2 / 80
1話 エスケルダ家の悲劇
しおりを挟む厩舎脇に茂る藪の中で腹ばいになり、ヴィトーリアは馬たちを盗み出す男たちに見つからないよう息を殺し、歯を食いしばって悔しさに耐える。
「お父様… 私の馬が、カステーロが暴れてる…あの子が連れて行かれてしまう!」
一際大きい青毛(黒)の牡馬が見知らぬ男たちを警戒し、怯えた鳴き声を上げながら暴れている。
何度も何度も鞭打たれ抵抗し、ヴィトーリアの大きな紺青色の瞳に涙が溢れた… 見ていたくなかった。
だけど、二度と大好きなカステーロに会えないかも知れないと思うと、目を逸らすことが出来ない。
「耐えるんだヴィトーリア… 今ココに私たちがいると知られれば3人とも殺されるだろう! 耐えるんだ! 耐えるんだヴィトーリア!」
ヴィトーリアと同じように隣で腹ばいになり隠れている父カルネイロも泣いていた、弟のブリンジも声を出せないほど怯えブルブル震えながら泣いていた。
エスケルダ家の厩舎から、父カルネイロと共にヴィトーリアが種付けや、出産も立ち合い育てた愛する馬たちが次々と引き出されて行く。
<お父様が借金をしてまで外国へ行き、苦労して買い取った美しい青毛(黒)の種馬も、種付けした雌馬から生まれた馬たちも… 連れて行かれる!!>
売るにはまだ早いと、後1年エスケルダ家の厩舎で調教する予定だった。
<借金を返すための、頼みの綱が… 連れて行かれる!!>
「あの男… 見覚えがある!! 西方騎士団の…」
ヴィトーリアは小さな声で叫ぶ。
騎士たちの顔に見覚えがある、さすがに騎士服は着ていないが西方騎士団の騎士で間違いない、オメガのヴィトーリアをヤラシイ目で見ていた男もいる。
<10日ほど前に西方騎士団から派遣されて来た彼らは、西方地域を荒らし回っている隣国からの流れ者たちが集まって出来た、強盗団を警戒して近隣を見回っていると言っていたけど…>
「エスケルダ家が所有する家畜たちを、品定めして盗み出す計画を立てていたに違いない… 恐らく牛を盗んだのも奴らだ!」
「!!」
苦し気に声を押し殺す父の顔をヴィトーリアは驚愕の表情で見る。
5日ほど前には頭数は少ないが、領地に放牧していた牛たちも盗まれてしまった… 父カルネイロが言う通り、今頃は隣国まで連れて行かれ売りさばかれているだろう。
「強盗団には簡単に密輸が出来る抜け道があるのだと聞いたコトがある… 恐らくは、西方騎士団が協力しているからだ! だから強盗団の顔を見た人たちは容赦なく殺されたのだ、女性に子供、老人までも、ベータもオメガもアルファも関係なく」
父カルネイロは両脇でうつ伏せている息子たちの肩をギュッと抱きしめる。
「奴らは守るどころか… こんな…っ…! 騎士のクセに…騎士のクセに!」
罵るコトを止められないヴィトーリア。
3人は食後に出産が近い雌馬の様子を厩舎に見に来たところを、強盗団に出くわし、慌てて藪の中に飛び込んだのだ。
騎士たちと、そしてガラの悪い恐らく隣国からの流れ者たちが、お腹の大きな雌馬まで連れ出そうとしていた。
だが雌馬は出産が迫っているのだろう、少し歩いてその場で動かなくなってしまう。
「ああ… パラースィオ! 止めて… お願いです神様! …パラースィオを… あの子を傷つけさせないで下さい!」
何度も、何度も、男が鞭打っても動かず… 男が諦めるまで、雌馬は鞭打たれ続けた。
ヴィトーリアは必至で祈った、コレ以上お腹の大きなパラースィオが傷つきませんようにと。
「静かに! 奴らがこっちに来るぞ! ヴィトーリア、ブリンジ耐えるんだ! 今は生き残るコトだけを考えるんだ!」
悪夢のような時間を耐え抜き、強盗たちが居なくなるのを待ち、パラースィオに近づくとやはり産気づいていた。
3人は出産用の馬房へパラースィオをゆっくり誘導し、泣きながら鞭で打たれて裂けた皮膚を丹念に調べて傷薬の軟膏を塗りつけてから、身体が冷えないよう背中に毛布を掛けた。
青毛の仔馬が生まれるのを3人で見守り、邸内に戻ったのは翌朝になってからだった。
憔悴しきった3人を何も知らない様子で、村から通いで来てくれるエスケルダ家唯一人の使用人、家政婦のプランタが出迎えてくれた。
数年前に流行病で亡くなった母の代わりに、幼いブリンジを可愛がってくれる頼りになるベータの女性だ。
「まぁまぁ! また厩舎に居たのですね、泥だらけですよヴィトーリア坊ちゃま! 綺麗な髪が枯草だらけだわ?! もうお年頃なのですから、お淑やかにしないとお嫁に行けませんよ!」
エスケルダ家の長男、オメガのヴィトーリアはまだ13歳だが、隣家のオエスチ侯爵家の長男と婚約が決まっていた。
次男だが、アルファのブリンジがエスケルダ家を継ぐ予定だ… だが、この先どうなるかはヴィトーリアには見当もつかない。
普段は生き生きと輝くヴィトーリアの紺青の瞳は疲労と動揺で落ち窪み、艶やかなダークブラウンのふわりと波打つ髪は泥や馬の体液でベッタリと汚れ、藪の中で付いた枯草や、馬房に撒いた干し草が引っ掛かっている、着ている服はもっと酷く、馬の血と泥で赤黒く染まっていた。
「さあ、お顔を綺麗にして着替えたら、温かいシチュウが出来てますから食べて下さいな!」
プランタは疲れ切りボンヤリする、弟ブリンジを部屋に連れて行こうとする。
「家の中で何か変わったコトは無かったかい?」
父カルネイロがおずおずとプランタを呼び止めて聞く。
「旦那様、変わったとは何がですか?」
ワケが分からないという顔をするプランタに父カルネイロは悲し気に笑う。
「そうか… 無いなら良い」
ソレもそのはずで、エスケルダ家にあった価値のある物は借金の返済の為に売れるものは全部売ってしまっていた…
母の遺品までも。
一番の財産だった、牛と馬たちが全て盗まれた今、残るは邸と土地だけだ。
だがその邸と土地を売っても治安の悪い西方地域では大した金額にはならない。
借金を何とか返済できるダケでも幸運なのだ。
昨夜盗まれた馬も、スグに隣国へと密輸され売りさばかれてしまうだろう。
たとえ、わが国で見つけたとしても、エスケルダ家の馬だと証明する術は何もない。
西方騎士団が関わっている以上、騒ぎ立てれば逆に命を奪われる危険性もある。
エスケルダ家は全て奪われたのだ。
命以外の全て… 土地も家も財産も、そしてエスケルダ家の誇りさえも。
3
あなたにおすすめの小説
青龍将軍の新婚生活
蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。
武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。
そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。
「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」
幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。
中華風政略結婚ラブコメ。
※他のサイトにも投稿しています。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜
中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」
大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。
しかも、現役大学生である。
「え、あの子で大丈夫なんか……?」
幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。
――誰もが気づかないうちに。
専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。
「命に代えても、お守りします」
そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。
そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める――
「僕、舐められるの得意やねん」
敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。
その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。
それは忠誠か、それとも――
そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。
「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」
最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。
極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。
これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。
ほたるのゆめ
ruki
BL
恋をすると世界が輝く。でもその輝きは身体を重ねるといつも消えてしまった。そんな蛍が好きになったのはオメガ嫌いのアルファ優人だった。発情したオメガとその香りを嫌悪する彼に嫌われないように、ひたすらオメガである事を匂わさないようにしてきた蛍は、告げることの出来ない思いに悩んでいた。
『さかなのみるゆめ』の蛍と(木佐)優人のお話です。時間軸的には『さかな・・・』のお話の直後ですが、本編主人公達はほとんど出てこないので、このお話だけでも楽しめるかと思います。けれど『さかな・・・』の方も読んで頂けると幸いです。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる