上 下
52 / 86

51話 光の結界

しおりを挟む


 聖女のクニンの杖を渡され、清らかな水色の瞳をキラキラとさせながら、アイルが誇らしく杖を掲げ光の結界を維持する。

「この辺に簡易結界を張るぞ!」

 フジャヌの号令に合わせて、クルスイとブラットは子供の拳程の魔石が嵌めこまれた杭を、5か所に打ち込み、あらかじめ杭に刻まれていた結界魔法を発動させた。

 朝まで持つように、フジャヌが結界の調整をする。



「バカ者!! 治療師風情がこんな所まで出しゃばって、何をやっているのだ! ええい、邪魔だ!! 邪魔だ!!」

 部隊長の1人がフジャヌたちを見つけ、怒鳴りつける。

 怒鳴られてアイルはビクビクとたじろぐ。

「え? …あの?!」

「ああ… 王立騎士団の騎士ですね、あの騎士服は」

 白けた顔でクルスイは、チラリと見ただけで、無視を決め込む。

「アイル様、相手にしなくて良いですよ、王立騎士団は上位貴族を中心に編成されているので、ああやって我々治療師を見下して、威張り散らすのですよ」

 ブラットが、魔獣退治の現場経験が無いアイルに説明する。


「そのくせ、怪我をすると自分たちを誰よりも優先しろと怒鳴りつけて来るから、質が悪くて」

 嫌な経験があるらしく、クルスイが吐き捨てるように付け足した。




「あ! …危ない!!」

 アイルが杖で、光の結界を作り、結界の外へ飛び出し駆けて行く。

 慌ててブラットが、飛び出したアイルに付いて行く。

「アイル様!! お気持ちはわかりますが、危険ですから、お1人で行動されるのはどうか、お慎み下さい!!」
 
 スグに追いつき、アイルの隣に並んで走り、ブラットは忠告する。

「はっ!! 申し訳ありません…でも、アソコに!!」


「ええ、次からお願いします! 杖で発光魔法を使いながら、治療をするのは難しいでしょう? ソレに治療の後、お1人で騎士を運べますか?」


「…申し訳ありません!!」

 赤い顔で素直に反省するアイルに、ブラットはオバット伯爵家の血筋の人間らしくないなと微笑む。

「次は忘れないで下さい!!」



 膝を付き脇腹を押さえた騎士を、援護しながら戦う騎士たちの元へ、治療師2人はオークを光の結界で追い払い辿り着く。

「うわっ! 何だ?!」

「治療師がなぜ、こんなところに!!」

 強い光で顔を照らされ、眩しくてオークに負けないぐらい、驚く騎士たち。

「アナタ、寝転がって下さい! 治療します」

 杖をブラットに渡し、光の結界を維持してもらいながら、アイルはその場で治療を施す。


「ええ?! うああっ おおおおおっ?!!」

 跪いていた騎士を、押し倒すように寝かせ、アイルは脇腹の傷の上に細い手を置く。


 脇腹を負傷した騎士の損傷をアイルが確認すると、少し深いが致命傷ではなく、血もあまり失われていないと分かり安堵する。

 治療が終わったら再び騎士は戦いに参加するそうだ。


 光の結界の中にいる間、騎士たちは、ハァッ… ハァッ… と荒い息を整える時間が稼げ、ホッとした顔をした。

「た… 助かったよ!」
「さっきは危なかった… ありがとう!」

 周りに居た騎士たちが、何人も光の結界に入り、座り込んでハァッ… ハァッ…と息を整えていた。

「アイル様! こちらにも怪我人が!!」

 ハァッ… ハァッ… と息を整えに入って来た騎士の身体を、ブラットは素早く確認し、アイルへ伝える。

「はい!」

 騎士たちの痛々しい腕や、足の怪我をその場で治療する。

「私たちはそろそろ移動しますが、準備はよろしいですか?」

 光の結界に避難して来た騎士たちに、アイルは穏やかに尋ねた。

「滅多に見ない、美人の聖女に助けて頂いたのですから、コレで我々はもっと戦えますよ!!」

「冗談を飛ばせるぐらいですから、もう大丈夫ですね!」

 ニッコリ微笑むアイルに、騎士たちは自分たちが何処にいるかも忘れて…

 ポーッ… と見惚れる。

 そんな姿をブラットは、首を横に振りながら苦笑を浮かべた。
 
 独身の騎士たちの心を奪ったアイル。
 


 アイルたちはまた、怪我人を見つけ駆け出す。


「良い!! 妻にしたい!! 何処の誰ですか、あの神々しい聖女は?!」

 治療師2人が走り去った後、拳を握り若い騎士が叫ぶ。


「あれほど見事な、治癒魔法を使えるのは、オバット伯爵家の者だろうな」

 少し年長の騎士が、言い当てた。


「オバット伯爵家!?」


「そうか!! 確かにあの銀の髪は、フジャヌ殿によく似ていた!! よし、彼女を妻にする!!」

 赤い顔をして、最初に脇腹の治療を受けた、若い騎士は宣言した。


 アイルに一目惚れした騎士たちは、その家名を胸に刻むが…



 朝になれば、若い騎士たちに生まれたばかりの恋心は、パダムによって粉砕されることになる。










しおりを挟む

処理中です...