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36話 神殿 シルトside
しおりを挟む穏やかに建国神話について語り合いながら、リヒトとシルトは城主館の隣にある神殿の前まで来ると…
ピタリと話すのを止め、リヒトはジッ… と神殿を見上げた。
「リヒト、お前にも見えるのだろう?」
白い息を吐きながら、外から神殿をながめるリヒトに、シルトはそっとたずねると… コクリ… とリヒトはうなずく。
王都ほど華美でも規模が大きいというわけでは無いが、信仰心のあつい土地柄というだけはあり…
魔力が強く良く目がきくシルトとリヒトには、神殿自体が薄っすらと人々の祈りの力をまとい美しく輝いて見える。
「南方の辺境で見た神殿も、キラキラと光り輝き美しかった… 何故でしょうか? 王都の方が、住んでいる人の数は多いのに、祈りの力は弱くくすんでいて… これほど強くはありませんでした」
「魔獣の脅威をその身で経験し、危機感を少しも持たないから、神は必要無いと思っているのさ、王都の奴らは自分たちが強い加護で守られているのを、忘れているんだ」
冷めた目でシルトは嘲笑った。
「本当に皮肉で… おかしな話ですね」
唇をゆがめてリヒトは、神殿の前でひざまずき… 祈りの形に指を組み合わせて、赤金色の瞳を静かに閉じた。
「リヒト、奴隷紋など気にせず、神殿の中へ入れ! 女神はきっとお前を、歓迎してくれる」
隣にひざまずいたリヒトを見下ろし、シルトは細い肩を叩くが… すでに祈りの中へと没頭しているリヒトの耳には、シルトの声は届かない。
神殿がまとう力と同じ輝きが、リヒトからまぶしいほど、あふれ出し…
<すごいな… 神官でもここまで輝く姿を、見たことが無い! 流石は、女神に選ばれた者だ>
感嘆していたのは、シルト1人だけでは無かった。
「…ああ、シルト様! 王都からお帰りで…っ… …リヒト様?!」
神殿の中から慌てて出て来た神官長が… 祈りを捧げるリヒトの姿を見つけて、息を呑んだ。
「リヒトを知っているのか?!」
ある程度、世事に通じていれば… 特徴的な孔雀色の髪を見ただけで、リヒトがプファオ公爵家の者だとすぐに分かることだが。
「私は長い間、王都で修行を、積んでいましたから… リヒト様が "花の令息" に選ばれた時も、その場に居たのですよ」
神官長はリヒトの祈りを妨げないよう、隣にひざまずく。
「ほう… そんな縁があったのか! それはまた、奇遇だな!」
「それよりも… 驚きました神殿の中に居たら、急に大気が動き、輝き出して、何事かと出てきたら…」
神殿に仕える者たちの、長になるだけあり… 神官長もシルト同様、目がきく質だ。
「神官長、これからはリヒトに、配慮して欲しいのだ」
祈りの最中のリヒトには、他人の声は耳には入らないと判断し… シルトは王都で起きた騒ぎの大まかな事情を、神官長に語った。
「愚かな! いくら陛下がご病気だからと… 王太子にそのような愚かなことをさせるのを許すとは! 王都の貴族たちは、頭が狂っているとしか思えない!!」
<リヒトに何かあった時は、この神官長なら頼りになりそうだ!>
1人でも、リヒトを重んじる人間を、確保できたことに… ホッ… とシルトは安堵した。
王都でウジ虫王太子が新たな婚約を発表し、リヒトを奴隷に落としたという話はこのシュネー城塞でも、1番の話題になっていると… シルトは船着き場へ迎えに来た護衛騎士たちから聞いていた。
「神官長、私に近い護衛騎士たちでさえ、何人かはリヒトを蔑むように見ていた」
奴隷紋を、付けられた理由よりも…
奴隷紋が、首に付いている事実を、重要視す者の方が多い。
「ソレは… 難問ですね」
顔を強張らせ、神官長は眉間に深いシワを寄せ、隣にひざまずいたリヒトを見つめた。
神聖法典で奴隷は、家畜と同様に扱われることを、許されていて… こればかりはシルトにも、どうにもならない壁だった。
<だからこそ私の妻になれば、妻としての権利を与えられ、人として扱われるのだが… リヒトが頑として、受け入れないから、手の出しようがない!!>
奴隷の主人は奴隷の意志に関係無く命令を下す。
たとえリヒトの為であっても… リヒトの意志を無視して妻になれと命令すれば、それは奴隷に対して命令する行為と何ら変わらない、同じ行為と言える。
頑固で生真面目なリヒトの性分を、シルトは尊重し、愛しているが…
だからと言ってこの状況を、笑って見過ごせる程、楽天家でも無い。
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