溺愛彼氏★失恋したらチャラ男が一途な本性を現しました

八千古嶋コノチカ

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「片桐!」

 いつの間にか雨が降り出していた。片桐はずぶ濡れのわたしに目を丸くし、それから当たり前に傘を差し出す。

「女の子が身体冷やしちゃ駄目でしょ。何? どうした? 困った事あったか?」

「……片桐を、追い掛けてきた」

「俺を? 傘もささずに?」

 ファミレスへ向かうであろう片桐にやっとの思いで追いつくと中腰になり、ぜぇぜぇ息切れする。鏡を見なくても自分が酷い有り様なのは分かっているが、拭う間も惜しかった。

「謝りたくて。片桐、ごめんね、ごめん、わたしーー」

「とりあえず、こっち。雨宿りしようか」

 片桐は冷静に雨風を凌げる公園へ誘導する。バイト帰り何度か立ち寄ったことのある東屋に入って自販機で飲み物を買う。

「ほら、これ飲みな。あとタオル使え。安心しろ、体育で使おうと思ってたけどサボったから未使用だ」

 バッグを漁りタオルを取り出して頭の上から掛け、カフェオレを握らす。スマートな気遣いが温かい。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして。髪、ちゃんと拭けよ」

 簡易であるもののベンチとテーブルが設置されている。しかし全身が濡れた状態で着席はしにくく、片桐も立ったまま。

「それで? どうしてミユが謝るんだ?」

 強くなる雨足を見上げ、片桐は尋ねてくる。

「わたし、片桐をたくさん傷付けてた。青山君と話をしてたらハッとして、謝らなきゃって思ったの」

 片桐の匂いがするタオル、なんだか落ち着かないようで落ち着く。

「俺はミユに傷付けられた覚えは無ぇし、謝らなくていいよ。あぁ、ひょっとして青山に謝って来いとか言われたとか?」

 傷付いていないと言いつつ、こちらを見ようとしない。声音も何処か強張って低目だ。

「ううん、言われてない、よ」

「なら、なんでさ? 青山に告られたんでしょ? やり直そうと言われたんじゃない? ミユはなんでここに来た?」

「青山の気持ち、知ってたの?」

「はっ、知ってたなら早く教えて欲しかったか? そうすれば悩む時間が少なくて済んだのに?」

 片桐は眉間を揉み、かぶりを振る。

「ち、違う! わたしはもう」

 バッとわたしに身体ごと姿勢を向け、今にも泣いてしまいそうな揺れる瞳を突き付けた。

「俺だってミユが好きなんだ! 青山と付き合うお膳立てなんて本当はやりたくない! でもミユが幸せならいいと我慢してた!」

 ころり、手元の缶が滑り落ち、転がって片桐のスニーカーへぶつかる。

「……まだ、わたしを好きなの?」

「あぁ、好きだよ! 悪いかよ! 全然諦められねぇ上に、どんどん好きになっちまう! ずっとミユに片思いしてるわ!」

 噛み付くような感情の吐露に、自然と涙が溢れ、体当たりで伝えられた好意で胸がドキドキした。雨にさらされた全身が一気に熱くなる。

「わ、うわ! 泣くなよ! 俺にこんな風に想われるのはキモいよな? 分かってる、分かってる」

 わたしの泣き顔に片桐は我に返り、フォローを始める。カフェオレを拾おうとした指先が後悔で震えていたのをみ、彼へ抱きつく。

「ミ、ミ、ミ、ミユさん、どうかなさいましたか? 距離が近いんですけど……」

 片桐の腰に手を回しギュッとくっ付く。彼の鼓動に耳を澄ませ、タオルと同じ香りを目一杯吸い込む。

「敬語?」

「バカ! 言わせんな、動揺してるんだよ! いいから離れろ」

 言葉だけで無理にわたしを剥がそうとしない。

「濡れるの嫌?」

「嫌な訳ないじゃん。バスタオル代わりにされてもいいよ」

「わたしは片桐を代わりになんかしない、お試しもしない」

 すると片桐は躊躇いがちに抱き返してきて、髪を撫でてきた。

「髪、伸ばした方がいい?」

「どっちでも。ミユは長くても短くても可愛い」

「青山君にまた伸ばしてって、もう一度付き合わないかって言われたけど断った。片桐をいい加減な奴って悪口を言うからバカって言ってやったの。片桐はいい加減な人じゃない」

「ーーは? バカ? 青山に言ったのか? 学年トップだろ、あいつ」

「うん、でも一番のバカなのはわたし。ねぇ、まだ間に合うかな? 目の前の大事な事に気が付いたんだ」

「俺はミユなら取り返しのつかないバカでもいい。責任はとってやる。何に気付いた?」

 片桐がわたしの顔を覗き込み、頬へ触れる。

「わたし、片桐が好き!」

 わたしらしく直球で飾らない本音を告げれば、片桐は笑ってくれた。

「俺も。俺もミユが好き。ずっとずっと好きだったよ」

 これまで色々な片桐の笑顔を見てきて、どれも本物だと思うけれど、気持ちが通じ合った瞬間に浮かべた笑顔は別格だった。
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