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第1章 まだ第1の人生を生きている最中の話
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──召喚聖女の秘術が行使されてから、1ヶ月が経った。
今では私こそが別世界に召喚されてしまったのか?と疑うような光景が王国中どこを見ても広がっている。
別世界、というのはつまり、驚くほど平和なのだ。魔王率いる帝国との戦争などまるで始めからなかったのかのような。
召喚聖女がこの王国に喚ばれてやってきたかと思えば、彼女は本当に驚くほど一瞬で戦争を終結へと導いてしまった。
そしてきちんと手順を踏んで正式に神官になったわけでもなく、ほぼ戦争の前線へと送り込むだけの神官見習いだった私は無職になった。
「…あんなに死ぬ程働いていたのはなんだったの」
やり切れない。色々な感情が渦巻いて思考が止まるけれど、その色々な感情をこねてこねて形作って名前を付けるとしたら「やり切れない」その一言につきるだろう。
100歩譲って召喚聖女が噂に伝え聞くような素晴らしい聖属性魔法を使って世界を平和に導いたのならばまだ感謝や尊敬を持てただろう。けれど。
彼女は全くもって予想外の方法で戦争を終わらせたのだ。
この1ヶ月ですっかり定位置と化している首都の中心にある大きな公園の樹の下のベンチに座って目の前を笑顔で通り過ぎていく人々をぼんやりと眺めながら、先日行われた召喚聖女の凱旋パレードを思い出す。
♦︎
「聖女様~!召喚聖女様~!!」
「聖女様万歳!王太子殿下万歳!」
王家の豪奢な馬車に乗った召喚聖女が民衆に向かって大きく手を振る。
そんな彼女の両隣には、一体全体なにが起こればそうなるのか、我が国の王太子殿下と、戦争の相手国であった帝国の魔王の姿。
「聖女殿、あまり身を乗り出しては危ない。ほら
、私に掴まるように」
「あ、ありがとぉ、王子様!」
「む、聖女よ。その男に捕まらずともこの俺の膝に座ればよい!特別に魔王たるこの俺の膝に座る権利を他でもない、お前だけに許そう!」
「魔王様もありがとっ!でも、子供じゃないし私も一人で座れるよ!」
「…おい、どさくさに紛れて聖女殿の手を握るんじゃない!帝国の野蛮人はレディーへの接し方がなってないな!」
「はっ!若造が何を抜かしやがる!惚れた女には惜しみなく愛情表現をすることこそが我が帝国の流儀だ!」
「なんだと!?」
「なんだよ!?」
「もーっ!やめてよ!二人とも!今日はおめでたい日なんだから、喧嘩は駄目だよ!」
「…申し訳ない」
「…悪かったよ」
「うんっ!オッケーオッケー!今日は仲良くね!」
行進は華々しく首都の大通りを進んでいく。
イチャイチャ、ワイワイ、イチャイチャしている召喚聖女と自国の王太子殿下、そして魔王を馬車に乗せて。
──とどのつまり、召喚聖女に魅了された両国のトップが彼女の為に戦争を放棄したのだ。
♦︎
「…いや、思い出したらイラついてきた」
凱旋パレードとは、戦争で活躍した騎士や神官達を讃えるものではなかったのだろうか。
召喚聖女を讃えるのはいい。事実、過程はさておき彼女が戦争を終結へと導いたのだから。
王太子がパレードに参加しているのもいい。召喚聖女の秘術を行使することを提言したのは殿下らしい。
敵国の魔王がいるのも、まぁ、和平の象徴だと思えば理解は出来る。彼を見て思うところがあるのも確かだが。
けれども、その三人の阿呆みたいなイチャイチャを見せつけられたのは一体全体なんなのだろう。全くもって意味が分からない。
「あほらし…」
崇高な愛国心があって神官見習いをしていたわけではない。正直に言えば生きていく為に仕事が必要だっただけ。
別に魔王に誰か大切な人を殺されたわけではないし、特別憎悪があるわけでもない。偶々自国の敵国が帝国だっただけ。
けれど。
──あんなしょうもない殿下の為に死ぬ程働いて、あんな色ボケした魔王に率いられていた兵士達に殺されていたなんて、なんだか虚しい。
「あ、いたいた、レイチェル!」
「?」
覚えていたくもないのに目に焼きついた凱旋パレードの光景に奥歯を噛んでいると、後ろから聞き慣れた声で名前を呼ばれ振り向いた。
「まったく…あんたはいつまでそうやってんのよ。折角無事に前線から帰ってこれたのに」
前線でパートナーとなっていた先輩の神官見習いが、真新しい神官服を着てそこに立っていた。
「あれ、先輩その服…」
「ああ、これ?正式に神殿所属の神官見習いになったのよ」
「ええっ!?折角神官見習いを辞められたのに!?」
「…辞めたんじゃなくて、全員クビ切られたんでしょ」
「そ、そんな細かいことはいいんですよっ!それより、もしもまた戦争になったら、また前線に放り込まれて死んでも死んでも働かされるんですよ!?」
「んー…それが召喚聖女様がご健在の限り、その気配はないみたいなのよね」
「はぁ?あの魔王を信じるってことですか?デレデレ、いつまで続くか分からないじゃないですか!」
「いやぁ、それがガチっぽいのよねぇ。なにせ、魔王が召喚聖女の後ろ盾になって、帝国以外の国も牽制しているらしくて、当分はどこの国ともやり合わないっぽいわよ」
「ぇえ?」
「平和な世の中では神官も立派な高給取りだし、私はこの道で生きていくことにしたの。もしあんたも正式に神官見習いになりたいなら、昔のよしみで口きくけど?」
かつての前線でのボロボロだった姿とは違い、綺麗に化粧をして汚れ一つない神官服を着て微笑んでいる先輩を見て考える。
なるほど、確かに聖属性魔法を使える人間は王国全体を見れば少ないし、神官見習いは平和な世では安定した職と言えるのかもしれない。
それならば、私は。
「……私は、私は、神官見習いなんて絶対絶対絶対いやああああああああ!!!」
安定した職がなんだ!
絶対に他国と戦争をしない保証なんてどこにある!?いや!他国との戦争じゃないにしろ、戦いの場に駆り出されないと断言出来るのか!?
私はもう二度と!死ぬまで働きたくはない!そう!これからは!!
「私は私の為だけに!第二の人生、スローライフを送るのよ!!!」
今では私こそが別世界に召喚されてしまったのか?と疑うような光景が王国中どこを見ても広がっている。
別世界、というのはつまり、驚くほど平和なのだ。魔王率いる帝国との戦争などまるで始めからなかったのかのような。
召喚聖女がこの王国に喚ばれてやってきたかと思えば、彼女は本当に驚くほど一瞬で戦争を終結へと導いてしまった。
そしてきちんと手順を踏んで正式に神官になったわけでもなく、ほぼ戦争の前線へと送り込むだけの神官見習いだった私は無職になった。
「…あんなに死ぬ程働いていたのはなんだったの」
やり切れない。色々な感情が渦巻いて思考が止まるけれど、その色々な感情をこねてこねて形作って名前を付けるとしたら「やり切れない」その一言につきるだろう。
100歩譲って召喚聖女が噂に伝え聞くような素晴らしい聖属性魔法を使って世界を平和に導いたのならばまだ感謝や尊敬を持てただろう。けれど。
彼女は全くもって予想外の方法で戦争を終わらせたのだ。
この1ヶ月ですっかり定位置と化している首都の中心にある大きな公園の樹の下のベンチに座って目の前を笑顔で通り過ぎていく人々をぼんやりと眺めながら、先日行われた召喚聖女の凱旋パレードを思い出す。
♦︎
「聖女様~!召喚聖女様~!!」
「聖女様万歳!王太子殿下万歳!」
王家の豪奢な馬車に乗った召喚聖女が民衆に向かって大きく手を振る。
そんな彼女の両隣には、一体全体なにが起こればそうなるのか、我が国の王太子殿下と、戦争の相手国であった帝国の魔王の姿。
「聖女殿、あまり身を乗り出しては危ない。ほら
、私に掴まるように」
「あ、ありがとぉ、王子様!」
「む、聖女よ。その男に捕まらずともこの俺の膝に座ればよい!特別に魔王たるこの俺の膝に座る権利を他でもない、お前だけに許そう!」
「魔王様もありがとっ!でも、子供じゃないし私も一人で座れるよ!」
「…おい、どさくさに紛れて聖女殿の手を握るんじゃない!帝国の野蛮人はレディーへの接し方がなってないな!」
「はっ!若造が何を抜かしやがる!惚れた女には惜しみなく愛情表現をすることこそが我が帝国の流儀だ!」
「なんだと!?」
「なんだよ!?」
「もーっ!やめてよ!二人とも!今日はおめでたい日なんだから、喧嘩は駄目だよ!」
「…申し訳ない」
「…悪かったよ」
「うんっ!オッケーオッケー!今日は仲良くね!」
行進は華々しく首都の大通りを進んでいく。
イチャイチャ、ワイワイ、イチャイチャしている召喚聖女と自国の王太子殿下、そして魔王を馬車に乗せて。
──とどのつまり、召喚聖女に魅了された両国のトップが彼女の為に戦争を放棄したのだ。
♦︎
「…いや、思い出したらイラついてきた」
凱旋パレードとは、戦争で活躍した騎士や神官達を讃えるものではなかったのだろうか。
召喚聖女を讃えるのはいい。事実、過程はさておき彼女が戦争を終結へと導いたのだから。
王太子がパレードに参加しているのもいい。召喚聖女の秘術を行使することを提言したのは殿下らしい。
敵国の魔王がいるのも、まぁ、和平の象徴だと思えば理解は出来る。彼を見て思うところがあるのも確かだが。
けれども、その三人の阿呆みたいなイチャイチャを見せつけられたのは一体全体なんなのだろう。全くもって意味が分からない。
「あほらし…」
崇高な愛国心があって神官見習いをしていたわけではない。正直に言えば生きていく為に仕事が必要だっただけ。
別に魔王に誰か大切な人を殺されたわけではないし、特別憎悪があるわけでもない。偶々自国の敵国が帝国だっただけ。
けれど。
──あんなしょうもない殿下の為に死ぬ程働いて、あんな色ボケした魔王に率いられていた兵士達に殺されていたなんて、なんだか虚しい。
「あ、いたいた、レイチェル!」
「?」
覚えていたくもないのに目に焼きついた凱旋パレードの光景に奥歯を噛んでいると、後ろから聞き慣れた声で名前を呼ばれ振り向いた。
「まったく…あんたはいつまでそうやってんのよ。折角無事に前線から帰ってこれたのに」
前線でパートナーとなっていた先輩の神官見習いが、真新しい神官服を着てそこに立っていた。
「あれ、先輩その服…」
「ああ、これ?正式に神殿所属の神官見習いになったのよ」
「ええっ!?折角神官見習いを辞められたのに!?」
「…辞めたんじゃなくて、全員クビ切られたんでしょ」
「そ、そんな細かいことはいいんですよっ!それより、もしもまた戦争になったら、また前線に放り込まれて死んでも死んでも働かされるんですよ!?」
「んー…それが召喚聖女様がご健在の限り、その気配はないみたいなのよね」
「はぁ?あの魔王を信じるってことですか?デレデレ、いつまで続くか分からないじゃないですか!」
「いやぁ、それがガチっぽいのよねぇ。なにせ、魔王が召喚聖女の後ろ盾になって、帝国以外の国も牽制しているらしくて、当分はどこの国ともやり合わないっぽいわよ」
「ぇえ?」
「平和な世の中では神官も立派な高給取りだし、私はこの道で生きていくことにしたの。もしあんたも正式に神官見習いになりたいなら、昔のよしみで口きくけど?」
かつての前線でのボロボロだった姿とは違い、綺麗に化粧をして汚れ一つない神官服を着て微笑んでいる先輩を見て考える。
なるほど、確かに聖属性魔法を使える人間は王国全体を見れば少ないし、神官見習いは平和な世では安定した職と言えるのかもしれない。
それならば、私は。
「……私は、私は、神官見習いなんて絶対絶対絶対いやああああああああ!!!」
安定した職がなんだ!
絶対に他国と戦争をしない保証なんてどこにある!?いや!他国との戦争じゃないにしろ、戦いの場に駆り出されないと断言出来るのか!?
私はもう二度と!死ぬまで働きたくはない!そう!これからは!!
「私は私の為だけに!第二の人生、スローライフを送るのよ!!!」
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