聖女の蜜闇ー優しい仮面を剥がされて

八千古嶋コノチカ

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愛しい人

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 秀人は眉間に手を当て、こんなことがあってたまるものかと踵を鳴らす。酒井は貧乏揺すりが止まらない喪主にかぶりを振っていた。

 仕事に切りをつけ戻ってみればーー新妻は丸井家の当主と心中、あげく義両親と連絡が取れないとは。

「おい、どう考えてもおかしいだろ。なんでこうなる? 優子が死ぬなんて有り得ない」

「と言われましてもーーご遺体は確認されたのでしょう?」

「あんな顔が潰された状態じゃ、本人かどうか分からねぇ」

「分からなくても、こうして葬儀をしております。ここは奥様を偲ぶ場所。とにかく皆さんにご挨拶して下さい」

 秀人は身に起きた出来事の整理ができないまま優子の葬儀を出すはめとなる。それというのも丸井家が圧力をかけてきたからだ。

 丸井家は当主の死因を無理心中で通すそうだ。病死や事故死にしたほうが故人の尊厳が守られるだろうに、老いらくの恋の結末として公表する。

 と言っても無理心中を言葉通り受け取る者は少ないだろう。なにせあの丸井家当主、神が存在するならばまともな死に方を許されるはずがなく、大方は優子に同情的。あの若くて美しい優子が毒牙にかけられた、と内心は察している。

「秀人様」

 弔問客の相手をするよう酒井は促す。

「どうせ俺を嘲笑いに来た奴らだろ。政略結婚の失敗ご苦労さんとか腹で馬鹿にしてやがる」

「……それはまぁ、否定しませんが。奥様も寂しがっておいででしょうし、お戻り下さい」

「は、否定しないのかよ」

 葬儀にやってくる多くは秀人の関係者で、優子の周りは両親を始め、姉、友人すら来ていない。ただ1人、あの男が居た。

 席を立ち、秀人は徳増を見る。徳増は奥に引っ込んでしまった喪主に代わり、弔問客に対応していた。

「優子を失えば正気でいられないと思ったんだがな」

「あの方は元より正気ではありませんよ」

「はは、確かに」

 笑った秀人の足元がふらつく。

「秀人様! 大丈夫ですか?」

「うるさい慌てるな、少し目眩がしただけだ」

 葬儀の準備で忙しく眠れていない、言い訳を付け加える唇は色が冴えない。ここ数日、食事も満足にとっていないのだろう。

 酒井は問題ないと翳された手に指輪を見付け、複雑な顔をする。

「差し出がましいお願いですが、そちらを外されては? 先方も今は事を荒らげる様子はないものの、いつ手の平を返すか分かりません」

 実情はどうあれ、優子は他の男と一緒に死んだ。遺された秀人が指輪を身に付け続けるのは言い方が悪いが惨め、秀人の気質からして周囲に同情を煽る効果も得られない。

「……指輪」

 じっと手元を見つめる秀人。

「どうかしましたか?」

「遺体には指輪がはめられてた」

「? はい。それで優子様と判断されたと聞いております」

 優子の遺体の損傷は激しく、特に顔面での識別が困難であった。秀人は周囲が止めるにも関わらず惨状を確認したが結果は同じ、遺体が優子でないと言い切れなかった。

 この破壊行動は当主が優子の美しい顔立ちに並々ならぬ執着を示したからだろうと説明をされ、着衣に見覚えもあるうえ指輪がしっかりはめてあると優子の死を否定する材料はない。
 ないと諦め、違和感をいったん飲み込んだがーー

「そうだ、あの指輪は優子には大きかったはず。なんであの時気が付かなかった!」

「は?」

「式当日に調整を頼んでくるかと踏んでたが何も言って来なくて、後日調整しにいく様子もないから、てっきり気に入らないのだと思ってた」

 酒井の表情がますます渋くなる。

「指輪の調整など徳増にやらせたのでは? 奥様の死を認めたくないお気持ちは察します。しかしーー」

「聞いてこよう」

 言葉の途中で秀人は出ていってしまう。そこに入れ違いで使用人が入ってくると、敬吾がやってきた旨が伝えられる。
 酒井は慌てて秀人の後を追いかけた。
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