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育成2
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あかりの頭の中はぐるぐると喫煙所でのやりとりが巡り、どうにかして2人を見返してやりたい。
クソつまらない企画ーーあの言い草は企画に携わる者として悔しく、なによりヨリを馬鹿にされたのが腹立たしかった。
「教会みたいに映える場所と、企画を黙っていてくれる人が揃えば撮影してくれます?」
「庭の撮影じゃ物足りなかった?」
「物足りなくはありません! とても楽しかったです!」
「それなら、なんでまだ撮りたがるの?」
ヨリの手元で撮影風景が流れている。映像は別段問題が無さそうなのだが、当人は撮影続行を主張し続けた。
「私、この企画を絶対成功させたいんです! お願いします、やらせて下さい!」
「張り切ってくれるお姉さんの気持ちは嬉しいよ。俺だって企画を成功させたい」
ここでやっとヨリはあかりを見た。協力的なのは歓迎するが、こんなに食い下がるのは何故だろうと傾げる。
「……祖父母に見せるのは駄目でしょうか? 実家は田舎なので人の目はありません。自然が映えます」
「は? 身内に見せるって、今から?」
「きちんと話せば祖父母は分かってくれます、口外もしません。ウェディングドレスを祖父母に見せたらヒネり有りますよね?」
「ヒネり?」
映えだのヒネりだの、あかりの口からそんな用語が出てくるとはキナ臭い。
とは言え、ウェディングドレスを祖父母に見せる絵はあっても良いかもしれない。元カレや女友達に見せ付けるより嫌味もないだろう。
ふむ、ヨリは頷く。
「この後の時間は作ろうとすれば作れる。ただし問題がひとつ!」
名探偵風に人差し指を立てる。
「な、なんでしょう?」
「そのドレスを買い取らなきゃいけなくなるって事。リースって選択が無い訳じゃないが、断言しよう。お姉さんは絶対汚す!」
異議あり! 同じく人差し指をかざし反論したいものの、ヨリ探偵の指摘は的を射ていた。事実、先日ピザを食べた際もソースをワンピースへ落としてしまったのだ。
「ちなみに買い取りって、お値段はいくらでしょうか?」
「正確な額は聞いてないけど、高額であるのは間違いないよね。お姉さん、払ってくれる?」
残念ながら、あかりに支払い能力などない。
「私、ドレスをーー」
言葉尻が潰れたのは、ヨリがあかりの唇へ指を押し付けたから。
「じゃあ、オレとゲームをしてみない?」
ドレスを汚さぬよう気を付けるなんて無駄は言わせない。ヨリが魅力的な取り引きを持ち掛ける。
「これからお姉さんの実家に行って、動画に使えるシーンが撮れればドレスをプレゼントしてあげる。撮れなかったら自腹っていうのは? どう?」
「やります!」
あかりは二つ返事をし、取り引き成立の握手を交わそうとする。
とその時、テーブルに乗せたメロンソーダーが振動により倒れ、悲鳴のハーモニーが庭園中に響くのであった。
■
あかりの祖父母の家は車を2時間ほど走らせた場所にある。
あかりを育んだ土地は静かな空気が流れ、時計の針をゆっくり進めて残した原風景が都会育ちにも懐かしさを与えた。
心の故郷とでも言おうか、ヨリの運転する高級外車はそんな景観を損ねてしまう。
田植えの準備をする農家がメタリックボディーから放たれる轟音に驚き、行き先を追うと、車が停まったのはーー地元の名士、元宮家。
2人が到着時、縁側でお茶を飲んでいた老夫婦はど派手な車が玄関に横付けされたと思いきや、そこからウェディングドレスを着た孫が降りてきたものだから、湯呑を落とす。
「あ、あかり! あんた一体どうしたの?」
都会に行き、擦れて帰って来るならまだしも、花嫁姿で帰ってくるとは。夫婦の驚きたるや察して余る。一体どうしたのか、心の底から言いたくもなるだろう。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、ただいま。えっとこれには事情があってね。こちら契約彼氏のヨリさんです。車を見れば分かるよね、お金持ちなの」
湯呑を拾うか、自体の把握をしようか決めかねている祖父母にマイペースな帰宅の挨拶が浴びせられ、あかりはくるり回ってドレスを見せた。
「お姉さん、待って。オレから説明したい。これ以上の刺激を与えると、ご夫婦に健康被害を出しそう」
金持ちで契約彼氏、パワーワードのみで紹介されたヨリは襟足を掻き、あかりの言葉を止めた。
祖父母は瞬きを忘れ、息を詰め、孫を見詰める。視界の隅でヨリが何度も会釈すると、金縛りが解け祖父が怒鳴って指示を出す。
「ご近所さんの目もある。とにかく中に入れ!」
あかりの家は門構えからして立派であり、豪農として栄えてきた歴史が伺える。
ヨリが敷地内に駐車しているとあかりは先に部屋に上がり、階段を駆けていく。どうやらヨリが説明をすると言ったので任せたのであろう。
弁解の場にはヨリひとりが通される。畳の匂いがする和室、地元の洞窟へのヒントが隠されていそうな掛け軸が飾られており、強面祖父と柔和な祖母に挟まれた。
彼はここに至る経緯を丁寧に伝える。
カフェで恋人に振られているのを見かけ声を掛けてみた事。恋愛と結婚を求められる女性になろうと誘った事、またその様子を配信する事、改めて言葉にしてみたらドラマやマンガのようだ。
話が祖父母にウェディングドレスを見せたいとの下りに及ぶと、夫婦は畳へ額をつける。
配信のネタとしてドレスを着せてしまったのを咎められる覚悟をしていたヨリは一瞬呆け、すぐ同じ姿勢をとった。
クソつまらない企画ーーあの言い草は企画に携わる者として悔しく、なによりヨリを馬鹿にされたのが腹立たしかった。
「教会みたいに映える場所と、企画を黙っていてくれる人が揃えば撮影してくれます?」
「庭の撮影じゃ物足りなかった?」
「物足りなくはありません! とても楽しかったです!」
「それなら、なんでまだ撮りたがるの?」
ヨリの手元で撮影風景が流れている。映像は別段問題が無さそうなのだが、当人は撮影続行を主張し続けた。
「私、この企画を絶対成功させたいんです! お願いします、やらせて下さい!」
「張り切ってくれるお姉さんの気持ちは嬉しいよ。俺だって企画を成功させたい」
ここでやっとヨリはあかりを見た。協力的なのは歓迎するが、こんなに食い下がるのは何故だろうと傾げる。
「……祖父母に見せるのは駄目でしょうか? 実家は田舎なので人の目はありません。自然が映えます」
「は? 身内に見せるって、今から?」
「きちんと話せば祖父母は分かってくれます、口外もしません。ウェディングドレスを祖父母に見せたらヒネり有りますよね?」
「ヒネり?」
映えだのヒネりだの、あかりの口からそんな用語が出てくるとはキナ臭い。
とは言え、ウェディングドレスを祖父母に見せる絵はあっても良いかもしれない。元カレや女友達に見せ付けるより嫌味もないだろう。
ふむ、ヨリは頷く。
「この後の時間は作ろうとすれば作れる。ただし問題がひとつ!」
名探偵風に人差し指を立てる。
「な、なんでしょう?」
「そのドレスを買い取らなきゃいけなくなるって事。リースって選択が無い訳じゃないが、断言しよう。お姉さんは絶対汚す!」
異議あり! 同じく人差し指をかざし反論したいものの、ヨリ探偵の指摘は的を射ていた。事実、先日ピザを食べた際もソースをワンピースへ落としてしまったのだ。
「ちなみに買い取りって、お値段はいくらでしょうか?」
「正確な額は聞いてないけど、高額であるのは間違いないよね。お姉さん、払ってくれる?」
残念ながら、あかりに支払い能力などない。
「私、ドレスをーー」
言葉尻が潰れたのは、ヨリがあかりの唇へ指を押し付けたから。
「じゃあ、オレとゲームをしてみない?」
ドレスを汚さぬよう気を付けるなんて無駄は言わせない。ヨリが魅力的な取り引きを持ち掛ける。
「これからお姉さんの実家に行って、動画に使えるシーンが撮れればドレスをプレゼントしてあげる。撮れなかったら自腹っていうのは? どう?」
「やります!」
あかりは二つ返事をし、取り引き成立の握手を交わそうとする。
とその時、テーブルに乗せたメロンソーダーが振動により倒れ、悲鳴のハーモニーが庭園中に響くのであった。
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あかりの祖父母の家は車を2時間ほど走らせた場所にある。
あかりを育んだ土地は静かな空気が流れ、時計の針をゆっくり進めて残した原風景が都会育ちにも懐かしさを与えた。
心の故郷とでも言おうか、ヨリの運転する高級外車はそんな景観を損ねてしまう。
田植えの準備をする農家がメタリックボディーから放たれる轟音に驚き、行き先を追うと、車が停まったのはーー地元の名士、元宮家。
2人が到着時、縁側でお茶を飲んでいた老夫婦はど派手な車が玄関に横付けされたと思いきや、そこからウェディングドレスを着た孫が降りてきたものだから、湯呑を落とす。
「あ、あかり! あんた一体どうしたの?」
都会に行き、擦れて帰って来るならまだしも、花嫁姿で帰ってくるとは。夫婦の驚きたるや察して余る。一体どうしたのか、心の底から言いたくもなるだろう。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、ただいま。えっとこれには事情があってね。こちら契約彼氏のヨリさんです。車を見れば分かるよね、お金持ちなの」
湯呑を拾うか、自体の把握をしようか決めかねている祖父母にマイペースな帰宅の挨拶が浴びせられ、あかりはくるり回ってドレスを見せた。
「お姉さん、待って。オレから説明したい。これ以上の刺激を与えると、ご夫婦に健康被害を出しそう」
金持ちで契約彼氏、パワーワードのみで紹介されたヨリは襟足を掻き、あかりの言葉を止めた。
祖父母は瞬きを忘れ、息を詰め、孫を見詰める。視界の隅でヨリが何度も会釈すると、金縛りが解け祖父が怒鳴って指示を出す。
「ご近所さんの目もある。とにかく中に入れ!」
あかりの家は門構えからして立派であり、豪農として栄えてきた歴史が伺える。
ヨリが敷地内に駐車しているとあかりは先に部屋に上がり、階段を駆けていく。どうやらヨリが説明をすると言ったので任せたのであろう。
弁解の場にはヨリひとりが通される。畳の匂いがする和室、地元の洞窟へのヒントが隠されていそうな掛け軸が飾られており、強面祖父と柔和な祖母に挟まれた。
彼はここに至る経緯を丁寧に伝える。
カフェで恋人に振られているのを見かけ声を掛けてみた事。恋愛と結婚を求められる女性になろうと誘った事、またその様子を配信する事、改めて言葉にしてみたらドラマやマンガのようだ。
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