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一章

収納魔法は攻撃魔法

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 三階層に降り立つと、そこは先ほどの階と変わらず石造りの通路が迷路状に張り巡らされていて、資料によると四階への階段は正面の道を進んだ先の丁字路を右に進んで行く。
 先ほどとは違って、この階は少し複雑な上に、魔物が節足動物型だけでなく猛獣型、狼や熊など野生の動物画魔物化したタイプのものが出現するとのことなので、資料の内容をパーティーで共有する。
  まずはリックが情報を元に先行して索敵を行い、その情報を元に地図や資料に間違いがないか、追加の情報がないかを判断し、ブラッシュアップして行く。
「この階層も資料通りの様です。スピードを上げましょう。リック敵を見つけたら引き付けてください。僕がやります。」
「了解した!」

 前衛に僕が出るとダズルとゲルドがそのまま中衛、師匠は後衛と菱形の隊形へと隊列を組み直し、しばらく直進していると、先行するリックが駆け戻って来た。

 「レオ来たぞ!グリズリー型が2体だ!」

 僕の右の手の平には「収納」の魔術刻印が埋め込まれていて、念じれば収納されている道具や武器などが召喚出来る。
 この魔術刻印は古代魔法文明の時代に魔法を発動させる為にスクロールなどに魔法陣を描いていた使用していたものが、技術革新の末特殊な魔力を混ぜ込んだインクで描く事で術式を任意の物体に埋め込み使用出来るようにしたものだ。
 
 そもそも魔法陣は複数の魔法使いが時間をかけ強力な魔法を使用する為に作成される物として生まれ、行使する魔法の威力や規模に応じて複雑でそれなりの大きさを必要としていた。
 例えば一撃で戦局を左右する戦略級の強力で大規模な魔法を魔法陣として描くと直径数十メートルを優に超え、そんなスクロールや板はどは存在しないために平坦な地面をスクロールに見立てて描くことになり、当然持ち運べない。

 そんな使い勝手の悪い魔法陣に革命とも呼べる技術革新を起こした錬金術士がいる。
 彼が調合した特殊なインクは、描いた魔法陣のみを純粋な魔力結晶としてスクロールなどから剥離、縮小し任意の対象に埋め込むことが出来る。
 ただし、剥離するにも縮小するにも膨大な魔力が必要な上、埋め込む為にも定着させる為にもいくつかの魔法を組み合わせる必要まである。

要するに超絶技巧と膨大な魔力を消費する、使用者を選ぶ代物なのだ。

 一撃必殺の強力な魔法を魔術刻印として持ち歩くには適さなかったが、それでも一度定着させると解除魔法を使わない限り魔力を供給し続ければ半永久的に魔法を発動し続け失われないという、とてつもない長所があり常設されることで効果を発揮する魔法に対しては非常に利便性が高かった。
 魔法革命以前にはそれなりに使用出来る魔法使いが存在しており、この魔術刻印の最大の長所を遺憾なく発揮する部隊として城や神殿などの重要な施設の防御壁などに魔法障壁や強化、自己修復魔法が刻まれている。

 ちなみに僕らの持つ杖などの武器や防具には戦闘に寄与する様々な魔法陣が埋め込まれ、用途に応じて発動することができる。
 師匠から譲り受けた「愚者の咆哮」などは全容が掴めないほどだ。
 また、複数の魔法を魔力を込めるだけで発動出来るのは非常に便利で、普段の衣服にも実験も兼ね汚れ落としから消臭殺菌、強化など魔改造されていて、それが単なる下着さえも今の時代では国宝級の代物となっている。

 更にこの魔術刻印には肉体に定着させる秘術が存在する。
 肉体に魔術刻印を定着することができれば、常に供給される自身の魔力を利用した、常時展開する魔法が使用可能になる。
 つまり、常に魔力を消費するが自身の魔力回復量を超えない限り死ぬまで使用出来るのだ。

 僕の収納魔法もこれだが、秘術とあって肉体に定着させる為にはとてつもない苦痛を伴う。
 便利なものにはそれなりの代償が必要で、人体に定着させるには自身の魔力と馴染ませなければならず、それが終わるまで猛烈な痛みと格闘しなければならないのだ。
 縮小しても魔法陣発動の為の魔力量は変わらないし、縮小比率に応じてその痛みと持続時間は増大する。
 収納魔法など良い例で、収納力に応じて使用する魔力量増え、それに正比例するかの様に痛みも増す。
 
 これを師匠に埋め込まれた時には1週間身体中を切り刻まれる様な痛みと戦い、その後動けるようになるまで数日を要した。
 後になって、このクラスの収納魔法を人体定着に挑んだ結果、死んだ魔法使いの方が多かった事を聞いて本気で殺意を覚えた……

 師匠曰く、いつもの如く
 
「なんとなくギリギリを攻めてみた!」

 よく生きてたものだ……

 が、便利な事この上ない!
 今では直感的に使えるし、人体に定着し体の一部になっている為に探知は不能だ。
 収納も手をかざすだけなので、持ち上げる必要もないし、放出も出来る。

 短所は魔力の供給が停止すると中身が全て放出されてしまうので、死ぬと全部放出されてしまうし、腕を落とされても放出されることだろうか。

 ちなみに師匠もこの収納魔法は埋め込み済。
 ただあまり痛くないクラスの収納力とのことで、それを聞いてまた殺意が……

 思い出したらまた腹が立って来たので、八つ当たりも込めて近づく一体のグリズリー型、熊の魔物に右手を差し出す。
 放出場所を魔物の頭上に設定すると、三メートル程の天井から巨大な岩石が複数現れその質量で圧殺される。

「……」

 口を大きく開け呆気に取られるダズルとリック、ゲルドは腰を抜かしている。

 三人を尻目に圧殺した岩石を踏み台に蹴り上がると、そのままもう一体に飛びかかる。
 仲間が目の前で圧殺されたにも関わらず、怯むことなく太い腕に携えた鋭い爪を振りかぶると、体重を乗せ飛びかかる僕目掛け斜めに降り下ろす。
 一瞬、みんなから死角に入り僕の姿が消えるが次の瞬間、巨大な体躯の背中から槍が生え一呼吸遅れて全身が燃え崩れる。

「こんな感じです。」

 槍を携え皆の元に戻りながら槍を収納するが消えた様にしか見えないだろう。

「いや、もう無茶苦茶すぎて何も言えねーよ!」
「槍も収納魔法で出したってことだよな?てか近接戦闘もできるのか???もうどこから突っ込めば……」

 身体に似合わぬスピードで振り下ろされた爪を体を捻り危なげなく躱した僕は、収納してあった魔槍「炎帝の矛」を一瞬で握り突き上げた。
 追加発動した炎は魔槍の効果だ。

「それより、最初の岩石だ!なんだありゃ!」

「重たい岩なら武器になるかと思って仕込んでおいたんですよね。質量攻撃ってわりと便利で下手な魔法より効果高いこともあるので」

 勿体無いので、使用した岩石に右手を翳すと次々に巨大な岩石が消えていく。
 ちなみに、収納魔法だけでなく僕の身体には師匠のおイタのせいで数種類の魔術刻印が埋め込まれている。
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