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第1章 まだ第1の人生を生きている最中の話
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───あ、死んだな。
目の前に迫り来る凶刃を見ながら間抜けにもそんなことを思った。
斬られたのか、貫かれたのか、それともそのどちらでもない何か他の方法なのか認知すら出来ず、ただ体に感じた衝撃と見開いた私の目と視線の交わった鋭い双眸の光を最期に、
私の、
意識は…
ブツリ、と。
♦︎
「───っはあ!」
雷を受けたような衝撃に強制的に瞼をこじ開けられる。ビリビリと全身の神経が痺れているかのような不快感に、跳ね起きた姿勢のまましばしぐっと眉間に力を入れて耐える。
真っ暗だった世界に苛立たしいほど明るい光がさす。無音だった意識に喧騒が戻ってくる。
深呼吸をすると、ゆっくりと眉間に込めていた力を抜いていく。
「おかえり、レイチェル見習い神官。気分はどう?」
「……最悪。あとちょっと蘇生が遅かったら神サマに中指立てられたのに」
「生き返ってすぐにそれだけ悪態をつければ上出来ね。さあ、前線に戻って騎士達の回復とサポートのお役目を果たすわよ」
「はあ!?ちょっと勘弁してくださいよ!私、もう今日3回死んでるんですけど!?」
「ふふ、知ってる。あんたの蘇生担当したの3回ともあたしだから」
「…」
雄叫びと衝撃音。それからたまに悲鳴。
凄惨な戦場のただなかに居てなお、浮かぶ感情は憐れみや怒り、もしくは愛国心などではなく。
「(…疲れた)」
文字通り、死んでも死んでも終わらぬ労働に心底疲れ果てていた。
戦場において神官、またはそれに準ずる人間は前線で戦う兵士の回復やサポートを担う。
故に非常に貴重な存在であると同時に常に敵側に狙われる最も過酷な立場でもある。
しかも兵士と違い、肉体を戦闘用に鍛えていない神官はちょっとの攻撃ですぐにぽっくり逝く…。そこで編み出された奥義が蘇生──要するに死んでも死んでも何度でも生き返らせて何度でも前線へ送り返すという地獄の発想だった。
「先輩…お願いですから、次に私が死んだ時は蘇生せずにそのままにしといて下さい。恨みませんから。むしろゆっくり休めるなら守護霊となって先輩を背後から見守りますから!」
「残念ながら死んだ神官を戦場で蘇生させることは王命なの。安心して死になさい。ちゃんと叩き起こしてあげるから」
「…なんで祝福を受けちゃったかなぁ。あの時祝福を受けてさえいなきゃ、蘇生魔法が効かない一般人のままでいられたのに…」
「聖属性の魔力がある人はみーんな祝福を受けなきゃいけないんだから、恨むなら聖属性の魔力を持って生まれたあんた自身を恨むのね」
「神様ああ!!蘇生なんてクソみたいな魔法を編み出した昔の偉い人に神罰をお与えください!!もしくは戦争をおっ始めたこの国の現役の偉い人に神罰をお与えくださあああああい!!!」
戦場の喧騒にどうせ掻き消されるだろうと不敬罪もいいところなお雄叫びをあげて手当たり次第にあちこちに倒れている兵士達に回復魔法を掛けていく。
「はぁ…帝国との戦争っていつ終わるんだろうね。正直、うちが勝つ見込みはないよね」
「…相手が魔王率いる帝国だって認識した上で開戦した時点で、うちの王族は頭がお花畑だとしか思えなかったですけど」
「そうよね…人間と魔族とでは、魔法も戦闘力も元々持ってる能力に差がありすぎるものね…」
軽口を叩きながら表情が暗い先輩がぽつりと呟く。
「…召喚聖女を、本当にお招きしないつもりなのかしら。この状況でも」
召喚聖女──それは聖属性魔法の究極奥義とされている我が王国の秘術である。
なんでも、桁違いの能力を持った最上級神官を異なる世界から喚ぶことが出来るのだとか。
そんな物凄い能力を持った神官を戦場に投入することが出来たのなら、この絶望的とも言える戦局をひっくり返せるのだろう。すぐにこんな馬鹿げた戦争など終わらせられるのだろう。けれど。
「人道的な観点から、召喚聖女は行わないって立場なんですよね。今の王族の考えは」
「ええ──ふん、自国の民を死んでも死んでも生き返らせて戦わせている奴等が何を言ってるんだって話だけどね」
召喚聖女で最上級神官を喚ぶ行為は、一方的な拉致と変わらない。
また、過去には戦争なんてものが存在しない至極平和な世界から喚ばれた少女が発狂した例もあったらしい。
「……先輩。今日は本当にあと1回死んだらまじで起こさないでください。ちょっとくらい手足の末端が腐っても気にしないんで」
暗い表情をしていた先輩がかすかに口角を上げる。
「罰金払いたくないから、無理」
「死ぬほど働いてるのに、その上お金まで搾り取られる職場つらすぎる…」
「お互い就職先を間違えたわね」
それから私も先輩もそれぞれ2回は死んで夜になった後、前線に衝撃的な一報が届いた。
「伝令!!伝令!!!」
曰く、今代の王太子が召喚聖女の秘術を行うことを決断したらしい。
目の前に迫り来る凶刃を見ながら間抜けにもそんなことを思った。
斬られたのか、貫かれたのか、それともそのどちらでもない何か他の方法なのか認知すら出来ず、ただ体に感じた衝撃と見開いた私の目と視線の交わった鋭い双眸の光を最期に、
私の、
意識は…
ブツリ、と。
♦︎
「───っはあ!」
雷を受けたような衝撃に強制的に瞼をこじ開けられる。ビリビリと全身の神経が痺れているかのような不快感に、跳ね起きた姿勢のまましばしぐっと眉間に力を入れて耐える。
真っ暗だった世界に苛立たしいほど明るい光がさす。無音だった意識に喧騒が戻ってくる。
深呼吸をすると、ゆっくりと眉間に込めていた力を抜いていく。
「おかえり、レイチェル見習い神官。気分はどう?」
「……最悪。あとちょっと蘇生が遅かったら神サマに中指立てられたのに」
「生き返ってすぐにそれだけ悪態をつければ上出来ね。さあ、前線に戻って騎士達の回復とサポートのお役目を果たすわよ」
「はあ!?ちょっと勘弁してくださいよ!私、もう今日3回死んでるんですけど!?」
「ふふ、知ってる。あんたの蘇生担当したの3回ともあたしだから」
「…」
雄叫びと衝撃音。それからたまに悲鳴。
凄惨な戦場のただなかに居てなお、浮かぶ感情は憐れみや怒り、もしくは愛国心などではなく。
「(…疲れた)」
文字通り、死んでも死んでも終わらぬ労働に心底疲れ果てていた。
戦場において神官、またはそれに準ずる人間は前線で戦う兵士の回復やサポートを担う。
故に非常に貴重な存在であると同時に常に敵側に狙われる最も過酷な立場でもある。
しかも兵士と違い、肉体を戦闘用に鍛えていない神官はちょっとの攻撃ですぐにぽっくり逝く…。そこで編み出された奥義が蘇生──要するに死んでも死んでも何度でも生き返らせて何度でも前線へ送り返すという地獄の発想だった。
「先輩…お願いですから、次に私が死んだ時は蘇生せずにそのままにしといて下さい。恨みませんから。むしろゆっくり休めるなら守護霊となって先輩を背後から見守りますから!」
「残念ながら死んだ神官を戦場で蘇生させることは王命なの。安心して死になさい。ちゃんと叩き起こしてあげるから」
「…なんで祝福を受けちゃったかなぁ。あの時祝福を受けてさえいなきゃ、蘇生魔法が効かない一般人のままでいられたのに…」
「聖属性の魔力がある人はみーんな祝福を受けなきゃいけないんだから、恨むなら聖属性の魔力を持って生まれたあんた自身を恨むのね」
「神様ああ!!蘇生なんてクソみたいな魔法を編み出した昔の偉い人に神罰をお与えください!!もしくは戦争をおっ始めたこの国の現役の偉い人に神罰をお与えくださあああああい!!!」
戦場の喧騒にどうせ掻き消されるだろうと不敬罪もいいところなお雄叫びをあげて手当たり次第にあちこちに倒れている兵士達に回復魔法を掛けていく。
「はぁ…帝国との戦争っていつ終わるんだろうね。正直、うちが勝つ見込みはないよね」
「…相手が魔王率いる帝国だって認識した上で開戦した時点で、うちの王族は頭がお花畑だとしか思えなかったですけど」
「そうよね…人間と魔族とでは、魔法も戦闘力も元々持ってる能力に差がありすぎるものね…」
軽口を叩きながら表情が暗い先輩がぽつりと呟く。
「…召喚聖女を、本当にお招きしないつもりなのかしら。この状況でも」
召喚聖女──それは聖属性魔法の究極奥義とされている我が王国の秘術である。
なんでも、桁違いの能力を持った最上級神官を異なる世界から喚ぶことが出来るのだとか。
そんな物凄い能力を持った神官を戦場に投入することが出来たのなら、この絶望的とも言える戦局をひっくり返せるのだろう。すぐにこんな馬鹿げた戦争など終わらせられるのだろう。けれど。
「人道的な観点から、召喚聖女は行わないって立場なんですよね。今の王族の考えは」
「ええ──ふん、自国の民を死んでも死んでも生き返らせて戦わせている奴等が何を言ってるんだって話だけどね」
召喚聖女で最上級神官を喚ぶ行為は、一方的な拉致と変わらない。
また、過去には戦争なんてものが存在しない至極平和な世界から喚ばれた少女が発狂した例もあったらしい。
「……先輩。今日は本当にあと1回死んだらまじで起こさないでください。ちょっとくらい手足の末端が腐っても気にしないんで」
暗い表情をしていた先輩がかすかに口角を上げる。
「罰金払いたくないから、無理」
「死ぬほど働いてるのに、その上お金まで搾り取られる職場つらすぎる…」
「お互い就職先を間違えたわね」
それから私も先輩もそれぞれ2回は死んで夜になった後、前線に衝撃的な一報が届いた。
「伝令!!伝令!!!」
曰く、今代の王太子が召喚聖女の秘術を行うことを決断したらしい。
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