したものの、今回の会見はルード同伴での登壇だから、スーツに毛がついても構わない。きょう唯一のいいニュースだ。
「ところで、マクミラン卿は? まさか来ないなんてことないでしょうね」
キャロルが不審そうにいった。控室として用意された元教室には、エリオットとキャロル、ルードのほかにはお馴染みになった警護官とイェオリしかいない。だからエリオットは体裁を取り繕う必要もなく床に座り込んでいるのだけれど、彼女は会見の時間が近くなっても姿を見せない共犯者のことが気になるらしい。
「ディスカッションの準備を手伝ってる。ルーカス教授、機械を壊す天才なんだって」
ダニエルとは、キャロルが到着する前に挨拶をすませていた。会見までここで待っていてはと誘ったのだが、上司である教授からプロジェクターに接続した端末に発表用のデータファイルが読み込めないとかなにか連絡が入って、「だから触らないでくださいっていったじゃないですか!」と叫びながらすっ飛んで行った。
きのうイェオリが務めたポジションを任されているのだろう。エリオットの会見が終わったら、昼食の時間を挟んでパネルディスカッションが行われる予定なので、いまは大忙しのはずだ。
そのあたり、学生であるキャロルも理解できるのか、「苦労性よね」と肩をすくめた。
ちなみに余談だが、論文に名前が載るより先に身辺を騒がせることになるかもしれない、といったエリオットに、ゴードンはまったく気にしていないと答えた。ただし、「まずはその論文を完成させましょうか」と圧をかけられた上に、第一稿を今月中に、という宿題までもらってしまった。
自由業のうちに、もっと頑張っとくんだった。
でもカメラに映ること──それがずっと繰り返しテレビで流されることに比べたら、自分のベッドの上でデファイリア・グレイの観察日記をアカデミックな文法に翻訳しているほうが、何倍も楽しいことは疑いようがない。
ルードの、人間より早い呼吸のリズムで小刻みに揺れていると、キャロルが「あっ」と声を上げた。
やる気なく目を向けると、彼女は暇つぶしに眺めていたスマートフォンを両手で掴み、その画面に注目している。
「きのうの記事が出てる」
「卵事件の?」
それにしちゃ遅くない?
「そっちはライターが釈放されてすぐ出てるわ」
「知らなかった」
「予想通り『三角関係勃発!』みたいな見出しがついてたけど、アップされたのが写りのいいものじゃなくて、記事の内容より写真のあなたが本物かどうかで盛り上がってるわ。わたしたちの関係が『正しく』伝われば、ライターは赤っ恥ね」
「写りが悪いって、あの距離で撮ってたのに?」
そうとうへたくそなのか、というより早く、キャロルがあごでイェオリを示した。
若侍従は、落ち着いた表情のまま首を振る。
「わたくしはなにも」
「そう。じゃあベイカーね」
「……あぁ」
遅れて理解が及ぶ。
イェオリかベイカーか、とにかくエリオットサイドとライターの間で、なんらかの取引があったのだ。学生たちを放免すると取引が成立しないといっていたが、それは記事を書かせないための取引であって、使う写真を指定する交渉であれば、また別のやりようがあったわけだ。
「で、昨日の記事って?」
「あなたが、ハープダウンの住民の集会に参加したって」
「まぁ、あれだけのひとがいたら、どっかから漏れるだろ」
一応、参加者たちには口止めはしたが、はなから守られるとは思っていない。おおかた、SNSに投稿してどこかのライターか記者に拾われたのだろう。
エリオットがようやくルードの毛並みから顔を上げると、キャロルはまだ真剣な表情で記事を読んでいた。
「……なに?」
「なんていうか、良心的? なのよね、この記事」
「いいことじゃん」
「載ってるサイトが『パレード』でも?」
それはおかしい。
パレードといえば、エリオットの男性機能について言及したり、エリオットが国民の税金でキャロルにプレゼントを買ったというような記事をたびたび発信している。ゴシップを扱うメディアはおしなべてそんなものだが、微妙に事実をかすめていたりするから、勘のいい記者がいるとイェオリも話していた。
「読んで」
「『天使が再び舞い降りた! 住民の危機を救ったプリンス・エリオット』」
「待って。やっぱり自分で読む」
エリオットはルードにもたれかかったまま、自分のスマートフォンで『パレード』の電子版サイトを開く。朗読に耐えられないほど恥ずかしい見出しは、サイトのトップ画面に堂々と載っていた。
ベストセラー小説の煽り文かっつーの。
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