悪恋〜ヴィランに恋する乙女の短篇集〜

KUZUME

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第4篇 人類よ!跪いて愛を歌え!

第5話

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 悪の組織地球基地内。
 ガツン!というピンヒールが固い床を思い切り叩く音が無機質な基地内に響き渡った。

 「ダークナイト!!!」

 ついで女の金切声が静寂をつんざく。

 「…なんだ、妖弦使い」

 鼓膜を嫌に揺さぶるスーの甲高い声にダークナイトは仮面の下で眉根を寄せる。
 しかしそんな些細な事実など知ったことではないスーは肩をいからせたまま、目の前に歩み出てきたダークナイトに詰め寄ると拳を握りダークナイトの冷たく固い仮面ごとその横頬を殴りつけた。

 「どういうつもりなのさ!?人間の女を…地球のヒーロー達を助けてっ!?」
 「…言った筈だ。俺はあの小僧共を助けたつもりは微塵もない!それよりも貴様こそどういうつもりだ。たかだか小僧共を倒すのにわざわざ人間の女を盾にとるとは!それでも誇り高き組織の一員か!人間の女を盾に奪った食料は美味いのか!?」
 「くっ…!何を、この鉄仮面の朴念仁が…っ!」

 横頬を殴り飛ばしても、声色一つ変えずに淡々と見下ろしてくるダークナイトにスーは真っ赤なルージュをひいた自慢の唇を噛み締める。
 すると、相対する2人へ重苦しく威圧的な声が降りかかった。

 「…やめないか、組織の大幹部同士が内輪揉めなどと嘆かわしい…!」
 「はっ!総督様…!」
 「これは、いらしていたとは…失礼を致しました!」

 かっちりとストライプの上等なスーツを着込み、革靴の踵を鳴らして2人が居る部屋へと入ってきた人物が中央にただ一つ置かれている椅子へとふんぞり返り座る。
 最敬礼の形を取った幹部2人の姿に満足すると、総督と呼ばれた人物は傍らの机の上に置かれた籠から瑞々しい葡萄の房を取り、たっぷりと果汁が詰まり丸々とした実を一つもいで口へと運ぶ。

 「この惑星の食料は本当に美味いな…早く故郷の者達の口にも入れてやりたい」
 「はっ!全くその通りです」
 「一日でも早くこの惑星を制圧出来るように尽力してございます」
 「ふん…その割に、先ほど聞こえてきた事が事実ならば捨て置けぬ事のようだが?」

 総督のその言葉に、スーはニヤリと口角を上げる。

 「総督様!お聞き下さいまし!このダークナイトめが折角私が捕らえた人質を逃がし、忌々しい地球のヒーロー共に助力をしたのですわ!おかげで私はそれはそれは美味しそうな沢山のフルーツを持ち帰れず…!」
 「ふむ…それは真か?ダークナイトよ。真ならば、私はとても悲しい思いをするだろう」
 「…妖弦使いが捕らえた地球人を俺が逃した事は事実です。しかし!俺は誇りあるこの組織の、我らが故郷の代表として!弟妹達に恥じぬ自分でありたいのです!!」

 ダークナイトは握り拳を作り総督へ熱い決意を訴える。しかしそれをスーは甲高い高笑いで一蹴する。

 「戯れ言を!まさかあんた、あの人間の女に惚れたなんて言い出すんじゃないでしょうね?おーほっほっほっ!だとしたらなんて滑稽なのかしら!所詮、捕食者と被捕食者の関係でしてよ!!」
 「妖弦使い、貴様…!この俺を愚弄するか!!」
 「おーほっほっほっ!あんたがやるって言うなら相手になりましてよ!!」
 「やめんか!!!」

 再び一触即発の空気を醸し出し始めた2人を、総督の一喝が押し留める。

 「ダークナイト、お前とはじっくりと話をする必要があるようだな」
 「そ、総督…!?」

 グシャリと音をたてて総督の手の中の葡萄が握り潰される。総督の静かな怒りのオーラにより温度が下がったように感じる部屋の中で、ダークナイトは背筋につ、と冷や汗が流れるのを感じた。



♦︎



 その日、天気はざあざあと土砂降りの雨が降っていたが嵐虎らんこは定時で仕事を上がれた嬉しさで、傘の下鼻歌さえ歌いながら軽い足どりで自宅までの道のりを歩いていた。
 夜になると人通りのほとんどない住宅街だが、街灯が明るく嵐虎は特段警戒せずに歩を進める。

 「ふんふ~ん、今日は~デザートにプリン~……ん?」

 ふと、前方の街頭の灯りが途切れた先、暗闇の中に何かうごめく物が見えた気がして嵐虎は鼻歌を止め目をこらした。

 「…?」

 特に動く物はない。気のせいかとそのまま通り過ぎようとした時、突然それまで何も無かった暗闇の中から真っ黒な腕が伸びてきた。
 嵐虎が悲鳴をあげる間もなく、それに口を塞がれる。

 「っ!!?んーっ!!んーっ!?」

 ばしゃりと音をたてて、傘が嵐虎の手の中から水溜りの中へと落ちる。
 途端に叩きつけられるように降る雨で嵐虎の全身が濡れていく。

 「…っ、俺だ…っ」
 「んむぅっ!?」

 ざあざあと五月蝿い雨の音の中、その声ははっきりと嵐虎の耳に届いた。

 「んん!?んーんんんんんん!?…っぷは!ちょっ、ダークナイト様!?」
 「うっ!…く…っ」
 「えっ!?やだ、どこか悪いんですか!?しっかりして下さい!!ダークナイト様!!」

 暴漢に襲われたかとパニックになった嵐虎だったが、聞こえてきた声に抵抗を止め振り返る。すると、苦しげに呼吸をする黒い鎧、ダークナイトがほとんど嵐虎にもたれ掛かるようにして立っていた。

 「な、何が……!!!」

 突然の事に思考が止まる嵐虎だったが、ダークナイトが苦しげにしている事に気づくとハッとしてダークナイトの肩を支える。

 「う、うちすぐ近くなんです…!とにかくうちに!頑張ってそこまでっ歩いて下さいっ!」
 「ううっ!…はぁっ、はぁっ……」
 「ダ、ダークナイト様!」

 ダークナイトは彼の体重を支えるには弱すぎる嵐虎の肩を借りて、這いずるようにしてなんとか嵐虎の自宅まで辿り着く。
 扉を開けた瞬間に、玄関に倒れ込むダークナイトに嵐虎は夜だという事も忘れて悲鳴をあげる。

 「ダークナイト様!?やだっ…!しっかりして!ダークナイト様!!」
 「…う、うう……」

 呻き声を上げた後、ダークナイトはブツン!とテレビの画面が落ちるように唐突に、完全に意識を失った。
 ただでさえ嵐虎よりも遥かに大きい体をして、その上全身を鎧で包んだダークナイトの重たい体が冷たいフローリングの上でぐったりと四肢を投げ出しす。

 「ダークナイト様!!!」

 嵐虎の悲痛な叫び声だけが、狭い部屋に響いた。
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