片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

八千古嶋コノチカ

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片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして 2

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 アパートに戻り徹夜で資料を仕上げた後、私は鏡の前で絶望を塗り潰す作業をしている。
 充血した目、それを縁取るクマ、表情というキャンパスのコンディションは酷い。

「誠、怒ってるだろうなぁ」

 それどころか怒りを通り越した心境だろう。挙げ句、こんな疲れた有様で現れればどうなるか。とにかく念入りにコンシーラーを走らせ、チークを叩く。

 誠が迎えに来るまでに資料を置きに会社へ行かなくてはならず、あれもこれもとファッションショーをしている時間はない。お気に入りのワンピースへ袖を通す。

 今更だが誠はどんな女性が好みなんだろうか。モテるという噂は聞くも、実際どんな人と付き合っている等の具体的な話は流れてこない。

 昇進が約束されている立場であるからこそ、恋愛対象は社外の人という可能性はある。社内恋愛は色々難しいと部長が言っていた。

 ともあれ彼の隣を歩く女性は素敵な方に違いなく、仮初めとはいえ1日その大役を務めるのだから寝不足などと弱音を吐いてはいられない。誠に会えば眠気は吹っ飛ぶはずだ。

「よし!」

 頬をペチッと叩き、気合いを入れ直すと会社へ向かう。

 休日で早朝となると出勤している社員は居ないーーはずだった。

「おや?」

 部署にはなんと部長の姿があり、お互い目を丸くする。

「……町田か、一瞬誰か分からなかったぞ。なんだ? 忘れ物でもしたか?」

 私服姿の部長は普段より柔らかい印象がする。スーツは戦闘服とは的を射た表現だ。あちらもめかし込む私に同じ感情を抱いたらしく言葉を続けた。

「デート? 羨ましい」

「部長は?」

「はぁ? 僕は仕事に決まってるでしょ。彼女に頼んだ書類を確認しにきたんだけど」

 彼女とは後輩である。部長は後輩の席へ視線を流し、休日出勤をしないであろうと踏む。それから何故、私が登場したのかも悟る。

「いい加減、厳しく叱らないといけないな。せっかくのデート前にすまなかった」

「デートとは言ってませんけど?」

「デートだろ、どう見たって。ワンピース似合ってる、可愛いよ」

「はいはい」

 どうせ鞄の中にある資料にあたりをつけてお世辞を言っているのだ。本気にしない。

「それで相手は誰?」

「え?」

「君は僕の可愛い部下だからね。どこの馬の骨とも知れない男にはやれないな。うちの社員なら僕を超えてなければ論外だ」

 突如、娘を持つ父親みたいなことを言うのでポカンとしてしまった。

「部長より偉いとなると、役員とか社長になってしまうんですが?」

「ほぅ、そう言うのなら町田は社内恋愛をしているんだな」

 しまった、誘導尋問だと気付いた時には遅い。部長はしたり顔で微笑む。社内でやり手と一目置かれる会話術で私からするする情報を引き出す。

「……」

「黙っても町田は顔に出やすい。ひとつ忠告しておくと社内恋愛は止めた方がいい、どうしてかと言えばーーこんな凡ミスする。ほら、ここ間違ってるぞ」

 提出した資料のチェックを始め、指摘する。

「すいません」

「目が充血してる。寝ないでやったんだろう?」

「……はい」

「デートが楽しみで仕事がおざなりになるのは感心しない。社内事情を知る男であれば手伝ってやるなりすればいいのに。はぁ、何をやっているんだか。
 もちろんこれは君に任せた作業じゃないと分かっている。だが、引き受けたなら責任を持ちなさい」

 細かいミスがどんどん発覚して、申し開きなど出来ない。

「修正は僕の方でやる。町田はデートに行ってていいよ」
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