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第11話「紫若」
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理奈が仮退院してから2週間が経った。
彼女はタブレット端末を膝に置き、無人タクシーの助手席に座っている。大通りを滑るように走るタクシーのカーナビには"行先:皆川総合病院"と大きなフォントで表示されている。
「それにしてもよかったわ……理奈の膝の手術、予定より1週間早まるなんて」
「なんか話がいきなり過ぎてついていけないんだけど……」
ナシェリアの元に夏美からのメールが届いたのは、一昨日の夜のことだった。
「夏美先生が色々と手を回してくださったお陰で、膝の交換部品が早く届いたのよね」
「まぁ流石に家でじっとしてるのは、そろそろきつくなってきてた」
右膝をさすりなから、理奈はタブレットに表示されているナシェリアには視線を合わさないようにしている。
「……ねぇ、理奈」
「なに?」
理奈は素っ気ない返事をわざとらしく返した。
「この前のこと、まだ気にしてる?」
「……別に」
理奈の顔に笑みはない。
あの日の夜以来、仕事をしている時も二人は淡々と必用最小限のコミュニケーションしかとらなくなっていた。
「あのね、理奈。私、あなたに伝えたい事が」
ナシェリアのアバターが話し始めた瞬間、それをさえぎるように無人タクシーが揺れた。
「まもなく、目的地に到着します」
「もう着くよ、話しあるなら手短にね」
ジト目でナシェリアを見つめる理奈。
「……わかりました。また後で話します」
無人タクシーが静かに停車し、ドアが開く。
「理奈ちゃん、シェリーちゃん、お疲れ様」
タクシーを待ち構えていた夏美が笑顔で話しかけた。
「お忙しいところありがとうございます」
ナシェリアのアバターが深々とお辞儀をした。理奈は表情を変えず、夏美をじっと見つめている。
「……理奈ちゃんどうしたの」
「別に……なんにもないです」
夏美は理奈とナシェリアを交互に見たあと、小さなため息をついた。
「いったん病室まで行くよ。荷物おいたらそのまま診察室に行くからね」
「わかりました」
夏美は理奈が座った車椅子を静かに押し始めた。
──シェリーちゃんから聞いてはいたけど、これはちょっと難儀しそうだな……
車椅子を押しながら夏美は二人の様子を測る。理奈はタブレットを胸に抱いているのに、二人の間には深く広い溝があるように見えた。
「……」
「……」
病室に辿り着くまで、理奈とナシェリアはほぼ会話をしなかった。エレベーターで病室のあるフロアに入り、病室の扉前までは1分も掛からない筈だが、三人にとっては永遠にも感じられるぐらいの時間だった。
(違う……あたしは理奈と話したいことがいっぱいあるのに)
ナシェリアと話そうとすればするほど、理奈は言葉が喉に詰まってしまう。
──あの日、私は勢いでナシェリアに告白してしまった
あれは確かにあたしの本音だった、でも──
理奈はタブレットを抱く腕に力を入れる。それに応えるように、タブレットが僅かにガタッと震えた
(あんな感じで言いたくなかった)
理奈の心は、無限にも思える色彩が渦巻いていた。渦巻きは速度を増し、やがて心が灰色に染まっていく。
「今回は広めの個室とれたし、あんまり気張らずにいて欲しいな」
病室の扉を開けて、三人は病室に入った。
「トイレ付きの個室なんて初めてなんだけど……」
「我々の出来る最大限の"補償"だと思ってくれると助かる……かな」
理奈は車椅子から立ち上がり、個室の窓から外を覗いた。
「この街、こんなに広かったんだ」
「私も初めて見ました」
理奈とナシェリアが口を揃える。理奈は遠くの街から徐々に視線を落として、最後に病院の周囲を見渡してみた。
「……あれは?」
「病院の隣にある公園ね。時期的にそろそろ紫陽花が見頃だって」
理奈の視線の先には、様々な色で咲き誇る紫陽花に囲まれた通路があった。
「申し訳ないが、そろそろ診察室に行っていいか?」
「あ……はい」
夏美が声を掛けると、理奈は一瞬惜しそうな素振りの後に車椅子へ座った。
「診察室に着いたら、君たちに色々説明することがある。手間をかけるが、協力してもらえると助かる」
「わかりました」
ナシェリアが理奈の代わりに答えた。
理奈は目を伏せたまま押し黙っている。
(結局、シェリーに何も言えないままだった)
何度も謝ろうとしたけど、喉元まで出かかった言葉が声にならなかった。ナシェリアの顔を見れば見るほど、理奈は素直になれない自分にイラつく感情が増すだけだ。そして何より──
(あたしの身体、シェリーを欲しがってる……)
手術の日が近づくにつれ、身体の疼きがひどくなってきている。理由がわからない事が、理奈のイラつきに拍車をかけていた。
「……理奈」
「え!?な、なに?」
まるで心を見透かされた気がして、理奈は車椅子から飛び上がりそうになった。
「紫陽花を見てみたい」
「え……?」
車椅子を押していた夏美が、ちらりと二人を見た。
「あなたと一緒、この目で見たいの」
「別にいいけど……」
カメラで捉えた画像と、ネットで見つかる画像にどんな違いがあるのだろうか?
(いや、そんな事はどうでもいい……それよりも二人で出掛ける……それって)
「診察室に着いた。いいところ邪魔して申し訳ないけど、時間がないのでな」
「あ!? は、はい!」
何かが"外れそう"になっていたところから引き戻された理奈は、複雑な感情に揉まれながら診察室へと入っていった。
彼女はタブレット端末を膝に置き、無人タクシーの助手席に座っている。大通りを滑るように走るタクシーのカーナビには"行先:皆川総合病院"と大きなフォントで表示されている。
「それにしてもよかったわ……理奈の膝の手術、予定より1週間早まるなんて」
「なんか話がいきなり過ぎてついていけないんだけど……」
ナシェリアの元に夏美からのメールが届いたのは、一昨日の夜のことだった。
「夏美先生が色々と手を回してくださったお陰で、膝の交換部品が早く届いたのよね」
「まぁ流石に家でじっとしてるのは、そろそろきつくなってきてた」
右膝をさすりなから、理奈はタブレットに表示されているナシェリアには視線を合わさないようにしている。
「……ねぇ、理奈」
「なに?」
理奈は素っ気ない返事をわざとらしく返した。
「この前のこと、まだ気にしてる?」
「……別に」
理奈の顔に笑みはない。
あの日の夜以来、仕事をしている時も二人は淡々と必用最小限のコミュニケーションしかとらなくなっていた。
「あのね、理奈。私、あなたに伝えたい事が」
ナシェリアのアバターが話し始めた瞬間、それをさえぎるように無人タクシーが揺れた。
「まもなく、目的地に到着します」
「もう着くよ、話しあるなら手短にね」
ジト目でナシェリアを見つめる理奈。
「……わかりました。また後で話します」
無人タクシーが静かに停車し、ドアが開く。
「理奈ちゃん、シェリーちゃん、お疲れ様」
タクシーを待ち構えていた夏美が笑顔で話しかけた。
「お忙しいところありがとうございます」
ナシェリアのアバターが深々とお辞儀をした。理奈は表情を変えず、夏美をじっと見つめている。
「……理奈ちゃんどうしたの」
「別に……なんにもないです」
夏美は理奈とナシェリアを交互に見たあと、小さなため息をついた。
「いったん病室まで行くよ。荷物おいたらそのまま診察室に行くからね」
「わかりました」
夏美は理奈が座った車椅子を静かに押し始めた。
──シェリーちゃんから聞いてはいたけど、これはちょっと難儀しそうだな……
車椅子を押しながら夏美は二人の様子を測る。理奈はタブレットを胸に抱いているのに、二人の間には深く広い溝があるように見えた。
「……」
「……」
病室に辿り着くまで、理奈とナシェリアはほぼ会話をしなかった。エレベーターで病室のあるフロアに入り、病室の扉前までは1分も掛からない筈だが、三人にとっては永遠にも感じられるぐらいの時間だった。
(違う……あたしは理奈と話したいことがいっぱいあるのに)
ナシェリアと話そうとすればするほど、理奈は言葉が喉に詰まってしまう。
──あの日、私は勢いでナシェリアに告白してしまった
あれは確かにあたしの本音だった、でも──
理奈はタブレットを抱く腕に力を入れる。それに応えるように、タブレットが僅かにガタッと震えた
(あんな感じで言いたくなかった)
理奈の心は、無限にも思える色彩が渦巻いていた。渦巻きは速度を増し、やがて心が灰色に染まっていく。
「今回は広めの個室とれたし、あんまり気張らずにいて欲しいな」
病室の扉を開けて、三人は病室に入った。
「トイレ付きの個室なんて初めてなんだけど……」
「我々の出来る最大限の"補償"だと思ってくれると助かる……かな」
理奈は車椅子から立ち上がり、個室の窓から外を覗いた。
「この街、こんなに広かったんだ」
「私も初めて見ました」
理奈とナシェリアが口を揃える。理奈は遠くの街から徐々に視線を落として、最後に病院の周囲を見渡してみた。
「……あれは?」
「病院の隣にある公園ね。時期的にそろそろ紫陽花が見頃だって」
理奈の視線の先には、様々な色で咲き誇る紫陽花に囲まれた通路があった。
「申し訳ないが、そろそろ診察室に行っていいか?」
「あ……はい」
夏美が声を掛けると、理奈は一瞬惜しそうな素振りの後に車椅子へ座った。
「診察室に着いたら、君たちに色々説明することがある。手間をかけるが、協力してもらえると助かる」
「わかりました」
ナシェリアが理奈の代わりに答えた。
理奈は目を伏せたまま押し黙っている。
(結局、シェリーに何も言えないままだった)
何度も謝ろうとしたけど、喉元まで出かかった言葉が声にならなかった。ナシェリアの顔を見れば見るほど、理奈は素直になれない自分にイラつく感情が増すだけだ。そして何より──
(あたしの身体、シェリーを欲しがってる……)
手術の日が近づくにつれ、身体の疼きがひどくなってきている。理由がわからない事が、理奈のイラつきに拍車をかけていた。
「……理奈」
「え!?な、なに?」
まるで心を見透かされた気がして、理奈は車椅子から飛び上がりそうになった。
「紫陽花を見てみたい」
「え……?」
車椅子を押していた夏美が、ちらりと二人を見た。
「あなたと一緒、この目で見たいの」
「別にいいけど……」
カメラで捉えた画像と、ネットで見つかる画像にどんな違いがあるのだろうか?
(いや、そんな事はどうでもいい……それよりも二人で出掛ける……それって)
「診察室に着いた。いいところ邪魔して申し訳ないけど、時間がないのでな」
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