アイツは可愛い毛むくじゃら

KUZUME

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物理的に縮まる距離と心理的に縮まらない距離

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 ララがブライトン伯爵家でメイドとして過ごすようになってから、早いもので丸々一週間が過ぎようとしていた。
 その間にララの母である魔女からの連絡は一切なく、ただただ疲労とストレスだけがララの中に確実に蓄積されていっていた。

 「…も───いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…掃除しても掃除しても掃除しても毛っ毛っ毛っ毛ぇぇぇぇぇっっ!!!」

 箒と塵取りを手に、だだっ広い廊下に立ち尽くしたララの口からは「毛」なのかそれとももはや「ケケケ」という笑い声なのか分からない危ない声が漏れ出ては廊下の奥の暗闇へと吸い込まれていく。

 「ちょうど暖かくなっていく季節ですから、換毛期なんでしょうな」

 と、シリウスへの朝食の配膳が終わったらしいトーマスが台車を押しながらさりげなく答える。

 「大型犬用の洋服どっかに売ってないかな!?胴体部分にかぶせとけば少しは抜け毛がましになるんじゃない!?」
 「ほっほ。ララさんは怖がりのくせに変なところで肝がすわっておりますなぁ。ご主人様にご自身で提案出来るのならば、ぜひ。どうぞ」
 「…」

 言うだけ言って足を止める事なく台所へと向かってガラガラと台車を押して去って行くトーマスの背をじとりと睨み付ける。
 ララは込み上げてくるなんとも言えない気持ちをぐぐぐっ、と唇を噛み締めて飲み込むと再び黙々と箒を動かし続ける。
 メイド業をこなす事は渋々、それはもう渋々引き受けたが、可能な限り恐ろしい野獣の姿をしているシリウスとは関わりたくなかった。
 もっとも、シリウスが野獣の姿ではなく元の人間の姿だったとしてもあの傲慢で怒りっぽい性格に、結局はララは恐れをなして極力会わないようにしただろうが。

 「…はぁぁ。早くお母さんから連絡来ないかな」

 願う事はただ一つ。一刻も早く魔法の解除の仕方を見つけて戻ってきて欲しい。
 ララが重ねてため息を吐いた次の瞬間、突然やけに綺麗なバリトンボイスが廊下中、いや屋敷中に響き渡った。

 「っっは───────!!!!!」

 それに次いで金属が床に落ちる耳障りな音と皿が割れる音も五月蝿く鳴り響いたのだった。
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