悪恋〜ヴィランに恋する乙女の短篇集〜

KUZUME

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第4篇 人類よ!跪いて愛を歌え!

第4話

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 ある休日、嵐虎らんこは高いヒールを楽しげにカツカツと鳴らして繁華街を歩いていた。
 事前に悪の組織の怪人達から入手したシフト表によると、今日はダークナイトの出陣の予定は無いらしい。今日は久々におっかけ予定のない週末だった。

 「ふんふんふーん!うちわのデコレーショングッズも買えたし、今日はランチでも食べてから帰ってうちわ作りに勤しもう!」

 嵐虎は手に提げた袋の中の可愛い材料を思い出して頬を緩める。いつも両手に握って共にダークナイトを応援し続けてきたうちわは大分くたびれてしまっていた。
 自宅で一日ずっとゴロゴロしているなら、一層新しく作ろう!と思い立ち自宅から電車に乗ってちょっと遠くのショッピングセンターまで嵐虎は足を伸ばしたのだった。
 機嫌良く鼻歌を歌いながら、嵐虎はショッピングセンター内のレストランエリアまで来る。

 「わ~!期間限定のフルーツビュッフェやってる!!」

 可愛らしい装飾と人混みに注意を向ければ、〝期間限定!フルーツビュッフェ!〟のポップが目に入る。少々列が出来ているが、折角ここまで来たのなら美味しいものを食べて帰ろうと嵐虎は列の最後尾に加わる。

 「苺、林檎、梨に桃…南国フルーツもある!あ!ケーキもある!!わあ~!!」

 店頭に飾られているサンプルを眺めながら嵐虎は期待に胸を膨らませる。早く順番が来ないかな、と時間を確認しようと携帯電話を鞄から取り出した時だった。

 「げーっ!げっげっげっ!!」

 毎度お馴染み、怪人の奇声と人々の悲鳴が上がった。
 瞬時に休日の人混みでひしめくレストランエリア内にざわめきと混乱が生じ、それは波のように段々と大きな波紋となって拡がっていく。

 「な、なに!?」
 「きゃああああ!!!怪人よ!!!」
 「げーっ!げーっ!」
 「うわああああ!!た、助けてくれー!!」
 「げっげっげっげっげー!!!」

 パニックを起こした人々は逃げ惑い、あっという間にレストランエリア内は混沌と化した。
 我先にと駆け出した人に突き飛ばされた嵐虎はバランスが取れずにそのまま転んでしまう。

 「いっ…!」

 転んだ拍子に床に打ちつけた膝がじんじんと痛む。嵐虎は目に涙を浮かべて耐える。

 「あっ!あれは…!悪の組織の幹部!?」

 すると逃げ遅れた人の中から誰かが叫ぶ。その声に嵐虎ははっとして転んだままの状態から顔を持ち上げる。

 「(悪の組織の幹部!?ダ、ダークナイト様!?え、でも今日はダークナイト様はお休みの筈…!私がチェック漏れをする事はないもの…!)」

 そうは思いつつもとにかく姿を確認しないと、と嵐虎が起きあがろうとぐっと体に力を込めた瞬間、持ち上げた嵐虎の顔スレスレに真っ赤な20センチピンヒールが真上から勢い良く降ってきた。

 「ぎゃあっ!な、なに!?」

 ガツン!と床を抉り、突き刺さる真っ赤なピンヒール。
 それを辿り、そろそろと視線を上へ上へ上げていく。
 もはや凶器のように思えるピンヒールは真っ赤なエナメルの編み上げブーツへと繋がり美しく引き締まったその人物のふくらはぎ、柔らかそうな太ももまでを包んでいる。更に視線を上げていくとお尻が見えてしまいそうなほどに短いタイトスカートが目に入り、きゅっと括れた腰に豊満な胸が。
 そしてピンヒール同様真っ赤なルージュがひかれたふっくらとした唇が吊り上がる。

 「だっ、誰!!?」

 ダークナイト様じゃない!やっぱり私のダークナイト様出勤チェックは間違いなかった!と嵐虎はとりあえず胸を撫で下ろす。が、そうするとこの人物は誰なのか。嵐虎の少々様子のおかしい警戒心が警報を鳴らした。

 「おーっほっほっほっ!地球の下等生物達よ!この新鮮なフルーツちゃん達は悪の組織の魅惑の女幹部、妖弦ようげん使いのスー様の物でしてよっ!!」
 「げーっげっげっげっ!」
 「怪人ちゃん達っ!やっておしまい!」
 「げーっ!げっ!」

 妖弦使いのスーの号令の元に、何かよく分からないがとにかく素晴らしい性能の謎の機械を手に怪人達が一斉に人々に襲い掛かり美味しそうなフルーツを根こそぎ奪っていく。
 人々の阿鼻叫喚が響く中、しかしその者達は現れた!

 「待てっ!!怪人共め!お前達の好きにはさせないぞ!!」
 「ああっ!あれは…!」
 「お腹を空かせた怪人達よ!地球の食卓は俺達が守る!!」

 5色の逆光を背に、混沌のレストランエリアに降り立ったレッド達5人のスーパーヒーローがバッタバッタと怪人達を倒していく。

 「ちぃっ…!あれが噂の生意気な坊や達ですことね…!」

 爪を噛んだスーが怪人達を相手に大立ち回りするレッド達を睨み付けると、その鋭い視線をいまだにスーの足元で転んだ状態のまま、唖然としていた嵐虎に向けた。

 「あら、まぁ。こんなところにお間抜けな子うさぎちゃんが…」
 「な、なに…!?」

 伸びてきたスーの手が、嵐虎の首を鷲掴んだ。



♦︎



 「これを見るがいい!!!坊や達!!!」
 「!!?」

 ほぼほぼ勝利を収めていたレッド達の耳に、スーの甲高い声が突き刺さった。
 驚き振り返ると、スーの妖弦で縛り上げられ高く吊るされた女性の痛々しい姿がレッド達の目に入った。

 「何を…!」
 「人質なんて卑怯だっぺ!!その女性を離すべよ!!」
 「ふふっ、なんとでもお言い!油断したわね坊や達!最後に勝った者が勝者なのよ!おーっほっほっほっ!」

 勝利を確信して高らかに笑い声を上げるスーの豊満な胸が笑いと共に揺れる。

 「くっ…!どうする!?」
 「くそお…!俺が変わってやりてえ…!俺も美女に縛り上げられたい!」
 「え?」
 「それを言うなら僕だって!僕だってあのおっぱいに縛り上げられたいしあわよかば押し付けられたい!」
 「え?」
 「ブルーもグリーンもいい加減にしろよ!おっぱいに縛り上げられるよりもおっぱいを縛る方がいいだろ!」
 「え?」
 「ちっ、なんだあの女。おっぱいでかいからって調子乗りやがって!それと野郎共、お前ら後で覚えとけよ…ヒーローが言っていいセリフじゃねえんだよ…」
 「ひっ…」

 実はもう1人の女戦士、イエローが目にも止まらぬ速度でレッド達3人の頭に拳骨を振り落とすと地の底から噴き出すようなおどろおどろしい声で告げる。頭に特大のたんこぶをこさえた3人の悲しき男達を汚物を見るような目で見ていたピンクがスーへ視線を戻すと、ある事に気付き「あっ」と声を上げる。

 「あれっ?あの捕まってるお姉さん…もしかしていつものお姉さんじゃねっぺか?」
 「ん?…あー!本当だ!うちわのお姉さん!」
 「え?じゃああれは捕まってないのかな…」
 「んー!?でも、相手はいつもの暗黒騎士じゃないぞ…?」
 「…ど、どっちだ?」

 捕まっているのがダークナイトの公認おっかけ、嵐虎であることに気づいたレッド達がどういう事だと仲間内で議論を勃発させる。緊張が解けにわかにざわつき出したレッド達の様子にスーも自分が意図していた展開にならずに動揺を露わにする。

 「ぼっ、坊や達!何をお呑気に騒いでいるのさっ!この女がどうなってもいいのかい!?とっとと新鮮なフルーツちゃんをお寄越し!!」
 「いっ!?痛い痛い痛い!」

 嵐虎を縛り上げていたスーの妖弦がギリリと締まり嵐虎は思わず悲鳴をあげる。
 嵐虎の悲鳴に気を良くしたスーは縛り上げている嵐虎の体を妖弦を使い更に天井から高く吊るす。

 「ひええええ…!たったったか…!」

 遥か彼方下に見える床に、嵐虎の顔から血の気が引く。恐怖にもはや悲鳴も出ない嵐虎はぎゅっと目をつむりカタカタと震える。

 「たっ、たすっ、たすけっ…!」
 「おーほっほっほっ!さーあ怪人ちゃん達!!そこの目障りな坊や達もいたぶっておやんなさい!!!」
 「ぐっ、くそ…!」
 「うわあああ!」
 「きゃあああああ!」

 本当に人質を取られたレッド達は手も足も出ずに一方的にスー率いる怪人達に襲われる。
 もう駄目かも知れない…!と誰もの脳裏に敗北の2文字が過ぎった時、唐突に嵐虎の体を天井から吊り下げていたスーの妖弦がプツンと切れた。

 「へっ?……ぎゃあああああああああ!!!」

 突然訪れた浮遊感に、嵐虎はあらん限りの力を込めて悲鳴をあげる。
 嵐虎の耳をつんざく悲鳴に、レッド達もスーさえもぎょっとして天井を振り仰ぐ。
 高い天井から遥か下の床目掛けて落下する嵐虎の体。その体を空中に躍り出た何か黒いものが見事にキャッチして少し離れた所にふわりと華麗に降り立つ。
 唐突に始まり唐突に終わった衝撃に、嵐虎はそっと固く閉じていた目を開ける。

 「………ダッダッダッ…ダークナイト様!!?」

 嵐虎の体をすっぽりと腕に収めたダークナイトは、真っ青だった顔を真っ赤にして目を白黒させる嵐虎には目もくれずに、真っ直ぐに睨みつけてくるスーを仮面の奥からギラリと光る目で睨み返した。

 「貴方…ダークナイト!どういうつもり!?」
 「どういうつもりも何も…妖弦使い!貴様には誇りは無いのか!?地球人相手に人質をとるとは、それでも誇り高き組織の一員か!!」
 「な、何様のつもり…っ」
 「げーっ!?げっげっげーっ!?」
 「なにっ!?」

 スーがダークナイトをギロリと睨みつけていると、突如怪人達から悲鳴があがった。

 「そりゃーっ!!今だっ!!」
 「人質さえ返して貰えば、怖いもんは何もねっぺ!」
 「お前らっ!イエローのご機嫌をとれっ!1人でも多く怪人をやっつけるんだ!」
 「いや、さっきの事は忘れないから」
 「おりゃーっ!フルーツ返せ!!」

 人質を解放されたレッド達が水を得た魚のようにいきいきと怪人達を薙ぎ倒す。

 「はっ!?人質はいまだに我らの手の内でしょう!?」
 「ダークナイト様ー!!!うわーん!怖かったああああ!!でもダークナイト様がキャッチしてくれるならもう一回…!はぁ…はぁ…っ!」
 「…」
 「てててていうか今日は会えないと思ってたのに…!うっ…!嬉しさで動悸が…っ!」
 「え?なんですのあれは?」

 嵐虎を下ろそうとするもダークナイトの首に両腕を回しぎゅうぎゅうと引っ付いている嵐虎の姿にスーは驚愕する。
 そうこうする内に怪人達を全て倒したレッドがスーへと向かう。

 「妖弦使い!お前の手下共はみんな倒したぞ!観念しろ!」
 「くっ!お、覚えてらっしゃい!この屈辱はいずれ必ず返してさしあげるわ!!おーっほっほっほっ!!」
 「ああっ!逃げられた!」

 苦々しげに唇を噛んだスーはレッドの拳が届く前に身を翻しあっという間に消えてしまった。あと一歩で敵幹部に逃げられたレッドはそれでも人々へ実害がなかった事に、美味しいフルーツを守れた事に安堵する。
 そして嵐虎を抱えたままのダークナイトに警戒もなく近づくと思いきり頭を下げる。

 「ダークナイト!ありがとう!ダークナイトのおかげで助かった!」
 「…勘違いするな、俺は俺の誇りに従ったまでだ。貴様らを助けたつもりは一切ない!」
 「へへ、そっか!」
 「…ふん、この次は俺の手で貴様らに引導を渡してくれる。精々俺達の為に日々美味い飯を作っていろ!」
 「おう!またな!」

 ダークナイトは簡単に背を向けてさっさと仲間達の元へ帰って行くレッドを睨みつけてから腕の中の嵐虎をそっと下ろす。

 「あ…あの、ありがとうございました…」
 「…言っただろう。俺は俺の誇りに従っただけだ」

 乱れてしまった嵐虎の前髪に触れようとして、ダークナイトは伸ばした腕を引っ込める。そして意を決したように仮面の中でぐっと口を一文字に結ぶと、今度こそ嵐虎の乱れた前髪を些か強い力で梳いて直す。

 「わっ!?」
 「お前が人質に取られると、心臓に悪い」

 どくんと跳ねた心臓は果たして、どちらだったか。
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