8 / 9
8
しおりを挟む
■
「片桐!」
いつの間にか雨が降り出していた。片桐はずぶ濡れのわたしに目を丸くし、それから当たり前に傘を差し出す。
「女の子が身体冷やしちゃ駄目でしょ。何? どうした? 困った事あったか?」
「……片桐を、追い掛けてきた」
「俺を? 傘もささずに?」
ファミレスへ向かうであろう片桐にやっとの思いで追いつくと中腰になり、ぜぇぜぇ息切れする。鏡を見なくても自分が酷い有り様なのは分かっているが、拭う間も惜しかった。
「謝りたくて。片桐、ごめんね、ごめん、わたしーー」
「とりあえず、こっち。雨宿りしようか」
片桐は冷静に雨風を凌げる公園へ誘導する。バイト帰り何度か立ち寄ったことのある東屋に入って自販機で飲み物を買う。
「ほら、これ飲みな。あとタオル使え。安心しろ、体育で使おうと思ってたけどサボったから未使用だ」
バッグを漁りタオルを取り出して頭の上から掛け、カフェオレを握らす。スマートな気遣いが温かい。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。髪、ちゃんと拭けよ」
簡易であるもののベンチとテーブルが設置されている。しかし全身が濡れた状態で着席はしにくく、片桐も立ったまま。
「それで? どうしてミユが謝るんだ?」
強くなる雨足を見上げ、片桐は尋ねてくる。
「わたし、片桐をたくさん傷付けてた。青山君と話をしてたらハッとして、謝らなきゃって思ったの」
片桐の匂いがするタオル、なんだか落ち着かないようで落ち着く。
「俺はミユに傷付けられた覚えは無ぇし、謝らなくていいよ。あぁ、ひょっとして青山に謝って来いとか言われたとか?」
傷付いていないと言いつつ、こちらを見ようとしない。声音も何処か強張って低目だ。
「ううん、言われてない、よ」
「なら、なんでさ? 青山に告られたんでしょ? やり直そうと言われたんじゃない? ミユはなんでここに来た?」
「青山の気持ち、知ってたの?」
「はっ、知ってたなら早く教えて欲しかったか? そうすれば悩む時間が少なくて済んだのに?」
片桐は眉間を揉み、かぶりを振る。
「ち、違う! わたしはもう」
バッとわたしに身体ごと姿勢を向け、今にも泣いてしまいそうな揺れる瞳を突き付けた。
「俺だってミユが好きなんだ! 青山と付き合うお膳立てなんて本当はやりたくない! でもミユが幸せならいいと我慢してた!」
ころり、手元の缶が滑り落ち、転がって片桐のスニーカーへぶつかる。
「……まだ、わたしを好きなの?」
「あぁ、好きだよ! 悪いかよ! 全然諦められねぇ上に、どんどん好きになっちまう! ずっとミユに片思いしてるわ!」
噛み付くような感情の吐露に、自然と涙が溢れ、体当たりで伝えられた好意で胸がドキドキした。雨にさらされた全身が一気に熱くなる。
「わ、うわ! 泣くなよ! 俺にこんな風に想われるのはキモいよな? 分かってる、分かってる」
わたしの泣き顔に片桐は我に返り、フォローを始める。カフェオレを拾おうとした指先が後悔で震えていたのをみ、彼へ抱きつく。
「ミ、ミ、ミ、ミユさん、どうかなさいましたか? 距離が近いんですけど……」
片桐の腰に手を回しギュッとくっ付く。彼の鼓動に耳を澄ませ、タオルと同じ香りを目一杯吸い込む。
「敬語?」
「バカ! 言わせんな、動揺してるんだよ! いいから離れろ」
言葉だけで無理にわたしを剥がそうとしない。
「濡れるの嫌?」
「嫌な訳ないじゃん。バスタオル代わりにされてもいいよ」
「わたしは片桐を代わりになんかしない、お試しもしない」
すると片桐は躊躇いがちに抱き返してきて、髪を撫でてきた。
「髪、伸ばした方がいい?」
「どっちでも。ミユは長くても短くても可愛い」
「青山君にまた伸ばしてって、もう一度付き合わないかって言われたけど断った。片桐をいい加減な奴って悪口を言うからバカって言ってやったの。片桐はいい加減な人じゃない」
「ーーは? バカ? 青山に言ったのか? 学年トップだろ、あいつ」
「うん、でも一番のバカなのはわたし。ねぇ、まだ間に合うかな? 目の前の大事な事に気が付いたんだ」
「俺はミユなら取り返しのつかないバカでもいい。責任はとってやる。何に気付いた?」
片桐がわたしの顔を覗き込み、頬へ触れる。
「わたし、片桐が好き!」
わたしらしく直球で飾らない本音を告げれば、片桐は笑ってくれた。
「俺も。俺もミユが好き。ずっとずっと好きだったよ」
これまで色々な片桐の笑顔を見てきて、どれも本物だと思うけれど、気持ちが通じ合った瞬間に浮かべた笑顔は別格だった。
「片桐!」
いつの間にか雨が降り出していた。片桐はずぶ濡れのわたしに目を丸くし、それから当たり前に傘を差し出す。
「女の子が身体冷やしちゃ駄目でしょ。何? どうした? 困った事あったか?」
「……片桐を、追い掛けてきた」
「俺を? 傘もささずに?」
ファミレスへ向かうであろう片桐にやっとの思いで追いつくと中腰になり、ぜぇぜぇ息切れする。鏡を見なくても自分が酷い有り様なのは分かっているが、拭う間も惜しかった。
「謝りたくて。片桐、ごめんね、ごめん、わたしーー」
「とりあえず、こっち。雨宿りしようか」
片桐は冷静に雨風を凌げる公園へ誘導する。バイト帰り何度か立ち寄ったことのある東屋に入って自販機で飲み物を買う。
「ほら、これ飲みな。あとタオル使え。安心しろ、体育で使おうと思ってたけどサボったから未使用だ」
バッグを漁りタオルを取り出して頭の上から掛け、カフェオレを握らす。スマートな気遣いが温かい。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。髪、ちゃんと拭けよ」
簡易であるもののベンチとテーブルが設置されている。しかし全身が濡れた状態で着席はしにくく、片桐も立ったまま。
「それで? どうしてミユが謝るんだ?」
強くなる雨足を見上げ、片桐は尋ねてくる。
「わたし、片桐をたくさん傷付けてた。青山君と話をしてたらハッとして、謝らなきゃって思ったの」
片桐の匂いがするタオル、なんだか落ち着かないようで落ち着く。
「俺はミユに傷付けられた覚えは無ぇし、謝らなくていいよ。あぁ、ひょっとして青山に謝って来いとか言われたとか?」
傷付いていないと言いつつ、こちらを見ようとしない。声音も何処か強張って低目だ。
「ううん、言われてない、よ」
「なら、なんでさ? 青山に告られたんでしょ? やり直そうと言われたんじゃない? ミユはなんでここに来た?」
「青山の気持ち、知ってたの?」
「はっ、知ってたなら早く教えて欲しかったか? そうすれば悩む時間が少なくて済んだのに?」
片桐は眉間を揉み、かぶりを振る。
「ち、違う! わたしはもう」
バッとわたしに身体ごと姿勢を向け、今にも泣いてしまいそうな揺れる瞳を突き付けた。
「俺だってミユが好きなんだ! 青山と付き合うお膳立てなんて本当はやりたくない! でもミユが幸せならいいと我慢してた!」
ころり、手元の缶が滑り落ち、転がって片桐のスニーカーへぶつかる。
「……まだ、わたしを好きなの?」
「あぁ、好きだよ! 悪いかよ! 全然諦められねぇ上に、どんどん好きになっちまう! ずっとミユに片思いしてるわ!」
噛み付くような感情の吐露に、自然と涙が溢れ、体当たりで伝えられた好意で胸がドキドキした。雨にさらされた全身が一気に熱くなる。
「わ、うわ! 泣くなよ! 俺にこんな風に想われるのはキモいよな? 分かってる、分かってる」
わたしの泣き顔に片桐は我に返り、フォローを始める。カフェオレを拾おうとした指先が後悔で震えていたのをみ、彼へ抱きつく。
「ミ、ミ、ミ、ミユさん、どうかなさいましたか? 距離が近いんですけど……」
片桐の腰に手を回しギュッとくっ付く。彼の鼓動に耳を澄ませ、タオルと同じ香りを目一杯吸い込む。
「敬語?」
「バカ! 言わせんな、動揺してるんだよ! いいから離れろ」
言葉だけで無理にわたしを剥がそうとしない。
「濡れるの嫌?」
「嫌な訳ないじゃん。バスタオル代わりにされてもいいよ」
「わたしは片桐を代わりになんかしない、お試しもしない」
すると片桐は躊躇いがちに抱き返してきて、髪を撫でてきた。
「髪、伸ばした方がいい?」
「どっちでも。ミユは長くても短くても可愛い」
「青山君にまた伸ばしてって、もう一度付き合わないかって言われたけど断った。片桐をいい加減な奴って悪口を言うからバカって言ってやったの。片桐はいい加減な人じゃない」
「ーーは? バカ? 青山に言ったのか? 学年トップだろ、あいつ」
「うん、でも一番のバカなのはわたし。ねぇ、まだ間に合うかな? 目の前の大事な事に気が付いたんだ」
「俺はミユなら取り返しのつかないバカでもいい。責任はとってやる。何に気付いた?」
片桐がわたしの顔を覗き込み、頬へ触れる。
「わたし、片桐が好き!」
わたしらしく直球で飾らない本音を告げれば、片桐は笑ってくれた。
「俺も。俺もミユが好き。ずっとずっと好きだったよ」
これまで色々な片桐の笑顔を見てきて、どれも本物だと思うけれど、気持ちが通じ合った瞬間に浮かべた笑顔は別格だった。
0
あなたにおすすめの小説
君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない
あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。
タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。
図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。
実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。
同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる