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育成3
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その頃、あかりはブログの著者と対峙し、一触即発の局面を迎えていた。
「どうして貴女がここに居るのよ?」
「水曜日、この時間はヨガ教室に通っていると読みましたので待ち伏せしてました」
「待ち伏せとか怖いんですけど……通報しようかな」
あかりのストーカー滲みた執着心にたちまち戦意を削がれ、教室へ戻ろうとするブログ著者。
あかりは企画を引き受けた時から彼女のブログ【ヨリ好き好き愛してる】を熟読し、ヨリの情報を得ていた。
また彼女がヨリを推し始めた時まで日記を遡り、ヨガ教室はヨリの恋人になるため入ったのも把握する。
「ヨリさんの質問いいですか?」
「は? なに?」
推しに関する質問に答えてしまうのがオタクの性。
この調子ならば取っ組み合いの喧嘩には至らなそうだ。
「ヨガに通うとヨリさんの恋人になれるんですか?」
前言撤回、あかりの煽り癖が出る。
「自分が企画でも彼女になれたからって、あたしを煽ってる? ヨガはね、ヨリ様が胸を張って頑張ってる女の子が好きって雑誌で答えてて、猫背を矯正しようと思っただけよ!」
「ヨガだけじゃなく食事にも拘ってますよね? アボガドのパンケーキ美味しそうでした。アクキーも可愛いです!」
「そ、そう?」
メディア向けの当たり障りない言葉を真に受け、今日までヨリを応援してきた気持ちに嘘はないだろう。ないからこそ、企画をご破算にしたのが残念でならない。
「週刊誌に写真を売って、ヨリさんが好きって胸を張れるんですか?」
「それは……」
ブログ著者は押し黙る。ネイルを施し、髪を巻き、かなり身なりに気を遣う彼女でもヨリの存在は遠いのだ。
あのカフェで接点が生まれたのは奇跡かもしれない。あかりは色付いていない自らの指先からヨリが滑り落ちていくのを感じた。
元交際相手を引き止めなかった腕が、追いかけなかった足が動きたくてたまらない。
「ただ、偉そうな事を言っても、私も同じです。契約を解除されたのにこんな真似をして」
ブログ著者に流出を認めさせてもヨリの信頼は戻らない、それどころか迷惑をかけてしまうかも。だけど黙って見過ごすなんて、あかりには無理。
「そう、企画無くなったんだ。緊急配信したみたいだけど見てなくてーー」
トートバッグを漁り、携帯電話を出そうとしたブログ著者の動きが止まる。あかりは彼女の手から滑り落ちたそれを拾おうとしたが、側から別の手が伸びてきた。
「ヨリさん?」
見開く、あかり。
「SNSで情報を求めたら、ここに居るって教えてくれた。迎えに来たよ」
「迎え?」
「お爺ちゃんがビデオで言ってた。お姉さんが無茶して動けなくなる前に迎えに行って欲しいって」
ヨガ教室の前を通る何人かがあかり達を撮影している。ヨリは撮らないでとは言わず、手を振ってリアクションした。
「これ、君の携帯だろ。いつも応援してくれてありがとう」
ブログ著者に携帯を返す。
「ヨ、ヨリ様、あたし、あたし」
「写真の件ならいい。お陰で何を大事にしたいか分かったから」
ヨリがすっとあかりの近くに寄ってきて、肩を抱く。
「え、え、えっ、何ですか?」
「目をつむってくれないかな」
「な、な、な、何をする気でしょうか?」
「好きになっちゃったよ、お姉さん。責任とってね」
ヨリの温かい唇があかりに触れた時、四方からフラッシュが焚かれる。奇しくもシャッターを一番切ったのはブログ著者であった。
ヨリの釈明配信から公開キスまでは各方面の話題を攫い、SNSのトレンドを独占する。
■
「ヨリさん。本当にいいんでしょうか?」
あかりは祖父母の家でなくヨリのマンションへと越してきた。
「良いも悪いもないよ。オレが一緒に住みたいんだ。それより引っ越し蕎麦食べない?」
「頂きます! 蕎麦はスーパーで買える蕎麦ですか?」
「……オレって蕎麦打ち職人の蕎麦しか食わなそうに見える?」
残念、ピザの時みたいには笑わない。
「いや、そういう意味では。仕事をまだ決めてないので家事を任せて貰えるならやりたいな、なんて。蕎麦は打てませんが」
「部屋帰ってきて、お姉さんが蕎麦を打ちしてたら嫌だ。ハウスキーパーとして雇ったんじゃないし家事は二人でやろう。こう見えて得意なんだ」
「お言葉ですが、掃除は……」
リビングはゲーム機とソフト、攻略本が散乱していた。あかりとの件がヨリス人口を減らしたものの、アトランティスの宝を切っ掛けにレトロゲームを配信する活路を見出す。
「あ、あれね。視界に入れたくなくて仕舞い込んでたんだけど、最近はゲーム配信メインにやってて」
「モデルのお仕事はやらないんですか?」
「うん、お姉さんとの時間を大事にしたいし。やっぱりゲームをやりたいからね」
好きになったと言われ、キスをし、同棲もするのだが、どうも実感がわいてこない。
お姉さん呼びも継続されるし、あかりは自分の気持ちを返す機会を掴めずに居た。あかりでも告白する時はムードを意識するのだ。
出された蕎麦を一口し、まぁ先は長いしと考え直す。もう一口食べようとして、箸や丼があかり用にあるのに気が付いた。
「美味しい!」
「それは良かった。引っ越し蕎麦には末永くおそばにって意味があるらしいよ。本来は引っ越してきた人が隣人に振る舞うものだったらしいんだけど」
「すいません、振る舞ってもらって! 代わりといってはなんですが、夜は私が作ります」
「期待してる」
こほん、あかりは咳払いする。
「それで好きな食べ物と食られないものを教えてくれます?」
「うーん、どうしよっかな。お婆ちゃんも言っていた通り、知る楽しさがあるよ」
「え、教えてくれないんですか? 一品ぐらい、いいじゃないですか?」
ヨリからもあかりにお願いしたい事があるが、ひとまずステイしておく。ここぞという場面でおねだりカードを切り、断らせない。ヨリのデッキ構成はあかり特効だ。
「じゃあ、あかりの手料理、好物になるくらい食わせて」
ピンクの毛先を捻じり、舌を出してにっこり微笑む。
「……あ、あ、あ、あかり? 手料理がこ、こ、好物?」
「っ、あはは、何その顔! 待って、何で倒れるの?」
「呼び捨てと笑顔のコンボはズルいですって!」
育成三段階目【勇者様昨夜はお楽しみでしたね】になるのは、もう少し後のお話。
「どうして貴女がここに居るのよ?」
「水曜日、この時間はヨガ教室に通っていると読みましたので待ち伏せしてました」
「待ち伏せとか怖いんですけど……通報しようかな」
あかりのストーカー滲みた執着心にたちまち戦意を削がれ、教室へ戻ろうとするブログ著者。
あかりは企画を引き受けた時から彼女のブログ【ヨリ好き好き愛してる】を熟読し、ヨリの情報を得ていた。
また彼女がヨリを推し始めた時まで日記を遡り、ヨガ教室はヨリの恋人になるため入ったのも把握する。
「ヨリさんの質問いいですか?」
「は? なに?」
推しに関する質問に答えてしまうのがオタクの性。
この調子ならば取っ組み合いの喧嘩には至らなそうだ。
「ヨガに通うとヨリさんの恋人になれるんですか?」
前言撤回、あかりの煽り癖が出る。
「自分が企画でも彼女になれたからって、あたしを煽ってる? ヨガはね、ヨリ様が胸を張って頑張ってる女の子が好きって雑誌で答えてて、猫背を矯正しようと思っただけよ!」
「ヨガだけじゃなく食事にも拘ってますよね? アボガドのパンケーキ美味しそうでした。アクキーも可愛いです!」
「そ、そう?」
メディア向けの当たり障りない言葉を真に受け、今日までヨリを応援してきた気持ちに嘘はないだろう。ないからこそ、企画をご破算にしたのが残念でならない。
「週刊誌に写真を売って、ヨリさんが好きって胸を張れるんですか?」
「それは……」
ブログ著者は押し黙る。ネイルを施し、髪を巻き、かなり身なりに気を遣う彼女でもヨリの存在は遠いのだ。
あのカフェで接点が生まれたのは奇跡かもしれない。あかりは色付いていない自らの指先からヨリが滑り落ちていくのを感じた。
元交際相手を引き止めなかった腕が、追いかけなかった足が動きたくてたまらない。
「ただ、偉そうな事を言っても、私も同じです。契約を解除されたのにこんな真似をして」
ブログ著者に流出を認めさせてもヨリの信頼は戻らない、それどころか迷惑をかけてしまうかも。だけど黙って見過ごすなんて、あかりには無理。
「そう、企画無くなったんだ。緊急配信したみたいだけど見てなくてーー」
トートバッグを漁り、携帯電話を出そうとしたブログ著者の動きが止まる。あかりは彼女の手から滑り落ちたそれを拾おうとしたが、側から別の手が伸びてきた。
「ヨリさん?」
見開く、あかり。
「SNSで情報を求めたら、ここに居るって教えてくれた。迎えに来たよ」
「迎え?」
「お爺ちゃんがビデオで言ってた。お姉さんが無茶して動けなくなる前に迎えに行って欲しいって」
ヨガ教室の前を通る何人かがあかり達を撮影している。ヨリは撮らないでとは言わず、手を振ってリアクションした。
「これ、君の携帯だろ。いつも応援してくれてありがとう」
ブログ著者に携帯を返す。
「ヨ、ヨリ様、あたし、あたし」
「写真の件ならいい。お陰で何を大事にしたいか分かったから」
ヨリがすっとあかりの近くに寄ってきて、肩を抱く。
「え、え、えっ、何ですか?」
「目をつむってくれないかな」
「な、な、な、何をする気でしょうか?」
「好きになっちゃったよ、お姉さん。責任とってね」
ヨリの温かい唇があかりに触れた時、四方からフラッシュが焚かれる。奇しくもシャッターを一番切ったのはブログ著者であった。
ヨリの釈明配信から公開キスまでは各方面の話題を攫い、SNSのトレンドを独占する。
■
「ヨリさん。本当にいいんでしょうか?」
あかりは祖父母の家でなくヨリのマンションへと越してきた。
「良いも悪いもないよ。オレが一緒に住みたいんだ。それより引っ越し蕎麦食べない?」
「頂きます! 蕎麦はスーパーで買える蕎麦ですか?」
「……オレって蕎麦打ち職人の蕎麦しか食わなそうに見える?」
残念、ピザの時みたいには笑わない。
「いや、そういう意味では。仕事をまだ決めてないので家事を任せて貰えるならやりたいな、なんて。蕎麦は打てませんが」
「部屋帰ってきて、お姉さんが蕎麦を打ちしてたら嫌だ。ハウスキーパーとして雇ったんじゃないし家事は二人でやろう。こう見えて得意なんだ」
「お言葉ですが、掃除は……」
リビングはゲーム機とソフト、攻略本が散乱していた。あかりとの件がヨリス人口を減らしたものの、アトランティスの宝を切っ掛けにレトロゲームを配信する活路を見出す。
「あ、あれね。視界に入れたくなくて仕舞い込んでたんだけど、最近はゲーム配信メインにやってて」
「モデルのお仕事はやらないんですか?」
「うん、お姉さんとの時間を大事にしたいし。やっぱりゲームをやりたいからね」
好きになったと言われ、キスをし、同棲もするのだが、どうも実感がわいてこない。
お姉さん呼びも継続されるし、あかりは自分の気持ちを返す機会を掴めずに居た。あかりでも告白する時はムードを意識するのだ。
出された蕎麦を一口し、まぁ先は長いしと考え直す。もう一口食べようとして、箸や丼があかり用にあるのに気が付いた。
「美味しい!」
「それは良かった。引っ越し蕎麦には末永くおそばにって意味があるらしいよ。本来は引っ越してきた人が隣人に振る舞うものだったらしいんだけど」
「すいません、振る舞ってもらって! 代わりといってはなんですが、夜は私が作ります」
「期待してる」
こほん、あかりは咳払いする。
「それで好きな食べ物と食られないものを教えてくれます?」
「うーん、どうしよっかな。お婆ちゃんも言っていた通り、知る楽しさがあるよ」
「え、教えてくれないんですか? 一品ぐらい、いいじゃないですか?」
ヨリからもあかりにお願いしたい事があるが、ひとまずステイしておく。ここぞという場面でおねだりカードを切り、断らせない。ヨリのデッキ構成はあかり特効だ。
「じゃあ、あかりの手料理、好物になるくらい食わせて」
ピンクの毛先を捻じり、舌を出してにっこり微笑む。
「……あ、あ、あ、あかり? 手料理がこ、こ、好物?」
「っ、あはは、何その顔! 待って、何で倒れるの?」
「呼び捨てと笑顔のコンボはズルいですって!」
育成三段階目【勇者様昨夜はお楽しみでしたね】になるのは、もう少し後のお話。
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