上 下
83 / 120
もう誰も

しおりを挟む


「優子!」

 優子の実家では父親が連絡なく運び込まれた娘を見るなり、泣いて抱き締めた。やせ衰えた身体から大きな声を上げる。

「ああ、どうしてこんな」

 優子は父の胸へぐったり身体を預け、固く目を瞑ったまま浅い呼吸を繰り返す。頬を叩くも目覚めない。

「娘に何があったというんだ?」

「それは俺の口からは……とにかく医者にみせてやって下さい」

「誰か! 誰かいないか!」

 指示を終え、立花は名乗らず去ろうとしたが駆けつけてくる人数に足を止めた。それから屋敷内を見回す。
 病に伏せる男が侘びしく暮らしている割に手入れは行き届いており、厨房から温かな香りが漏れていた。

「娘をこんな目にあわせたのは……徳増かい?」

 父親は治療に向う娘を見守り、立花に背を向けた姿勢で静かに言う。

「何故、徳増と? 暁月かもしれませんよ?」

「いいや、少なくとも秀人くんではないだろう。彼はそんな人間じゃない」

 振り返り、立花を見据える瞳には秀人への信頼が伺える。

 なるほどね、立花は合点がいった。

 徳増は優子のためならば金に糸目はつけないだろうが、良子を殺めたよう身内などどうでもいい。現在、この屋敷は秀人の援助を受けて成り立っているのだろう。

 資金援助を条件に政略結婚をしたにしろ、かなり手厚い援助と言えよう。複数人の医者が在中し、湯を沸かす使用人の姿もある。

「彼は妻との関係も気にかけてくれてね。折を見て4人で食事をしようと手紙をくれたんだ。その矢先……それで答えてはくれないのかい?」

 立花は口を結んだまま傾げた。あの秀人が殊勝な根回しをするものだと吹き出しそうだ。

「それで? 徳増がやったのかと尋ねているんだが?」

「俺が徳増の関与を証言すると? 長らく徳増の所業を黙認してきたあなたなら、俺の答えは分かるでしょ?」

「娘をこんなにされて黙っていられるか!」

「……娘ねぇ。ちなみに長女はその食事会に呼ばないのですか? 仲間はずれは可哀想ですよ」

「っ、それは君に関係ない! 秀人くんがなんとかしてくれる」

 どうやら、父親は暁月の後ろ盾があれば徳増をどうにかできると信じているらしい。これには立花から冷たい反論が出た。

「長年家令として娘に尽くした徳増より、いい暮らしをさせてくれる暁月を選ぶんです?まぁその暁月もこれまで通りとはいかなくなるでしょうが」

「どういう意味だ?」

「4人でお食事するのはいつの話ですか?」

「? あぁ、明日だが? それが何か?」

「ということは暁月はこちらに戻っている最中か。やばいな、巻き添えは食いたくないぞ」

 立花は知りたい旨を知るなり踵をかえした。

「おい、待ちなさい!」

 静止を聞き入れず、立花は屋敷を後にする。
 庭先から窓辺を見上げ、優子を案じるみたいな表情を浮かべた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,466pt お気に入り:16,123

転生令息の飴玉達

BL / 連載中 24h.ポイント:497pt お気に入り:191

ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,670pt お気に入り:2,109

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,422pt お気に入り:2,473

憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:505pt お気に入り:134

リミットスイッチ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:149

もの狂い

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:230

処理中です...