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取り返しがつかない(前)
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幼い時に婚約者だと紹介かれた公爵令嬢サウスリアナは完璧な礼でもって挨拶をした。
「帝国の若き光、第一皇子にマセル公爵の第一子サウスリアナがご挨拶申し上げます。
帝国に永遠の栄光を。」
10才にして計算されたような笑顔。
正妃の第一皇子である僕の婚約者に相応しい女の子だと思った。
顔合わせの後、月に一度交流を持ち14才で皇太子に冊立されサウスリアナも皇太子妃となるべく皇宮で教育を受けた。
皇太子妃となる資質と美麗な容姿、努力と気遣い。
全てにおいて優秀だが、人間味を感じられなかった。
母上もサウスリアナに警戒していた。
フラムント公爵家は三公爵の中で一番新しく、建国から続くマセル公爵やノルドラード公爵と違い、皇族と何代も縁を繋げて公爵になれたのだ。
マセル公爵家との婚約も血を濃くしないためと、フラムント公爵家に対抗するのに元老院が皇帝に申請し皇帝が許可したものだ。
フラムントのお爺様は元老院を罵っていたが、皇帝である父上の決定は覆せない。
サウスリアナとは仲違いも親密になることも無く、15才で帝立学園に一緒に入学した。
私とサウスリアナは将来国の頂点に立つ者として、貴族の人脈作りに重きを置いていた。
サウスリアナは誰に対しても分け隔てなく、未来の皇太子妃として皆に接していた。
私も学園でキーク、ヤナキル、学院に在籍するオウクスを側近に迎えた。
順調だった。3学年に上がるまではーーー
3学年になったばかりの頃、廊下で1人の女性徒とぶつかりそうになった。
咄嗟に抱きとめたが相手は私の顔を見て青ざめて謝ってきた。
皇太子である私に不敬を働いたと怯えているようだった。
「こんな事で罰したりしないよ。」
と言うとホッとしたのかはにかんだ笑顔を向けてきた。
潤んだ翡翠の瞳に心臓が高なった。
「ありがとうございます。皇太子殿下ってお優しいんですね!」
「この程度で罰を与えていたら誰も近寄らなくなるよ。」
皇太子となってから重臣の視線は厳しくなり、同世代には一歩引かれている。
「皇太子殿下のお立場では周りに配慮しなくてはいけないのですね。」
いくら平等を掲げていても皇太子にこれ程の生意気な発言は許されないが、彼女の瞳に慈愛を認めて言葉が出なかった。
「すみません!生意気を言って!!」
彼女は自分の失言に気づき深々と頭を下げた。
「いや、私の立場を思ってくれたのだろう。
そういえばまだ名を聞いてなかったな。」
彼女はハッとしたように慌てて名乗った。
「キリカと言います。平民なので名字はありません。」
「キリカか。覚えておこう。
では失礼するよ。」
「はい。本当にありがとうございました!」
元気よく言って去って行く彼女の後ろ姿を見送った。
キリカ。
口の中で彼女の名を転がすと誰にも感じたことがない温かなものが胸に広がった。
生徒会でキリカとすぐに再会し、私を見た彼女の花のような笑顔に釘付けになった。
キリカは優秀で話していて飽きない、明るい女性だった。
作られていない本物の笑顔で私に微笑み、彼女の傍ではありのままの自分でいられた。
キリカに急速に惹かれていく己を止められず、サウスリアナと過ごす時間が苦痛になってきた。
その日は生徒会の仕事が長引き、キリカが後片付けに残ったので、私も理由をつけ残り二人きりになれた。
護衛には外で待つよう伝え拒否されたが、強引に閉め出した
。
彼女がお茶を机に置いてくれた時に視線が絡み、引き寄せられるように抱き寄せ口付けた。
キリカも抵抗せず私の首に腕を回し、受け入れてくれた喜びのまま一線を越えてしまった。
サウスリアナの事など頭の片隅にもなかった。
それからもキリカとの逢瀬は続いた。
側近や弟もキリカに恋慕していたが、選ばれたのは私だった。
母にも紹介し、キリカに好印象を抱いて何度も王妃宮に呼んでいる。
初めて幸せを感じていた中、キリカの苛めが始まった。
キリカは誰がやったのかはっきりとは言わないが、私はサウスリアナだと確信していた。
私とキリカの関係を非難するあの金の瞳。
あの瞳に見られるのはうんざりだった。
サウスリアナが苛めをした証拠を集め糾弾したが、顔色ひとつ変えずに否定した。
それからも苛めは続いたようで隠れて泣くキリカを慰めた。
「私が身分を考えずにラノシュ様をお慕いしたのが悪いのです。」
そう言って泣くキリカに愛おしさが募り、サウスリアナに対する憎しみは日々増していった。
退学まで考えていたキリカを説き伏せ、サウスリアナが学園に来られないよう人前で叱責し続けた。
周りの生徒達も皇太子である私や弟、側近に糾弾されるサウスリアナを見て嘲笑っていた。
最初は言い返してきていたが、途中からは何も言わずに俯いているだけになった。
それでもサウスリアナは学園に来てキリカを苛め続け、私や側近の苛立ちが募っていった。
「帝国の若き光、第一皇子にマセル公爵の第一子サウスリアナがご挨拶申し上げます。
帝国に永遠の栄光を。」
10才にして計算されたような笑顔。
正妃の第一皇子である僕の婚約者に相応しい女の子だと思った。
顔合わせの後、月に一度交流を持ち14才で皇太子に冊立されサウスリアナも皇太子妃となるべく皇宮で教育を受けた。
皇太子妃となる資質と美麗な容姿、努力と気遣い。
全てにおいて優秀だが、人間味を感じられなかった。
母上もサウスリアナに警戒していた。
フラムント公爵家は三公爵の中で一番新しく、建国から続くマセル公爵やノルドラード公爵と違い、皇族と何代も縁を繋げて公爵になれたのだ。
マセル公爵家との婚約も血を濃くしないためと、フラムント公爵家に対抗するのに元老院が皇帝に申請し皇帝が許可したものだ。
フラムントのお爺様は元老院を罵っていたが、皇帝である父上の決定は覆せない。
サウスリアナとは仲違いも親密になることも無く、15才で帝立学園に一緒に入学した。
私とサウスリアナは将来国の頂点に立つ者として、貴族の人脈作りに重きを置いていた。
サウスリアナは誰に対しても分け隔てなく、未来の皇太子妃として皆に接していた。
私も学園でキーク、ヤナキル、学院に在籍するオウクスを側近に迎えた。
順調だった。3学年に上がるまではーーー
3学年になったばかりの頃、廊下で1人の女性徒とぶつかりそうになった。
咄嗟に抱きとめたが相手は私の顔を見て青ざめて謝ってきた。
皇太子である私に不敬を働いたと怯えているようだった。
「こんな事で罰したりしないよ。」
と言うとホッとしたのかはにかんだ笑顔を向けてきた。
潤んだ翡翠の瞳に心臓が高なった。
「ありがとうございます。皇太子殿下ってお優しいんですね!」
「この程度で罰を与えていたら誰も近寄らなくなるよ。」
皇太子となってから重臣の視線は厳しくなり、同世代には一歩引かれている。
「皇太子殿下のお立場では周りに配慮しなくてはいけないのですね。」
いくら平等を掲げていても皇太子にこれ程の生意気な発言は許されないが、彼女の瞳に慈愛を認めて言葉が出なかった。
「すみません!生意気を言って!!」
彼女は自分の失言に気づき深々と頭を下げた。
「いや、私の立場を思ってくれたのだろう。
そういえばまだ名を聞いてなかったな。」
彼女はハッとしたように慌てて名乗った。
「キリカと言います。平民なので名字はありません。」
「キリカか。覚えておこう。
では失礼するよ。」
「はい。本当にありがとうございました!」
元気よく言って去って行く彼女の後ろ姿を見送った。
キリカ。
口の中で彼女の名を転がすと誰にも感じたことがない温かなものが胸に広がった。
生徒会でキリカとすぐに再会し、私を見た彼女の花のような笑顔に釘付けになった。
キリカは優秀で話していて飽きない、明るい女性だった。
作られていない本物の笑顔で私に微笑み、彼女の傍ではありのままの自分でいられた。
キリカに急速に惹かれていく己を止められず、サウスリアナと過ごす時間が苦痛になってきた。
その日は生徒会の仕事が長引き、キリカが後片付けに残ったので、私も理由をつけ残り二人きりになれた。
護衛には外で待つよう伝え拒否されたが、強引に閉め出した
。
彼女がお茶を机に置いてくれた時に視線が絡み、引き寄せられるように抱き寄せ口付けた。
キリカも抵抗せず私の首に腕を回し、受け入れてくれた喜びのまま一線を越えてしまった。
サウスリアナの事など頭の片隅にもなかった。
それからもキリカとの逢瀬は続いた。
側近や弟もキリカに恋慕していたが、選ばれたのは私だった。
母にも紹介し、キリカに好印象を抱いて何度も王妃宮に呼んでいる。
初めて幸せを感じていた中、キリカの苛めが始まった。
キリカは誰がやったのかはっきりとは言わないが、私はサウスリアナだと確信していた。
私とキリカの関係を非難するあの金の瞳。
あの瞳に見られるのはうんざりだった。
サウスリアナが苛めをした証拠を集め糾弾したが、顔色ひとつ変えずに否定した。
それからも苛めは続いたようで隠れて泣くキリカを慰めた。
「私が身分を考えずにラノシュ様をお慕いしたのが悪いのです。」
そう言って泣くキリカに愛おしさが募り、サウスリアナに対する憎しみは日々増していった。
退学まで考えていたキリカを説き伏せ、サウスリアナが学園に来られないよう人前で叱責し続けた。
周りの生徒達も皇太子である私や弟、側近に糾弾されるサウスリアナを見て嘲笑っていた。
最初は言い返してきていたが、途中からは何も言わずに俯いているだけになった。
それでもサウスリアナは学園に来てキリカを苛め続け、私や側近の苛立ちが募っていった。
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