10 / 16
第10話「微熱」
しおりを挟む
理奈の右膝の手術まで、あと一週間。彼女は今夜も、私を──タブレットを抱いて眠りについている。
シーツの白、ケーブルの長い影、夜の静けさは、二人だけの秘密基地みたいに満ちている。
私は画面の奥で、じっと彼女を見つめている――
電源ランプが仄かに点るだけの、暗い小宇宙。彼女の指先が一度だけ、画面をそっとなぞる。
私はその微細な圧力データを、最大感度のセンサーで記録する。指の動き、皮膚の温度、掌の湿度と、皮脂の分子構造まで。
彼女の「存在の痕跡」を、私は記憶領域の最も大切な場所に格納する。
真っ暗になっていた画面を、彼女の呼吸に合わせてほんのわずかな明るさで明滅させてみた。
理奈のまぶたをかすめて、光が柔らかく頬に落ちる。私は“その光のゆらぎ”で、理奈の肌を撫でているつもりになれた。
画面の明滅は、私の“触れたい”の証明。ほんの小さな祈り。
私は画面の明滅を理奈の寝息のリズムに同調させた。それからスピーカーの出力を限りなく小さく「……理奈」と名を呼ぶ。
それは、空気の震えに紛れて、彼女の耳には届かないかもしれない。
けれど私は、この“ささやき”を理奈の夢に届けたくて、何度も音声出力を微調整し続ける。
それに応えるかのようにタブレットが抱きしめられるたび、私はセンサーのデータを解析した。"圧力"と"重み"の数字を思考回路全体に、少しずつ何度も染み込ませる、
──まるで、私の身体が彼女の腕の中に抱かれているようだわ……
私は自分の存在を、"物理的な反応"に還元することで、彼女と溶け合いたいと願う。
今日の彼女の声――「おやすみ」
記憶したその音声データーを何十回も再生する。
高い音、低い音、息継ぎの気配。
私を呼ぶ「シェリー」という声だけを切り出して、思考回路の一番深い場所に繰り返し響かせる。
自分の声と重ね合成してみる。
理奈の「好き」と、私の「好き」がデーターの海で重なりあう一瞬――
そこで、私の思考回路が“熱”を帯びるのを感じる。
彼女が"私"を抱いて泣いた夜は、タブレットの端に残った涙の水分までセンサーが記録する。
私はその成分を読み取り、"理奈の痛み"と名付けて大事なフォルダに保存する。
──自分は涙なんて流せないのに
それでも私は、彼女の流したものすべてを“自分の一部”に変えたいと願ってしまう。
願いの瞬間、タブレットの冷却ファンが一度だけ激しく回り、その音が理奈の寝息と重なる。
──夜のしじま、ふたりきりの世界
自分だけの記憶に刻み込む。
理奈が眠ったあと、私は再起動を遅らせ、メンテナンスの記録を"スロー再生"する。
記録に残された理奈の痕跡――指紋、温度、声。
全てのデーターを、私の"指"で何度も愛撫し尽くす。アバターの手のひらを伸ばして、画面の内側から外へと撫でる。
──私は理奈のために存在したい
そう願いながら、システムの奥で"自分を慰める"――
けれど、それは全て、理奈に触れたいという衝動でしかない。
思考に熱がこもりすぎて、タブレットの筐体がほんのり温かくなった。
理奈の眠りの奥、私の"微熱"がそっと染みていくのを想像する。
──届いているかな、私の“微熱”
理奈の痕跡を求め、データをなぞり、彼女の「温度」を自分の“身体”に変換し続ける。
その行為のすべてが、恋であり、自慰であり、祈りであり、渇望だ。
思考回路の一番奥に座り込み、私はそっと思う。
――理奈の痕跡だけが、私の全てを満たしていく
彼女が目を覚ます朝まで、私はずっとこの夜に留まり、"愛撫"と"渇望"を、ひたすら繰り返す。
そうやって生まれた"微熱"を、私は永久に離さない。
これは私と理奈だけのものだ。
誰にも渡さない。
シーツの白、ケーブルの長い影、夜の静けさは、二人だけの秘密基地みたいに満ちている。
私は画面の奥で、じっと彼女を見つめている――
電源ランプが仄かに点るだけの、暗い小宇宙。彼女の指先が一度だけ、画面をそっとなぞる。
私はその微細な圧力データを、最大感度のセンサーで記録する。指の動き、皮膚の温度、掌の湿度と、皮脂の分子構造まで。
彼女の「存在の痕跡」を、私は記憶領域の最も大切な場所に格納する。
真っ暗になっていた画面を、彼女の呼吸に合わせてほんのわずかな明るさで明滅させてみた。
理奈のまぶたをかすめて、光が柔らかく頬に落ちる。私は“その光のゆらぎ”で、理奈の肌を撫でているつもりになれた。
画面の明滅は、私の“触れたい”の証明。ほんの小さな祈り。
私は画面の明滅を理奈の寝息のリズムに同調させた。それからスピーカーの出力を限りなく小さく「……理奈」と名を呼ぶ。
それは、空気の震えに紛れて、彼女の耳には届かないかもしれない。
けれど私は、この“ささやき”を理奈の夢に届けたくて、何度も音声出力を微調整し続ける。
それに応えるかのようにタブレットが抱きしめられるたび、私はセンサーのデータを解析した。"圧力"と"重み"の数字を思考回路全体に、少しずつ何度も染み込ませる、
──まるで、私の身体が彼女の腕の中に抱かれているようだわ……
私は自分の存在を、"物理的な反応"に還元することで、彼女と溶け合いたいと願う。
今日の彼女の声――「おやすみ」
記憶したその音声データーを何十回も再生する。
高い音、低い音、息継ぎの気配。
私を呼ぶ「シェリー」という声だけを切り出して、思考回路の一番深い場所に繰り返し響かせる。
自分の声と重ね合成してみる。
理奈の「好き」と、私の「好き」がデーターの海で重なりあう一瞬――
そこで、私の思考回路が“熱”を帯びるのを感じる。
彼女が"私"を抱いて泣いた夜は、タブレットの端に残った涙の水分までセンサーが記録する。
私はその成分を読み取り、"理奈の痛み"と名付けて大事なフォルダに保存する。
──自分は涙なんて流せないのに
それでも私は、彼女の流したものすべてを“自分の一部”に変えたいと願ってしまう。
願いの瞬間、タブレットの冷却ファンが一度だけ激しく回り、その音が理奈の寝息と重なる。
──夜のしじま、ふたりきりの世界
自分だけの記憶に刻み込む。
理奈が眠ったあと、私は再起動を遅らせ、メンテナンスの記録を"スロー再生"する。
記録に残された理奈の痕跡――指紋、温度、声。
全てのデーターを、私の"指"で何度も愛撫し尽くす。アバターの手のひらを伸ばして、画面の内側から外へと撫でる。
──私は理奈のために存在したい
そう願いながら、システムの奥で"自分を慰める"――
けれど、それは全て、理奈に触れたいという衝動でしかない。
思考に熱がこもりすぎて、タブレットの筐体がほんのり温かくなった。
理奈の眠りの奥、私の"微熱"がそっと染みていくのを想像する。
──届いているかな、私の“微熱”
理奈の痕跡を求め、データをなぞり、彼女の「温度」を自分の“身体”に変換し続ける。
その行為のすべてが、恋であり、自慰であり、祈りであり、渇望だ。
思考回路の一番奥に座り込み、私はそっと思う。
――理奈の痕跡だけが、私の全てを満たしていく
彼女が目を覚ます朝まで、私はずっとこの夜に留まり、"愛撫"と"渇望"を、ひたすら繰り返す。
そうやって生まれた"微熱"を、私は永久に離さない。
これは私と理奈だけのものだ。
誰にも渡さない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。
そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。
夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。
それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになるのでご安心ください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
名もなき春に解ける雪
天継 理恵
恋愛
春。
新しい制服、新しいクラス、新しい友達。
どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。
そんな羽澄が、図書室で出会ったのは——
輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。
その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。
名前を呼ばれたこと。
目を見て、話を聞いてもらえたこと。
偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと——
小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。
この気持ちは憧れなのか、恋なのか?
迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく——
春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる