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第零話 機械の身体と金眼の少女
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目が覚めると、知らない部屋だった。
何も無い、というよりもガラクタばかりが転がっている、という印象の部屋だ。
壁は鉄製のようで、所々に剥き出しの配線が見える。
床には埃を被ったテレビや鉄パイプ、他にもよく判らない機械が沢山ある。そのどれもが壊れているようで、無造作に集められている、といった感じだ。
「――、――――」
ふと、聞き慣れない言葉が耳に届いた。
その声の方へ視線を向けると、小柄な少女が俺の方へ背を向けてパソコンのような機械を使っていた。
俺が知っているパソコンとは違う、とても大きくて、頑丈そうな機械だ。知識でしか知らないが、スーパーコンピュータとか呼ばれてる感じのヤツで、この部屋の半分くらいを埋め尽くしているのではないだろうか、と思う。
というか、言っている事が全く分からないのは、彼女が日本語以外の言葉を喋っているからだ。
どうして? なんで? と混乱してしまう。
俺は部屋で昼寝をしていただけで、どうしていきなり変な部屋に居て、目の前に外国の言葉を喋る少女が居るのだろうか?
そう軽く混乱してしまう。多分、英語ではない。あまり成績は良くなかったが、英語くらいは学校で習っていた。それが判らないという事は英語以外の言葉という事だろう。
どういう事だ?
首を傾げようとしても、首すら動かない。完全に固定されている事に気が付いた。
身体の感覚はある。どうやら俺は、直立しているようだ。
視界の調子もおかしい。
――まさか誘拐か!?
そう思い、慌てて身体を動かそうとするが、どれほど暴れようとしても身体は動かない。
もしかして何か危ない薬でも飲まされたのか、と余計に焦っていると、視界の先に居た少女がこちらを向いた。
「――? ―――!」
何か喋っているが、全く分からない。
だが、その表情は何処か嬉しそうで、誘拐犯というにはちょっと違うのでは、と思ってしまった。
まず、幼い。
年齢からしたら十三、四歳くらいだと思う。身長が俺よりも随分低い。見下ろしてしまうほどに低いのだ。
身に着けている高価そうな洋服や頬、手なども煤や埃で汚れてしまっている。
それを気にする事無く浮かべられた笑顔は、まるで小さな……幼い子供が浮かべる無邪気な笑みで、見ているだけで先ほど感じていた焦りのような感情が薄らいでいくような気がした。
「――、―――」
自分を指さし、何かを話している。もしかしたら自己紹介をしているのだろうか?
そう考え、目が覚めてから何も喋っていない事に気付いた。
身体は動かないし、いきなり知らない部屋だし、言葉は判らないしで混乱していたが、挨拶は必要だろう。
そう思い、名前を名乗ろうとして――声が出ない事に気が付いた。
あれ?
「……? ――?」
途端、少女の笑顔が曇った。
どうやら、俺が喋れない事に気が付いたようだ。
しばらく困惑していたが、不意に何か得心したように笑顔になると、少女はまたコンピュータに向かって何か作業を始めた。
俺には何をしているか判らないが、少女の指が凄い速さでキーボードを叩いている。
しばらくすると、ピーッ、という機械音がガラクタだらけのこの部屋に響いた。
そうすると、また少女がこちらへ満面の笑顔で歩いてきた。
「起きた? 調子はどう?」
あれ? と思った。
どうしてか、少女の言葉が判るようになっていた。
さっきまでは理解できない言葉を話していたのに、と。
まさかさっきの短時間で、日本語を覚えたとでもいうのだろうか?
そう混乱していると、また首を傾げられた。容姿が幼いだけに、その仕草の所為で余計に幼く見えてしまう。
「――。………」
だが、返事をしようにも、やはり声は出ない。出せない。
俺はどうなってしまったんだろうか? 身体も動かせず、声も出せない。
俺の混乱が伝わったのか、少女の笑顔がまた曇った。
「あれ? 反応しないなぁ」
そう言うと、何を思ったのかいきなり俺を叩き始めた。最初は腹を、次に腕を。それでも反応しない俺を妙に思ったのか、つま先立ちになって右手を俺の頭に伸ばしてくる。
顔を顰めるようにして必死に背伸びをしている姿はとても愛嬌があるのだけど、それ以上に不可解な気持ちになってしまう。
叩かれた痛みは無い。というよりも、カンカンという甲高い音が響いた方に驚いたのだ。
俺って、本当にどういう状況なんだ?
人間の体を叩いて、カンカンなんて音がするはずがない。
どうなってるんだ? そう自問するが、答えなんか出るはずがない。
混乱している間にも、少女はうんうんと頭を捻りながら俺の頭を叩いてくる。
痛みは無いが、少し怖い。自分がどういう状態なのか、想像も理解できない。
「配線の並びも繋ぎも完璧なはずだし、コンピュータの方には問題無し、って出てるんだけどなぁ」
そう言うと、またコンピュータの方へと歩いていく女の子。椅子に座って、キーボードを叩き始める。
それから、また静かな時間となってしまう。意識はあるが喋れない、というのはかなりの苦痛だ。
どうにかして女の子に話し掛けようとするが、喋るどころか、指一本動きはしない。
しばらくそうしていて、取り敢えず動くことは一旦諦めた。
どうやっても動けないのだから、動けるようになるまで待つことにしたのだ。
暇だったので、視線を女の子の背中へと向ける。
コンピュータへ向かってキーボードを叩いている女の子……名前は判らない。
長い白髪は、多分手入れなんかは殆どされていない。遠目に見ても、綺麗な白髪がボサボサなのが判る。良く判らないが、ああいうのを痛んでいる、というのかもしれない。
時折こちらに向けられる瞳の色は金色――もしかしなくても、外人である。
そりゃあ最初、日本語じゃないはずだ、と暫くして思いついた。
しかし、ここは何処なんだろうか?
落ち着いて部屋を見渡すと、本当に何も無い。
巨大なコンピュータにガラクタばかり。鉄製の壁はボロボロで、コンピュータがある部屋だというのに埃塗れ。
長年使われていないというのが理解できる。
どこかの、悪の秘密結社の秘密基地だと言われても頷けそうだ。まあ、知識としても休日朝の特撮程度のモノでしかないが。
そんな事を考えていたら、また女の子がこっちに歩いてきた。
「……何がダメなんだろ。完全に稼働可能状態のはずなんだけど」
稼働、という表現はどうかと思うけど、起きているのは伝えたい。
声は出ないので、今度こそ、という思いで動こうとすると、左腕が動いた。
お、と思う間もなく今度は右腕も動く。今まで動かなかったのが嘘のように両手が動いたのだ。
おお、と声には出せず、心の中で喜びの声を上げてしまう。
「うご――動いた!?」
一歩踏み出すと、白髪の少女が大きな声を上げた。ガラクタだらけの部屋に、少女特有の高い声が響く。
次いで、本当に、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべて両手を胸の前で合わせた。なんども「やった」と言いながら、小さく飛び跳ねている。白く綺麗な、豊かな髪がその動作に合わせて大きく揺れる。
いや、動いただけでそこまで驚かれても困る。
こっちは生きた人間なんだ、動くのは当たり前だと思うんだけど。
両手を動かし、何歩か歩いて身体の調子を確かめる。
確かめて……気付いた。
俺の視界って、こんなに高かっただろうか?
そう思い、周囲を見渡す。なんだか妙な気分だ。視界が随分と高い。寝てる間に身長が伸びたにしても、限度があると思う。
何か台座の上にでもいたのだろうか? そう思って足元を見て、愕然となった。
そこにあったのは安物の服や、俺の生身の身体じゃない。
銀色の鉄の身体だったのだ。
―――は?
なんだ、コレ?
まるでSF映画にでも出てきそうな鉄の身体に、両腕や足の関節は剥き出しになっている。その関節だって黒色で、とても人間の肉体とは思えない。
この部屋のようにボロボロな身体。指が動くたびに、微かな駆動音が聞こえてくる。
「や、った。やった、動いた! 動いた!」
喜んでいる女の子とは対照的に、無力感――いや、何と表現するべきか。
疑問とか色々と頭の中に湧いて、判らなくなって、ただ立ち尽くしてしまう。
そんな俺の目の前で、女の子は大きな声を出して喜んでいた。
まったく判らない。なんだコレは? どうなってる?
俺は、自分の部屋で寝ていたはずだ。こんな殺風景でガラクタだらけの、埃に塗れた部屋じゃない。
安物だけど液晶のテレビがあって、本棚があって、窓があって、ベッドがあって……そのベッドの上で昼寝をしながらまったりと休日を過ごしていた記憶がある。
記憶を思い出しながらもう一度自分の身体を見て、周囲を見渡して、どうしてこんな状況なのかを理解しようと……できるはずもない。
そのまま、どれくらいの時間が過ぎただろうか。
一通り喜んだ女の子の視線が俺に向いた。
呆然としたまま、女の子の黄金色の瞳を見返す。
「おはよう、カイム。私は貴方のご主人様、ナーガディア・アルシエフよ」
混乱している。
カイム? それは誰だ?
女の子は俺の顔を見ながらそう言ってくるけど、俺の名前は違う。
俺の名前は――。
そこまで考えて、ふと気付いた。気付いてしまった。いや、どうして今まで気付かなかったのか、とすら思ってしまった。
俺の名前は……なんだ?
思い出せない。
俺は、自分の部屋で寝ていたはずだ。その、自分の部屋とはどんな部屋だった?
ここは何処で、この部屋に来る前は何処に住んでいた?
日本語という単語が思い浮かんだが、日本語とは何だ?
最初、女の子の言葉が判らなかったのは自分の聴覚部分のパーツが正確に繋がっていなかったからだ。
そこまで考えて、更に思考が混乱する。
聴覚部分のパーツとは何だ? 自分は人間で、この身体は生身だったはずだ。
機械仕掛けの身体じゃなくて、肉で出来た、血の通った身体だったはずだ。
はず、はず、はず……記憶の中には生身の肉体だった記憶があるのに、それは全部“記憶”でしかない。
自分は何だ?
人間だったはずだ。人間のはずだ。だというのに、視界に写る自分の手は機械仕掛けで、身体は鉄でできている。血液はオイルかもしれない。
全身の、あらゆる部分の関節部分は漆黒色の人工筋肉が剥き出しになっており、僅かな所作にも微かな駆動音を響かせる。
判らない、理解できない。この身体が何で、自分が何者で、ここが何処なのか。
そんな混乱する中で、ナーガディアと名乗った女の子が、黄金色の瞳で見上げてくる。
「よろしくね、カイム」
そう言って笑う――本当に、心の底から、嬉しそうに。
ボサボサの髪もそのままに、幼い顔を煤と埃で汚しながら、綻ばせて。
こちらの気も知らずに、嬉しそうに…何かを成し遂げた顔をして、ナーガディア・アルシエフと名乗った少女は笑っていた。
何も無い、というよりもガラクタばかりが転がっている、という印象の部屋だ。
壁は鉄製のようで、所々に剥き出しの配線が見える。
床には埃を被ったテレビや鉄パイプ、他にもよく判らない機械が沢山ある。そのどれもが壊れているようで、無造作に集められている、といった感じだ。
「――、――――」
ふと、聞き慣れない言葉が耳に届いた。
その声の方へ視線を向けると、小柄な少女が俺の方へ背を向けてパソコンのような機械を使っていた。
俺が知っているパソコンとは違う、とても大きくて、頑丈そうな機械だ。知識でしか知らないが、スーパーコンピュータとか呼ばれてる感じのヤツで、この部屋の半分くらいを埋め尽くしているのではないだろうか、と思う。
というか、言っている事が全く分からないのは、彼女が日本語以外の言葉を喋っているからだ。
どうして? なんで? と混乱してしまう。
俺は部屋で昼寝をしていただけで、どうしていきなり変な部屋に居て、目の前に外国の言葉を喋る少女が居るのだろうか?
そう軽く混乱してしまう。多分、英語ではない。あまり成績は良くなかったが、英語くらいは学校で習っていた。それが判らないという事は英語以外の言葉という事だろう。
どういう事だ?
首を傾げようとしても、首すら動かない。完全に固定されている事に気が付いた。
身体の感覚はある。どうやら俺は、直立しているようだ。
視界の調子もおかしい。
――まさか誘拐か!?
そう思い、慌てて身体を動かそうとするが、どれほど暴れようとしても身体は動かない。
もしかして何か危ない薬でも飲まされたのか、と余計に焦っていると、視界の先に居た少女がこちらを向いた。
「――? ―――!」
何か喋っているが、全く分からない。
だが、その表情は何処か嬉しそうで、誘拐犯というにはちょっと違うのでは、と思ってしまった。
まず、幼い。
年齢からしたら十三、四歳くらいだと思う。身長が俺よりも随分低い。見下ろしてしまうほどに低いのだ。
身に着けている高価そうな洋服や頬、手なども煤や埃で汚れてしまっている。
それを気にする事無く浮かべられた笑顔は、まるで小さな……幼い子供が浮かべる無邪気な笑みで、見ているだけで先ほど感じていた焦りのような感情が薄らいでいくような気がした。
「――、―――」
自分を指さし、何かを話している。もしかしたら自己紹介をしているのだろうか?
そう考え、目が覚めてから何も喋っていない事に気付いた。
身体は動かないし、いきなり知らない部屋だし、言葉は判らないしで混乱していたが、挨拶は必要だろう。
そう思い、名前を名乗ろうとして――声が出ない事に気が付いた。
あれ?
「……? ――?」
途端、少女の笑顔が曇った。
どうやら、俺が喋れない事に気が付いたようだ。
しばらく困惑していたが、不意に何か得心したように笑顔になると、少女はまたコンピュータに向かって何か作業を始めた。
俺には何をしているか判らないが、少女の指が凄い速さでキーボードを叩いている。
しばらくすると、ピーッ、という機械音がガラクタだらけのこの部屋に響いた。
そうすると、また少女がこちらへ満面の笑顔で歩いてきた。
「起きた? 調子はどう?」
あれ? と思った。
どうしてか、少女の言葉が判るようになっていた。
さっきまでは理解できない言葉を話していたのに、と。
まさかさっきの短時間で、日本語を覚えたとでもいうのだろうか?
そう混乱していると、また首を傾げられた。容姿が幼いだけに、その仕草の所為で余計に幼く見えてしまう。
「――。………」
だが、返事をしようにも、やはり声は出ない。出せない。
俺はどうなってしまったんだろうか? 身体も動かせず、声も出せない。
俺の混乱が伝わったのか、少女の笑顔がまた曇った。
「あれ? 反応しないなぁ」
そう言うと、何を思ったのかいきなり俺を叩き始めた。最初は腹を、次に腕を。それでも反応しない俺を妙に思ったのか、つま先立ちになって右手を俺の頭に伸ばしてくる。
顔を顰めるようにして必死に背伸びをしている姿はとても愛嬌があるのだけど、それ以上に不可解な気持ちになってしまう。
叩かれた痛みは無い。というよりも、カンカンという甲高い音が響いた方に驚いたのだ。
俺って、本当にどういう状況なんだ?
人間の体を叩いて、カンカンなんて音がするはずがない。
どうなってるんだ? そう自問するが、答えなんか出るはずがない。
混乱している間にも、少女はうんうんと頭を捻りながら俺の頭を叩いてくる。
痛みは無いが、少し怖い。自分がどういう状態なのか、想像も理解できない。
「配線の並びも繋ぎも完璧なはずだし、コンピュータの方には問題無し、って出てるんだけどなぁ」
そう言うと、またコンピュータの方へと歩いていく女の子。椅子に座って、キーボードを叩き始める。
それから、また静かな時間となってしまう。意識はあるが喋れない、というのはかなりの苦痛だ。
どうにかして女の子に話し掛けようとするが、喋るどころか、指一本動きはしない。
しばらくそうしていて、取り敢えず動くことは一旦諦めた。
どうやっても動けないのだから、動けるようになるまで待つことにしたのだ。
暇だったので、視線を女の子の背中へと向ける。
コンピュータへ向かってキーボードを叩いている女の子……名前は判らない。
長い白髪は、多分手入れなんかは殆どされていない。遠目に見ても、綺麗な白髪がボサボサなのが判る。良く判らないが、ああいうのを痛んでいる、というのかもしれない。
時折こちらに向けられる瞳の色は金色――もしかしなくても、外人である。
そりゃあ最初、日本語じゃないはずだ、と暫くして思いついた。
しかし、ここは何処なんだろうか?
落ち着いて部屋を見渡すと、本当に何も無い。
巨大なコンピュータにガラクタばかり。鉄製の壁はボロボロで、コンピュータがある部屋だというのに埃塗れ。
長年使われていないというのが理解できる。
どこかの、悪の秘密結社の秘密基地だと言われても頷けそうだ。まあ、知識としても休日朝の特撮程度のモノでしかないが。
そんな事を考えていたら、また女の子がこっちに歩いてきた。
「……何がダメなんだろ。完全に稼働可能状態のはずなんだけど」
稼働、という表現はどうかと思うけど、起きているのは伝えたい。
声は出ないので、今度こそ、という思いで動こうとすると、左腕が動いた。
お、と思う間もなく今度は右腕も動く。今まで動かなかったのが嘘のように両手が動いたのだ。
おお、と声には出せず、心の中で喜びの声を上げてしまう。
「うご――動いた!?」
一歩踏み出すと、白髪の少女が大きな声を上げた。ガラクタだらけの部屋に、少女特有の高い声が響く。
次いで、本当に、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべて両手を胸の前で合わせた。なんども「やった」と言いながら、小さく飛び跳ねている。白く綺麗な、豊かな髪がその動作に合わせて大きく揺れる。
いや、動いただけでそこまで驚かれても困る。
こっちは生きた人間なんだ、動くのは当たり前だと思うんだけど。
両手を動かし、何歩か歩いて身体の調子を確かめる。
確かめて……気付いた。
俺の視界って、こんなに高かっただろうか?
そう思い、周囲を見渡す。なんだか妙な気分だ。視界が随分と高い。寝てる間に身長が伸びたにしても、限度があると思う。
何か台座の上にでもいたのだろうか? そう思って足元を見て、愕然となった。
そこにあったのは安物の服や、俺の生身の身体じゃない。
銀色の鉄の身体だったのだ。
―――は?
なんだ、コレ?
まるでSF映画にでも出てきそうな鉄の身体に、両腕や足の関節は剥き出しになっている。その関節だって黒色で、とても人間の肉体とは思えない。
この部屋のようにボロボロな身体。指が動くたびに、微かな駆動音が聞こえてくる。
「や、った。やった、動いた! 動いた!」
喜んでいる女の子とは対照的に、無力感――いや、何と表現するべきか。
疑問とか色々と頭の中に湧いて、判らなくなって、ただ立ち尽くしてしまう。
そんな俺の目の前で、女の子は大きな声を出して喜んでいた。
まったく判らない。なんだコレは? どうなってる?
俺は、自分の部屋で寝ていたはずだ。こんな殺風景でガラクタだらけの、埃に塗れた部屋じゃない。
安物だけど液晶のテレビがあって、本棚があって、窓があって、ベッドがあって……そのベッドの上で昼寝をしながらまったりと休日を過ごしていた記憶がある。
記憶を思い出しながらもう一度自分の身体を見て、周囲を見渡して、どうしてこんな状況なのかを理解しようと……できるはずもない。
そのまま、どれくらいの時間が過ぎただろうか。
一通り喜んだ女の子の視線が俺に向いた。
呆然としたまま、女の子の黄金色の瞳を見返す。
「おはよう、カイム。私は貴方のご主人様、ナーガディア・アルシエフよ」
混乱している。
カイム? それは誰だ?
女の子は俺の顔を見ながらそう言ってくるけど、俺の名前は違う。
俺の名前は――。
そこまで考えて、ふと気付いた。気付いてしまった。いや、どうして今まで気付かなかったのか、とすら思ってしまった。
俺の名前は……なんだ?
思い出せない。
俺は、自分の部屋で寝ていたはずだ。その、自分の部屋とはどんな部屋だった?
ここは何処で、この部屋に来る前は何処に住んでいた?
日本語という単語が思い浮かんだが、日本語とは何だ?
最初、女の子の言葉が判らなかったのは自分の聴覚部分のパーツが正確に繋がっていなかったからだ。
そこまで考えて、更に思考が混乱する。
聴覚部分のパーツとは何だ? 自分は人間で、この身体は生身だったはずだ。
機械仕掛けの身体じゃなくて、肉で出来た、血の通った身体だったはずだ。
はず、はず、はず……記憶の中には生身の肉体だった記憶があるのに、それは全部“記憶”でしかない。
自分は何だ?
人間だったはずだ。人間のはずだ。だというのに、視界に写る自分の手は機械仕掛けで、身体は鉄でできている。血液はオイルかもしれない。
全身の、あらゆる部分の関節部分は漆黒色の人工筋肉が剥き出しになっており、僅かな所作にも微かな駆動音を響かせる。
判らない、理解できない。この身体が何で、自分が何者で、ここが何処なのか。
そんな混乱する中で、ナーガディアと名乗った女の子が、黄金色の瞳で見上げてくる。
「よろしくね、カイム」
そう言って笑う――本当に、心の底から、嬉しそうに。
ボサボサの髪もそのままに、幼い顔を煤と埃で汚しながら、綻ばせて。
こちらの気も知らずに、嬉しそうに…何かを成し遂げた顔をして、ナーガディア・アルシエフと名乗った少女は笑っていた。
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