侯爵に買われた妻Ωの愛と葛藤

金剛@キット

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1話 エスケルダ家の悲劇

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 厩舎脇に茂る藪の中で腹ばいになり、ヴィトーリアは馬たちを盗み出す男たちに見つからないよう息を殺し、歯を食いしばって悔しさに耐える。



「お父様… 私の馬が、カステーロが暴れてる…あの子が連れて行かれてしまう!」

 一際大きい青毛(黒)の牡馬が見知らぬ男たちを警戒し、怯えた鳴き声を上げながら暴れている。
 何度も何度も鞭打たれ抵抗し、ヴィトーリアの大きな紺青色プルシアンブルーの瞳に涙が溢れた… 見ていたくなかった。

 だけど、二度と大好きなカステーロに会えないかも知れないと思うと、目を逸らすことが出来ない。


「耐えるんだヴィトーリア… 今ココに私たちがいると知られれば3人とも殺されるだろう! 耐えるんだ! 耐えるんだヴィトーリア!」

 ヴィトーリアと同じように隣で腹ばいになり隠れている父カルネイロも泣いていた、弟のブリンジも声を出せないほど怯えブルブル震えながら泣いていた。

 エスケルダ家の厩舎から、父カルネイロと共にヴィトーリアが種付けや、出産も立ち合い育てた愛する馬たちが次々と引き出されて行く。

<お父様が借金をしてまで外国へ行き、苦労して買い取った美しい青毛(黒)の種馬も、種付けした雌馬から生まれた馬たちも… 連れて行かれる!!>


 売るにはまだ早いと、後1年エスケルダ家の厩舎で調教する予定だった。

<借金を返すための、頼みの綱が… 連れて行かれる!!>


「あの男… 見覚えがある!! 西方騎士団の…」
 ヴィトーリアは小さな声で叫ぶ。

 騎士たちの顔に見覚えがある、さすがに騎士服は着ていないが西方騎士団の騎士で間違いない、オメガのヴィトーリアをヤラシイ目で見ていた男もいる。


 <10日ほど前に西方騎士団から派遣されて来た彼らは、西方地域を荒らし回っている隣国からの流れ者たちが集まって出来た、強盗団を警戒して近隣を見回っていると言っていたけど…>

 「エスケルダ家が所有する家畜たちを、品定めして盗み出す計画を立てていたに違いない… 恐らく牛を盗んだのも奴らだ!」

「!!」
 
 苦し気に声を押し殺す父の顔をヴィトーリアは驚愕の表情で見る。
 
 5日ほど前には頭数は少ないが、領地に放牧していた牛たちも盗まれてしまった… 父カルネイロが言う通り、今頃は隣国まで連れて行かれ売りさばかれているだろう。


「強盗団には簡単に密輸が出来る抜け道があるのだと聞いたコトがある… 恐らくは、西方騎士団が協力しているからだ! だから強盗団の顔を見た人たちは容赦なく殺されたのだ、女性に子供、老人までも、ベータもオメガもアルファも関係なく」

 父カルネイロは両脇でうつ伏せている息子たちの肩をギュッと抱きしめる。

「奴らは守るどころか… こんな…っ…! 騎士のクセに…騎士のクセに!」
 罵るコトを止められないヴィトーリア。

 3人は食後に出産が近い雌馬の様子を厩舎に見に来たところを、強盗団に出くわし、慌てて藪の中に飛び込んだのだ。


 騎士たちと、そしてガラの悪い恐らく隣国からの流れ者たちが、お腹の大きな雌馬まで連れ出そうとしていた。

 だが雌馬は出産が迫っているのだろう、少し歩いてその場で動かなくなってしまう。

「ああ… パラースィオ! 止めて… お願いです神様! …パラースィオを… あの子を傷つけさせないで下さい!」
 
 何度も、何度も、男が鞭打っても動かず… 男が諦めるまで、雌馬は鞭打たれ続けた。
 ヴィトーリアは必至で祈った、コレ以上お腹の大きなパラースィオが傷つきませんようにと。

「静かに! 奴らがこっちに来るぞ! ヴィトーリア、ブリンジ耐えるんだ! 今は生き残るコトだけを考えるんだ!」






 悪夢のような時間を耐え抜き、強盗たちが居なくなるのを待ち、パラースィオに近づくとやはり産気づいていた。

 3人は出産用の馬房へパラースィオをゆっくり誘導し、泣きながら鞭で打たれて裂けた皮膚を丹念に調べて傷薬の軟膏を塗りつけてから、身体が冷えないよう背中に毛布を掛けた。

 青毛の仔馬が生まれるのを3人で見守り、邸内に戻ったのは翌朝になってからだった。




 憔悴しきった3人を何も知らない様子で、村から通いで来てくれるエスケルダ家唯一人の使用人、家政婦のプランタが出迎えてくれた。

  数年前に流行病で亡くなった母の代わりに、幼いブリンジを可愛がってくれる頼りになるベータの女性だ。

「まぁまぁ! また厩舎に居たのですね、泥だらけですよヴィトーリア坊ちゃま! 綺麗な髪が枯草だらけだわ?! もうお年頃なのですから、お淑やかにしないとお嫁に行けませんよ!」

 エスケルダ家の長男、オメガのヴィトーリアはまだ13歳だが、隣家のオエスチ侯爵家の長男と婚約が決まっていた。

 次男だが、アルファのブリンジがエスケルダ家を継ぐ予定だ… だが、この先どうなるかはヴィトーリアには見当もつかない。


 普段は生き生きと輝くヴィトーリアの紺青の瞳は疲労と動揺で落ち窪み、艶やかなダークブラウンのふわりと波打つ髪は泥や馬の体液でベッタリと汚れ、藪の中で付いた枯草や、馬房に撒いた干し草が引っ掛かっている、着ている服はもっと酷く、馬の血と泥で赤黒く染まっていた。 

 「さあ、お顔を綺麗にして着替えたら、温かいシチュウが出来てますから食べて下さいな!」

 プランタは疲れ切りボンヤリする、弟ブリンジを部屋に連れて行こうとする。

「家の中で何か変わったコトは無かったかい?」
 父カルネイロがおずおずとプランタを呼び止めて聞く。

「旦那様、変わったとは何がですか?」
 ワケが分からないという顔をするプランタに父カルネイロは悲し気に笑う。

「そうか… 無いなら良い」

 ソレもそのはずで、エスケルダ家にあった価値のある物は借金の返済の為に売れるものは全部売ってしまっていた…
 母の遺品までも。



  一番の財産だった、牛と馬たちが全て盗まれた今、残るは邸と土地だけだ。
 だがその邸と土地を売っても治安の悪い西方地域では大した金額にはならない。

 
 借金を何とか返済できるダケでも幸運なのだ。


  昨夜盗まれた馬も、スグに隣国へと密輸され売りさばかれてしまうだろう。
 たとえ、わが国で見つけたとしても、エスケルダ家の馬だと証明する術は何もない。

 西方騎士団が関わっている以上、騒ぎ立てれば逆に命を奪われる危険性もある。
 エスケルダ家は全て奪われたのだ。

 





 命以外の全て… 土地も家も財産も、そしてエスケルダ家の誇りさえも。








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