悪恋〜ヴィランに恋する乙女の短篇集〜

KUZUME

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第9篇 桜の下で君を待つ

第5話

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 はじかれた刀を伝い、手がビリビリと痺れる。
 ぐっと奥歯を噛み締めて柄を握り締める握力に意識を集中させる。

 「ギャギャギャギャ!」
 「っく!」

 耳をつんざくのは魑魅魍魎の発する声。

 「っ~!もおお!しつっこい!」
 「ギャアアア!!」

 両手で刀を構え直し、横薙ぎに一閃する。
 目の前に迫っていた1匹は胴を一刀両断にされたままにその姿が砂と消えていく。
 けれど感慨に耽る間も無く次から次へと魑魅魍魎が湧いてきては踊り掛かってくる。
 額から流れ落ちてくる汗もそのままに、足を止めることなくゆかりは舞うように刀を振るう。
 ゆかりが1人で魑魅魍魎と相対する事態となったのは、遡ること数時間前──



♦︎



 「ゆかりっ!今夜は樹からぶら下げられんなよ!」
 「もぉお兄ちゃんはそればっかり五月蝿いなっ!気をつけるってばぁ!」

 数日前の朝会で長が言っていた百鬼夜行の頭領が代替わりをした影響なのか、近頃の夜の街の雰囲気は変わっていた。
 長が推測するには、頭領の悪鬼達の率い方が変わったのか、はたまた新頭領への反発か悪鬼達の集団から離反者ないし単独行動に出ている者が居るのではないか、とのことらしい。
 普段ならば陰陽師達も連日連夜の調伏任務はないのだが、近頃は現役学生のゆかりでさえも毎夜東京の街を跳躍していた。

 今夜の出動も、いつも通りの見回りの筈だった。
 いつも通り兄と、あと数人の仲間と共に夜の闇を駆け抜け、悪鬼と遭遇すればこれを調伏する。ゆかりは後方支援で術を飛ばしつつ、兄達が刀で悪鬼を斬り祓う。
 いつもと唯一違ったのは、悪鬼達が自分達陰陽師以外の何かをしきりに気にし、怯えていたということ。

 「何…?なんだかいつもと様子が…」

 いやに怯え興奮している悪鬼達に、ゆかりが眉をしかめたと同時に、近くの茂みから大きな影が躍り出る。

 「!?」
 「ゆかり!!!」
 「きゃあっ…!」

 丸太のように太く大きな腕が辺り一面を薙ぎ払う。
 それは悪鬼だけじゃなく、闘っていた陰陽師達の体も吹き飛ばし、そして少し後ろにいたゆかりを薙ぎ払う腕が作った凄まじい突風が襲う。
 風とは思えない衝撃がゆかりを襲い、一瞬にしてその体は空中へ攫われる。
 足裏が地面から離れたという感覚すらなかった。最後に兄の切羽詰まった声が聞こえた気がしたが、次に気がついた時には何処かの地面に体が叩きつけられていた。

 「…っぐ!」

 打ち付けた胸に息が詰まる。それをなんとか耐え顔を上げると、一瞬にしてゆかりは何処か知らない場所に1人で倒れていた。

 「どっ、何処ここぉ!?お兄ちゃん達は!?」

 きょろきょろと辺りを振り返る。周りには民家はなく、街灯も少ない。と、いうより東京の街に在って然るべき超高層のビル群もない。頭上を見上げれば、視界を遮る物なく満点の星空が広がっている。

 「嫌ぁ~!!なんかよく分からないけど、あの大きな腕の化け物にすっごく遠くまで吹き飛ばされちゃったってことぉ!?」

 で、電車…いやそれよりタクシー…お金あったかな、とゆかりが半ベソをかき出したところでゆかりの指先が瞬時に腰の刀に伸びる。幸い、刀は別に吹き飛ばされずに済んだらしい。ゆかりの研ぎ澄まされた感覚が、何か不穏な空気を感じ取る。

 「(…何?何か居る)」

 チカチカと、かろうじて立っている街頭の電灯が明滅する。
 チカチカ、チカチカ───ブツッ

 「ッギャギャギャギャ!!!」
 「っ!魑魅魍魎!!」

 暗闇から無数の魑魅魍魎が襲いかかってくる。
 即座に抜いた刀でこちらを切り裂かんと伸びてくる鋭い爪を弾き、すぐさま刀を握り直し胴を断つ。
 防いで、斬って、防いで、斬って。
 息が上がる、呼吸が苦しい、汗と魑魅魍魎の血で刀を握る手が滑る、それでも集中を途切れさせず、足を動かし続けて刀を振るう。

 「はっ!はっ!…はぁっ!」

 どんなに斬り捨ててもギャアギャアと金属と金属がぶつかり合うような不快な笑い声が途絶えない。
 酸素不足で視界がチカチカと点滅しだす。

 「(お兄ちゃん…勇市ゆういち兄ちゃん…!!)」

 ゆかりの目に、涙が滲み出した時だった。

 「──伏せろっ!!」
 「っ!?」

 ゆかりは突然聞こえたきた声のままに地面にほとんど倒れ込むようにして伏せる。
 すると、間髪入れずにまたゴオオオオッ!と凄まじい音をたてて突風が吹き抜ける。
 ドキドキと心臓が五月蝿く鼓動をたてる。突然放り込まれたよく分からない状況下で、仲間のものではない声の指示に従うことなどありえないが、それでもゆかりの体は咄嗟に動いた。
 聞き覚えのあるその声が、何故か自分にとって良くない結果をもたらすとは思わなかった。

 「お前…っ!大丈夫か!?ゆかり!」
 「はっ…はっ…はぁっ……紫暮しぐれ…?」

 倒れ伏すゆかりの前に、紫暮しぐれが片膝を着いてその手を差し伸べていた。
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