片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

八千古嶋コノチカ

文字の大きさ
8 / 15
片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして 2

しおりを挟む
『本当にごめん、明日はどうしても外せない用事があるの』

『それってプロポーズより大切なんですか?』

 後輩の身勝手な要求など突っぱねてしまえばいいものの、プロポーズを引き合いに出されると罪悪感が生まれる。後輩だけでなく相手も色々支度しているに違いないし。

『先輩はアタシが不幸になってもいいんですね?』

『やっと出来た後輩だってみんなに言っているくせに』

『アタシの彼だって先輩を理解のある人と褒めてるんです。こんな時にその信頼を裏切らないで下さいよ』

 などと強い言葉を重ねられ、どうしたら良いか判断がつかなくなってしまう。

 誠との約束は守りたい、それでいて後輩のフォローもしてあげたい。どちらにも良い顔をしたがる自分に嫌気がさすが携帯を握ったまま鞄を見やる。急遽、誠の彼女となる運びだったのでやりかけの資料が入っていた。

 アパートに帰り、徹夜で仕上げれば間に合う。

「あれ? プリン食べてないのか?」

 誠がお風呂から上がってきた。

「……誠」

「ん? どうした?」

「や、やっぱり帰ろうかなって! 色々考えたんだけど着替え持ってないしね」

「それは朝早くに茜のアパートへ送っていくって話だったよな?」

 誠の顔がまともに見られない。気配で冷蔵庫の前に屈んでいたのが立ち上がったと分かった。ペタペタ素足で近付いてくる。

「茜? 何かあった? カクテルの意味を調べてみてって試したのを怒ってる?」

「カクテルーーあっ!」

「調べてないのか。なら、どうして帰るって言う? ベッドは1つしかないけど茜に貸すつもりだよ」

「え? ベッド?」

 カクテルについて検索するのを忘れ、ベッドが1つしかないのも気付いていない私。話が噛み合わず、嫌な空気が流れ始めた。

「気が変わったのを責めはしないが、理由を聞いてもいいかな?」

「それは……」

 帰って仕事をするなんて答えられず、言い淀む。

「でも、お母さんに会う約束は絶対守るから心配しないで!」

「そういう意味で聞いてるんじゃない、分かるよな? 顔上げて、こっちを見ろ。俺、茜に避けられるような真似したか? したならちゃんと謝りたい。誤解されたくないんだ」

「誠は全然悪くないよ。私が悪いの」

 目の奥が熱くなってきた。後輩の件を話した結果、そちらを優先していいと返されたらどうしよう。彼女の振りは別の人に頼むと言われたらーー。

 涙が滲み、唇を噛んで耐える。涙をこぼさない分、心の中が情けなさで一杯になっていく。
 人間関係において中途半端な立ち位置をとってばかり。嫌われたくないという臆病が先行し、はっきり意見が言えない。誠に好きと伝えて振られてしまうくらいなら、伝えない方を選ぶ。

 温め過ぎた恋心は強固な殻で守られ、破れなくなっている。

「……着替えよっか。送ってく。飲んでるからタクシーだけど」

「あっ、そんな悪いから」

「アパートまで付いて行かない、安心しろ。タクシーを拾えるまで付き合うよ。さぁ、準備しよう。着替えるんだったら俺は廊下に出てる」

 誠の声音は諦めたように落ち着き、確かに私を責めはしなかった。

「ご、ごめん。ごめんね? 彼女の振りはするよ。信じて?」

「はは、疑ってない。茜は優しいし、頼まれれば嫌と言わないもんな。ただそんな茜も泊まるのは嫌だったか。まぁ、そうだよな」

 優しいとの発言が優柔不断で八方美人と変換される。

「……ごめん」

「だから謝らなくていいよ、気にしないで。俺こそ悪かった」

 誠は励ましたり、心情に寄り添う際は軽くボディータッチをしてくるが、今はしてこなかった。ハンガーにかけてあるスーツを促すと廊下に出る。

 結局、私は最後まで顔を上げ、誠を見られなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫が勇者に選ばれました

プラネットプラント
恋愛
勇者に選ばれた夫は「必ず帰って来る」と言って、戻ってこない。風の噂では、王女様と結婚するらしい。そして、私は殺される。 ※なろうでも投稿しています。

処理中です...