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第1章 雪解けと嵐

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 砂混じりの風が髪をさらっていく。顔の周りにまとわりつくのが鬱陶しくて、髪をかきあげる。

 どこだろう?

 見渡すが、目印になるようなものは、何もなく、だだっ広い渇いた土地が広がっている。周りに何もないせいか、空がとても広く感じた。
 ここに突っ立っていても仕方がないので、気が向いた方へ歩き始めた。



 歩いても、歩いても、一向に景色は変わらない。

 どれくらい歩いたのだろう? もう何時間も歩いたような気がするし、まだほんの数分しかたっていないような気もする。
 あまりにも景色が変わらなさすぎて時間の感覚がなくなってきた。
 フレアは時間を確認しようと空を見上げる。
 けれどもどこを探しても昼の空にあるはずの太陽は、見当たらなかった。



――ぽちゃん。

 立ち止まっていると、水音がした。
 水場でもあるのかな? フレアは周りをきょろきょろと見回し、首を傾げた。

――ぽちゃん。

 また、水音がする。
 雨が降るのかと空を眺めた。
 水溜まりに落ちた滴が波紋を作るように、空気が歪んでいくのに気が付いた。
 ここも歪む! そう思った時にはもう遅すぎて、逃げられない。
 フレアはギュッと目をつぶった。





  ――☆――


 フレアが身動きをすると柔らかい布が肌を撫でた。
 うっすら目を開けると、少し明るくなった室内が見えてくる。
 寝台もそうだが、部屋の内装に見覚えがなく、寝ぼけた頭で考える。考えていると、がちゃりと扉の開く音がした。
 人が室内に入ってくる気配に体を起こし、身構えする。

「もうお目覚めでしたか? おはようございます」

 彼女の姿を見た瞬間、昨日の出来事を思い出した。
 おずおずと挨拶を返す。
 まだ惚けているフレアの様子を気にも留めずに、女性はカーテンを開けていく。朝日が大きな窓から差し込んでくる。増えていく光の量とともに目が冴えてきた。

「こちらを」

 眠気覚ましに水が差しだされた。
 ごくん。柑橘系のさわやかな香りがする。たった一杯の水なのに、体中にしみわたっていくよう。体の細胞一つ一つが目覚めたような心地がした。

 フレアが完全に起きたことを確認すると侍女は本日の予定を説明し始めた。淡々と説明し続ける。異論があろうが無かろうが関係ないのだろう。ただ一方的に決定事項を告げるだけ。

 フレアに説明をしながら、侍女は手際よく動いていく。
 侍女に促されるままに服を着替え、服を準備され、食事を摂る。
 ここまでフレアの意思を確認されたものはない。ただ人形が欲しいのだろう。勝手に決定されていく予定と同様に、私をここに連れてきた人たちの思惑が透けて見えた。





 侍女に連れられて、会議という名の処刑場へと向かう。
 部屋に踏み入れた瞬間、一斉に視線が集まった。

「あいつが……」

「へぇ美人じゃん。ジークフリート様ラッキーだな」

 憎々しげな様子と、好色な視線。侍女はそのどちらも気にも留めず、フレアを席に案内する。そして、自らは最前列へと座った。
 もうすでに、着席している人物たちを眺めてみるが、誰一人として名前が分かるものがいなかった。服装から察するに貴族もいて、本来の自分の身分からすると、一人も分からないというのは情けない。社交的な場にほとんど参加できなかったことが、今頃になって悔やまれる。

「定時になりましたので、始めたいと思います」

 男性の声が部屋に響いた。ざわめいていた部屋は波が引くように静かになった。
 フレアはこれから起こるであろうことに対して諦めという名の覚悟を決めた。


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