呪われた騎士に贈られた花嫁

金剛@キット

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2話 兄の命令

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 オバット伯爵家の長女アイルは、亡くなった妹が未婚で産んだ子を育てると言い張り… 激怒した実の兄フジャヌに絶縁された。

 激怒した兄フジャヌに家を追い出されたアイルは、母の親類を頼ってカチャンと共にたどり着いたのが、田舎で1人暮らしをする、大叔母の小さな家だった。


『子供は神様からの贈り物だよアイル… 誰が何を言っても、捨ててはいけないよ? 大人の都合で、神様の贈り物を粗末にするなんて罰が下るからね』

 大叔母は5人の子供を育て上げた人で、困っていたアイルと妹の子カチャンを喜んで受け入れ… アイルは正しいことをしたと、勇気づけてくれた。

 つつましく3人で暮らしていたが、10日ほど前に高齢だった大叔母が亡くなり、アイルが涙に暮れていた時だった。


 絶縁した、兄フジャヌが突然アイルの前にあらわれ…

「お前はまだ処女か?」

「・・・っ?!」
 実の兄フジャヌの不躾ぶしつけな質問に、アイルは言葉を失う。

 清らかな水色の瞳を大きく見開き、アイルは腰まである長くまっすぐな銀の髪をゆらしながら、自分とよく似た容姿の兄を険しい顔でにらんだ。


「違うのか? どうなんだアイル、答えろ!! 私の言うことが聞けないなら、あの子供を孤児院に放り込むぞ?!」
 床の上にペタンと座り、クルミの実で遊ぶ甥をチラリと見て… 冷ややかな水色の瞳を兄フジャヌは、スゥッ… と細めアイルを脅す。

 この国では女性の地位は低く、男の親族が女性の親族を自由に扱う権利を持っているのだ。

 本気でアイルが逆らえば、兄フジャヌの言う通りになり、カチャンを取り上げられたしまう。


「私は殿方に… この身をを委ねたことなど、一度もありません!」
 顔を真っ赤にしてアイルは怒りで唇をぴくぴくとさせながら、兄フジャヌの屈辱的な質問に答える。

「やはり、そうだと思った! お前のような冷たい女を抱きたがる男など、いるわけが無いからな!」

「・・・・・・」
 侮辱する兄フジャヌを、アイルは黙ってにらみつける。

「今からお前に重要なお役目をあたえる! ある偉大いだいなる騎士様のお相手をしろ、アイル!」
 冷笑を浮かべてフジャヌは妹に命令した。
 

 ハッと息をアイルは息をのんだ。

「お… お兄様は… 私… 私に、その騎士の夜伽よとぎをしろと言うのですか?!」

「一時的でも、妻のようにあつかってもらえるのだ、お前のような傷ものには名誉ではないか」

「…一時的でも…?!」
 あまりの悔しさに、アイルはにぎっていた拳をブルブルと震わした。


「王族に連なる高貴な血筋の騎士様だが、魔獣との戦いで負傷され、今は療養中のその方を、毎晩お慰めするのがお前の役目だ」

「そんな… 娼婦のまねごとを… 私にしろと? 何て汚らわしいことを!!」

「口をつつしめアイル! オバット伯爵家に生まれながら、お前は魔法を失うという失態を犯し、そのうえクラン公爵家のマニス殿に婚約破棄などされて、どれだけ我が伯爵家が迷惑をこうむったかをお前は忘れたのか!! この恥知らずが!!」

「・・・っ」
 アイルは顔をゆがめて黙るしかなかった。


 オバット伯爵家は我がウマス王国では珍しい、治癒魔法が得意な家系だった。

 6歳の時にアイルは神殿で、治癒魔法に適した強力な魔力を持っていると判定され、クラン公爵家の長男マニスとの婚約が決まった。

 だが16歳の時に馬車で移動中、魔法を使う暴漢に襲われ、両親は目の前で殺されアイルも重傷を負う。

 血まみれになり、傷ついた父が最後の力を振りしぼり、アイルに治癒魔法を掛けたのを、今も鮮明に覚えている。

 その時の怪我は完治したが、なぜかアイルは魔法が使えなくなっていた。

 魔力は体内に存在しているのに、魔力のつぼふたが閉じ、魔方陣を使っても、魔道具を使っても、あらゆる方法を試したが、魔力を引き出す道が開かなくなったのだ。


「お前は貴族の間ですでに "ふしだらな女" という烙印らくいんを押されている、いまさら何を言うのだ!」

「それが、でたらめだということは、お兄様が一番ご存知のはずです!」
 アイルは兄をにらむ。

 両親が亡くなり心が不安定になった、1歳年下の妹ミニャックが、学園に在学中、誰かと恋仲になり子供を身籠みごもったのだ。

 最初は妹ミニャックの婚約者ハンガットが子供の父親かと疑ったが、ミニャック自身がそれを否定し… 実際に妹の婚約者ハンガットは、所属していた地方の騎士団で、ずっと鍛錬たんれんに励んでいたことを証明する人たちがたくさんいた。


『ねぇミニャック… お腹の子の父親は、ハンガット様なのではないの?』

『違います… 婚約者のハンガット様ではありません! お姉さまゴメンなさい… 本当にゴメンなさい!』

 泣き崩れるミニャックは私やお兄様とは違い、お母様によく似たスラリと背が高く、桃色がかった淡い金の髪をした、無邪気で誰にでも好かれる明るく美しい娘だった。


『なぜなの?! ミニャック、幼馴染のハンガット様と婚約が決まり、あなたはあんなに喜んでいたのに?!』

『ハンガット様にも本当にご迷惑をおかけして、申し訳ないと思っています…』

『…誰なの、ミニャック?! あなたの恋人は一体誰なの?!  あなたの心を惑わせた、その男性とは誰なの?!』

『言えません! アイルお姉さまのことは大好きだけど、でも言えない… ごめんなさい… ごめんなさい… 私… 私… あの方が好きなのです… だからお姉さまにも、言えません! ごめんなさい…』



 父親は誰なのかとアイルが問いただしても、妹はかたくなに相手の名前を明かすことは無かった。

 相手のことを、ミニャックはよほど守りたかったのだろうが… まだ若く純粋な妹を醜聞にさらし、自分は名乗り出ない卑怯者に、妹が自分の人生を犠牲にしてまで、守る価値があるとはアイルには思えなかった。
 
 その醜聞がアイルの婚約破棄に繋がり… 婚約者のマニスはさげすみの目をアイルに向けた。


『ふしだらな妹の姉も、ふしだらに決まっている!! 魔法も使えない無能でふしだらな妻など要らない』

 婚約破棄された本当の理由は、魔法を使えないアイルは公爵家に必要ないからだ。

 妹の醜聞は、公爵家にとってアイルを厄介払いが出来る、丁度良い理由だったにすぎない。

 アイル自身、魔力が使えない状態で、公爵家へ嫁げばひどいあつかいを受けると予想できていたので、あまり衝撃は受けなかった… むしろホッとしたぐらいだ。


 だが、兄フジャヌは、そうは思わなかった。

「断ることは許さない、子供が可愛いならな!!」
 
 ビクリッとアイルは震え、水色の瞳ですがるように兄を見つめるが… 縋っても無駄なことだと思い出し、瞳を閉じ動揺を抑える努力をした。


<兄に肉親の情を期待することは許されない>
 両親を失った後、兄がオバット伯爵家を継いだ時、どれだけ苦労したかはアイルも知っているつもりだ。

<私たち姉妹は兄を助けるどころか、そろって不祥事を起こし足を引っ張ったのだから…>

 若い身で身籠り、大きな醜聞に心を痛め、子供の父親に捨てられたミニャックは… お腹が大きくなるのと共に、少しづつ心を病んでゆき、出産の頃には、お腹の子を殺す為に短剣を突き刺そうとまでした。


『お願い!お姉さまこの子は私が一緒に連れてくから、邪魔をしないで!! 私が連れて逝かないと、残してはいけないの!! お願いお姉さま、この子と逝かせて!! お願い! お願い!』

 心を病んだミニャックは、産後大量に出血しても、お兄様の治癒魔法を拒絶し、命を落としてしまった。

 ミニャック自身が望まなかった子供だとしても… 大好きな妹ミニャックが、自分の命と引き換えに産んだ男の子を、手放すことなど出来なくて、アイルが母親になりカチャンと名付け、今まで育てて来た。
 
 そのことが更に貴族社会で醜聞を大きくしてしまい… アイルは兄フジャヌに憎まれても仕方ないのだ。


「カチャンを… 子供を連れて行っても良いのですか? 置いては行けません」
 動揺が落ちつくとアイルはジッ… と兄を見つめた。
 
「ああ、使用人用の部屋でお前は暮らせば良い、騎士様をわずらわせなければ問題は無いだろう」

「…いつまで… お仕えすれば良いのですか?」
 声の震えだけは、どうしてもアイルには抑えられない…

「騎士様が飽きるまでだ、気に入られれば報酬ぐらい頂けるだろう、精々はげむが良い」

<飽きるまで…>
 実の兄にここまで言われて、アイルは涙をこぼさずにはいられなかった。


 カチャンと共に、アイルがやっとつかんだ穏やかな日々は、簡単に終わりを告げた。


 アイルは兄が訪れたその日のうちに、大叔母と暮らした小さな家を離れ… 偉大なる騎士パナス・ダラムの元へ甥のカチャンと共に、兄に連れられ旅立った。






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