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1章~俺はダンジョンバイトがしたい

14 怪しみつつも臨時バイトを受けるのだった。

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 全貌が見えたダンジョンは実にシンプルな、よくある塔の形のダンジョンだった。
 全体的にくすんだ灰色のレンガ造り。赤錆色の薄っぺらい三角形の屋根がのっている。

 塔全体の古ぼけた印象とは対照的に、扉は鉄製でしっかりしていた。営業中止は嘘ではなくぴったりと閉じている。

「戻りました、シラウラです。ここを開けてください」

 シラウラが扉に近づき、斜め右上に向かって喋りかけると『はい』とスピーカー越しの返事と共に、ゆっくりと扉が開かれる。

 見えないけれど、監視カメラ的なものがついているのだろう。
 きっと日本製。電力が配給されてないのにどうやってトワイヤで日本製品を使っているかというと、なんと魔石にコンセントを直接ぶっ刺して使っている。

 魔法で魔石を柔らかくして刺さりやすくしたり、魔力を電力に変換したり色々と使うまでの間に大変な魔法の作業があるんだと、ぶっ刺してる現場を見て爆笑した際にウロヴィさんに説明されたことがあるが、見た目が力業過ぎてつい見るたび笑ってしまう。

 だって差し込む時のウロヴィさんのかけ声「ふんっ!」だったし。半分腕力で刺してるじゃん。きっとこの方法を最初に思いついた魔物も、色々考えてるうちに面倒くさくなって、ウロヴィさんみたいに「ふん!」と力業でぶっ刺したら意外とうまくいってそれが広まったんじゃないかと思う。


 扉が開かれた先は、基本的に受付となっている。
 ここも例に漏れず受付ではあったが、やけに綺麗で……え

「ここ、ダンジョンですよね?」
「そうですよ。ここが」
「なんというか……めっちゃ綺麗っすね」

 普通、ダンジョンの受付と言ったら質素なカウンターと魔物が一人いるだけの狭い小部屋だ。冒険者が入場料を払って進むだけの場所だし、どこもそんなもんだと考えていたのだが……
 このダンジョンの受付は、もはやホテルのフロントのような佇まいだった。

 赤を基調とした絨毯は森の中を歩いてきた靴で踏みしめるには躊躇う高級感が溢れ、アンティークチックな木製のカウンターは重厚感がある。周りをふわふわと浮いている花型ランプ、銀製の一本差しペン立てには青く美しい羽ペンが刺してある。

 そしてカウンターの向かいには、ホテルとかにあるちょっとした寛ぎスペース的な、シックな革のソファーやローテーブルをランプの淡い光が優しく照らしていて、落ち着いた雰囲気を演出していた。

 やっぱりホテルなのでは?
 つかその寛ぎスペース的な場所を使う冒険者とかいるのか?

 カウンターの中には誰もいない。受付スタッフも休みのようだ。


「受付の人は休みかぁ……」
「ここに、いますよお」
「え……?」

 シラウラとは違う、覇気のない男の声。
 すぐ近くから聞こえた気がして振り返るが、そこには誰もいない。横にいるシラウラに視線を送ると、彼はニッコリ笑って俺の頭上を指さした……頭上?

 深く考えず頭上に顔を向けると、逆さまの顔とばっちり目が合った。

 思わず「ぎゃ」っと悲鳴を上げて飛び退く。すると男は「おお……」と何かに感心した様子で、ゆるりとカウンターの中へ降り立った。

「実に良いリアクションをありがとうございます。こんな面白い子がバイトに来てくれるなんて、しばらく成仏できませんねえ」

 言葉とは対照的に、人生のすべてを諦めきったような顔で笑うのは、実に不健康な男だった。

 年は40歳すぎぐらいだろうか、若い頃はさぞモテただろうと思わせる整った顔立ちは青白くやつれていて、グレーの髪は乱れ、髪と同色の瞳は落ちくぼみ、その目の下にはくっきりと隈が浮かんでいた。死相が見える……というか、うっすら男の身体は透けていて、背後が透けて見える。

「あ、ゴーストか!」
「ここで受付を担当しています。ゴーストのユーゴスと申します」

 トワイヤでは、強い未練を残して死んだ人間は、時折ゴーストとなる。日本の幽霊と違うところは、ゴーストになった者は誰の目にも視認できることと、魔物の扱いになることだ。

 ユーゴスと名乗った男は、にこりと幸薄げに微笑み「60年ほど前、村が大飢饉にみわまれまして、当時領主だった私は必死で食料調達に走ったのですが、寝食を忘れていたため、村は救われましたが、私自身は過労で死にました。そんな男です、どうぞよろしく」と重すぎる自己紹介をしてくれた。

 どん引きして何も言えないでいる俺に、ユーゴスさんは困ったように首をかしげた。

「面白くなかったですか? 大爆笑間違いなしの私の鉄板ネタなのですが……」
「ど、どの辺りに笑う要素あったんですか……」
「村は救われたのに、自分自身は死んでしまったという所ですかね」
「……笑えないですね……」

 笑う奴がいたら、俺はそいつの品性を疑う。
 しかしゴーストさんは残念そうだ。

「そうですか……これは新しい自己紹介を考えるまで死ねませんね。はあ、また未練ができてしまった」

 悲しげにため息つかれても……戸惑う俺の肩をシラウラがぽんっと叩いた。

「ここまでが、彼なりのジョークなので気にしないでください」
「アッハイ」

 なんだジョークか、良かった。
 村人とも冒険者とも違う身なりの良さに、領主と言われるとそう見えて、マジかと思っちゃったじゃんか。

「ええと、俺はスズです。臨時バイトで今日だけお世話になります」
「おや……そうなのですか、シラウラ様」
「残念ながら断られてしまいました。すでに心に決めたダンジョンがあるそうで、そちらで受付をするそうですよ」
「おやおや……でしたら私とお揃いになるかもしれませんね。何か困ったことがありましたら、いつでも私に聞きに来てください」

 ユーゴスさんは落ちくぼんだ目をわずかに見開いて俺を見て、にやあっと不気味に笑った。きっといい人なんだと思う。けど顔色が不健康だから笑うとすげえ怖い!

「スズさんには1階のトラップの動作確認のために来てもらったんです」
「ということはダンジョンに入るのですね。では誓約書を書いて頂きませんと」
「誓約書?」

 ユーゴスさんが空気をかき混ぜるよう右手を動かすと、カウンターの下から1枚の紙が風に吹かれたように飛び出し、俺の目の前にふわりと舞い落ちてきた。

「なんですかこれ……」
「警戒してますねえ。別に変なことは書いていませんよ?」

 シラウラはクスクス笑っているが、ダンジョンに入るのに誓約書なんて初めて聞いたぞ。そりゃ警戒もする。

「安心してください。これは君の安全を誓う契約書です。けして不当な内容で多額の金銭を騙し取り、兄夫婦を心中寸前まで追い込んだ、あの親切な顔をした商人が笑顔で差し出した、恐ろしき契約書とは全くの別物ですから」
「たとえが怖いんだよなあ!」






 続く

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