84 / 120
愛しい人
愛しい人
しおりを挟む
■
秀人は眉間に手を当て、こんなことがあってたまるものかと踵を鳴らす。酒井は貧乏揺すりが止まらない喪主にかぶりを振っていた。
仕事に切りをつけ戻ってみればーー新妻は丸井家の当主と心中、あげく義両親と連絡が取れないとは。
「おい、どう考えてもおかしいだろ。なんでこうなる? 優子が死ぬなんて有り得ない」
「と言われましてもーーご遺体は確認されたのでしょう?」
「あんな顔が潰された状態じゃ、本人かどうか分からねぇ」
「分からなくても、こうして葬儀をしております。ここは奥様を偲ぶ場所。とにかく皆さんにご挨拶して下さい」
秀人は身に起きた出来事の整理ができないまま優子の葬儀を出すはめとなる。それというのも丸井家が圧力をかけてきたからだ。
丸井家は当主の死因を無理心中で通すそうだ。病死や事故死にしたほうが故人の尊厳が守られるだろうに、老いらくの恋の結末として公表する。
と言っても無理心中を言葉通り受け取る者は少ないだろう。なにせあの丸井家当主、神が存在するならばまともな死に方を許されるはずがなく、大方は優子に同情的。あの若くて美しい優子が毒牙にかけられた、と内心は察している。
「秀人様」
弔問客の相手をするよう酒井は促す。
「どうせ俺を嘲笑いに来た奴らだろ。政略結婚の失敗ご苦労さんとか腹で馬鹿にしてやがる」
「……それはまぁ、否定しませんが。奥様も寂しがっておいででしょうし、お戻り下さい」
「は、否定しないのかよ」
葬儀にやってくる多くは秀人の関係者で、優子の周りは両親を始め、姉、友人すら来ていない。ただ1人、あの男が居た。
席を立ち、秀人は徳増を見る。徳増は奥に引っ込んでしまった喪主に代わり、弔問客に対応していた。
「優子を失えば正気でいられないと思ったんだがな」
「あの方は元より正気ではありませんよ」
「はは、確かに」
笑った秀人の足元がふらつく。
「秀人様! 大丈夫ですか?」
「うるさい慌てるな、少し目眩がしただけだ」
葬儀の準備で忙しく眠れていない、言い訳を付け加える唇は色が冴えない。ここ数日、食事も満足にとっていないのだろう。
酒井は問題ないと翳された手に指輪を見付け、複雑な顔をする。
「差し出がましいお願いですが、そちらを外されては? 先方も今は事を荒らげる様子はないものの、いつ手の平を返すか分かりません」
実情はどうあれ、優子は他の男と一緒に死んだ。遺された秀人が指輪を身に付け続けるのは言い方が悪いが惨め、秀人の気質からして周囲に同情を煽る効果も得られない。
「……指輪」
じっと手元を見つめる秀人。
「どうかしましたか?」
「遺体には指輪がはめられてた」
「? はい。それで優子様と判断されたと聞いております」
優子の遺体の損傷は激しく、特に顔面での識別が困難であった。秀人は周囲が止めるにも関わらず惨状を確認したが結果は同じ、遺体が優子でないと言い切れなかった。
この破壊行動は当主が優子の美しい顔立ちに並々ならぬ執着を示したからだろうと説明をされ、着衣に見覚えもあるうえ指輪がしっかりはめてあると優子の死を否定する材料はない。
ないと諦め、違和感をいったん飲み込んだがーー
「そうだ、あの指輪は優子には大きかったはず。なんであの時気が付かなかった!」
「は?」
「式当日に調整を頼んでくるかと踏んでたが何も言って来なくて、後日調整しにいく様子もないから、てっきり気に入らないのだと思ってた」
酒井の表情がますます渋くなる。
「指輪の調整など徳増にやらせたのでは? 奥様の死を認めたくないお気持ちは察します。しかしーー」
「聞いてこよう」
言葉の途中で秀人は出ていってしまう。そこに入れ違いで使用人が入ってくると、敬吾がやってきた旨が伝えられる。
酒井は慌てて秀人の後を追いかけた。
秀人は眉間に手を当て、こんなことがあってたまるものかと踵を鳴らす。酒井は貧乏揺すりが止まらない喪主にかぶりを振っていた。
仕事に切りをつけ戻ってみればーー新妻は丸井家の当主と心中、あげく義両親と連絡が取れないとは。
「おい、どう考えてもおかしいだろ。なんでこうなる? 優子が死ぬなんて有り得ない」
「と言われましてもーーご遺体は確認されたのでしょう?」
「あんな顔が潰された状態じゃ、本人かどうか分からねぇ」
「分からなくても、こうして葬儀をしております。ここは奥様を偲ぶ場所。とにかく皆さんにご挨拶して下さい」
秀人は身に起きた出来事の整理ができないまま優子の葬儀を出すはめとなる。それというのも丸井家が圧力をかけてきたからだ。
丸井家は当主の死因を無理心中で通すそうだ。病死や事故死にしたほうが故人の尊厳が守られるだろうに、老いらくの恋の結末として公表する。
と言っても無理心中を言葉通り受け取る者は少ないだろう。なにせあの丸井家当主、神が存在するならばまともな死に方を許されるはずがなく、大方は優子に同情的。あの若くて美しい優子が毒牙にかけられた、と内心は察している。
「秀人様」
弔問客の相手をするよう酒井は促す。
「どうせ俺を嘲笑いに来た奴らだろ。政略結婚の失敗ご苦労さんとか腹で馬鹿にしてやがる」
「……それはまぁ、否定しませんが。奥様も寂しがっておいででしょうし、お戻り下さい」
「は、否定しないのかよ」
葬儀にやってくる多くは秀人の関係者で、優子の周りは両親を始め、姉、友人すら来ていない。ただ1人、あの男が居た。
席を立ち、秀人は徳増を見る。徳増は奥に引っ込んでしまった喪主に代わり、弔問客に対応していた。
「優子を失えば正気でいられないと思ったんだがな」
「あの方は元より正気ではありませんよ」
「はは、確かに」
笑った秀人の足元がふらつく。
「秀人様! 大丈夫ですか?」
「うるさい慌てるな、少し目眩がしただけだ」
葬儀の準備で忙しく眠れていない、言い訳を付け加える唇は色が冴えない。ここ数日、食事も満足にとっていないのだろう。
酒井は問題ないと翳された手に指輪を見付け、複雑な顔をする。
「差し出がましいお願いですが、そちらを外されては? 先方も今は事を荒らげる様子はないものの、いつ手の平を返すか分かりません」
実情はどうあれ、優子は他の男と一緒に死んだ。遺された秀人が指輪を身に付け続けるのは言い方が悪いが惨め、秀人の気質からして周囲に同情を煽る効果も得られない。
「……指輪」
じっと手元を見つめる秀人。
「どうかしましたか?」
「遺体には指輪がはめられてた」
「? はい。それで優子様と判断されたと聞いております」
優子の遺体の損傷は激しく、特に顔面での識別が困難であった。秀人は周囲が止めるにも関わらず惨状を確認したが結果は同じ、遺体が優子でないと言い切れなかった。
この破壊行動は当主が優子の美しい顔立ちに並々ならぬ執着を示したからだろうと説明をされ、着衣に見覚えもあるうえ指輪がしっかりはめてあると優子の死を否定する材料はない。
ないと諦め、違和感をいったん飲み込んだがーー
「そうだ、あの指輪は優子には大きかったはず。なんであの時気が付かなかった!」
「は?」
「式当日に調整を頼んでくるかと踏んでたが何も言って来なくて、後日調整しにいく様子もないから、てっきり気に入らないのだと思ってた」
酒井の表情がますます渋くなる。
「指輪の調整など徳増にやらせたのでは? 奥様の死を認めたくないお気持ちは察します。しかしーー」
「聞いてこよう」
言葉の途中で秀人は出ていってしまう。そこに入れ違いで使用人が入ってくると、敬吾がやってきた旨が伝えられる。
酒井は慌てて秀人の後を追いかけた。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
銀の騎士は異世界メイドがお気に入り
上原緒弥
恋愛
突然異世界にトリップしてしまった香穂。王城でメイドとして働きながら、元の世界に帰る方法を探していたある日、令嬢たちに大人気の騎士団長、カイルに出会う。異世界人である自分がカイルと結ばれるなんてありえない。それはわかっているのに、香穂はカイルに惹かれる心を止められない。そのうえ、彼女はカイルに最愛の婚約者がいることを知ってしまった! どうにか、彼への想いを封印しようとする香穂だが、なぜか、カイルに迫られてしまい――!?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる