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3話 森の中の騎士の邸
しおりを挟む馬車で移動中、兄フジャヌはアイルに大まかな説明をした。
「我が国の北東部で、魔獣が大量発生したのを、お前も話ぐらい知っているだろう?」
兄が厳しい表情で、アイルの膝で眠る子供を見下ろす。
「はい、隣国で暴れていた魔獣が、我が国にも現れるようになったと」
アイルは膝で眠るカチャンの、赤みがかった柔らかな茶色の髪を撫でた。
「私もその場にいた、本来ならお前も共に、戦場で傷ついた騎士たちの、治療に当たるハズだった」
兄の苦し気な口調に…
ハッとアイルは顔を上げて兄の顔を見た。
「・・・・・・」
ただでさえ治癒魔法が使える、治療師は少ない、兄フジャヌの憤りはもっともだが、アイル自身が散々苦しんで来たコトだ。
両親を失った襲撃事件で、身体に負った大怪我よりも…
心に負った傷が魔力を使えない原因だと、アイルを診察した、何人もの治療師に言われている。
兄フジャヌはアイルの努力が足りず、心が弱いから魔法が使えないのだと、責めているのだ。
「お前がお仕えするパナス・ダラム様は、その最前線で戦われておられた、あの方が居たからこそ、魔獣を撃退できたのだ… その時の傷は未だ癒えるコト無く、あの方の心身を蝕んでおられる」
「はい」
「お前もオバット伯爵家に生まれた娘だ、魔法が使えなくとも、戦傷で苦しむ騎士の荒ぶる心を宥めるコトぐらいは出来るだろう?」
「お約束は出来ません… そのようなコト、誰かに教わったコトも無いのですから」
「ソレでも慰めて尽くせ、オバット伯爵家の娘ならその責任を果たせ!」
「・・・・・・」
「何としても、あの方を、失うわけには行かないのだ!!」
規模は小さいながらも、魔獣の襲撃は、今も頻発している。
1人でも強い騎士は必要なのだ。
ましてやパナス・ダラムは魔力、剣術、指揮能力、どれを取っても、わが国では、ずば抜けて優れているというのだから、兄フジャヌが焦るのも頷ける。
日に日に魔獣による被害は拡大し、死傷者が増え、騎士の数も減っているという…
確かに、コレはアイルにとっても他人ごとではない。
いつ、自分とカチャンが被害に遭うか、分からないのだから。
王都の西に広がる森を、2日程かけて馬車で進むと、優雅な佇まいの大きな邸が現れた。
建築様式から見て、かなり古い時代に建てられたものだ。
王家の持ち物で、4代前の国王が他国から娶った愛妾に与えた別邸らしい。
美しい場所だが、とても不便なので、最近は王族の方々もあまり使わなくなり、何年も放置されていたのだという。
屋敷の脇に、兄フジャヌの言う通り小さな小屋があった。
「昼間は寝ておられる、けして邪魔はするなよ!」
「はい」
馬車からアイルとカチャンの荷物を下ろすと、兄はサッサと去って行く。
眠そうに目を擦る、カチャンを連れて小屋の中に入ると…
なんと、天井が抜けていて、とても住める状態では無いと知り、アイルの額に深いシワが寄る。
隣の邸を見上げ…
「これだけ大きいのだから使用人部屋もあるハズ… ソコに一部屋、もらいましょう」
騎士パナス・ダラムは昼間は眠っていると聞いたので、挨拶は夜にするコトにして、先に自分たちが暮らす部屋を探しに、重い荷物を両手に持ち、カチャンを連れ、使用人部屋がある最上階へと向かった。
小屋の方は古くなり、そのまま放置されたようだが、邸の方は最近手を入れたらしく、そこそこ綺麗だった。
埃などは仕方ない、なんせ大きな邸だから。
使用人は近くの村から食事を運んでくる女性だけだと兄に聞いた。
パナス・ダラムが人が側にいるのを嫌がり、村から通って来る女性も極力食事を運び、汚れ物の洗濯をしたらスグに帰ってしまうそうだ。
邸が埃と乾いた泥らしきモノで汚れているのは、掃除を全くしていないからだ。
一番端の広くて日当たりの良い部屋を選び、荷物を下ろす。
「パナス・ダラム様が眠っている間に、さっそく掃除をしましょうね?」
馬車から降りた時は眠そうにしていたカチャンは、初めて来た場所に興味津々で、今は目が爛々と輝いている。
「お母しゃま、大きいお家だね?」
舌足らずな口で、一生懸命に話す姿が可愛かった。
「静かにね? 怪我をした騎士様が眠っているの、起こしたら可哀そうでしょう?」
「怪我をしたの? 痛いかな?」
「きっと痛いと思うわ… だから、しぃ~だからね?」
人差し指を唇に当て、何度もカチャンに静かにねと、アイルは言い聞かせる。
「しぃ~だねぇ」
アイルの真似をして、指を小さな唇に当てながら、カチャンはクスクス笑う。
<そうだ… カチャンが夜にグッスリ熟睡するよう、お昼寝は少なくして、なるべく遊ばせないと>
カチャンを一人で、部屋に置いて行くのは不安だが、他に面倒を見る人間が、居ないのだから仕方ない。
一緒に連れて行ければ良いけど、流石にそんなコト出来ないのは、アイルにも分かる。
パナス・ダラムの相手をしろと言われても、どうすれば良いのか、どれぐらい時間がかかるのかも、アイルには見当もつかない。
そういう疑問をアイルに、教える暇もなく、母は亡くなってしまったし… だからと言って、兄に聞くのはどうしても抵抗があり、聞けなかった。
結局、アイルは何をどうするかは、パナス・ダラム自身に聞くしかないのだ。
アイルは、フウ―――っと、大きなため息をつき、気を取り直してカチャンに微笑む。
「お掃除を手伝って下さいな!」
「はい、お母しゃま! えへへ」
手を口に当てて、子供らしく笑うカチャンの頭を撫でた。
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