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秘密
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わたしには秘密がある。わたしは鬼だ。
■
アラームが鳴る前に目が覚め、まだ薄暗い天井を見上げる。
喉が乾いてサイドテーブルへ手を伸ばした。
「……既読スルーか」
就寝前に送ったメッセージとスタンプに「そりゃそっか」とごち、身体を起こす。運動をしていないのに筋肉痛みたいな重さを感じる。
せっかく希望する高校に進学したものの、入学式以降の三日間を体調不良で休んでしまっていた。
きっとわたしが休んでいるうちにクラスの皆は仲良くなっただろう。出来上がった輪の中に入るのは勇気がいるものだ。ますます憂鬱になる。
「はぁ、せめて涼くんが一緒に登校してくれたらな」
壁にかけた真新しい制服を横目に窓を開けた。向かいに住む涼くんーー夏目涼くんとは幼馴染みで、クラスメートの関係。
毎朝ジョギングしている涼くんも流石に寝ているみたい。ストライプ柄のカーテンが重く引かれている。
涼くんは高校でもサッカーを続けるんだろうか。部活で忙しくなれば、わたしを構う暇はないに違いない。
ぴこん、手元の携帯が鳴る。噂をすれば涼くんから。
【今からならいい】素っ気無い了承が送信されてきた。
「起きてたんだ」
「……お前だって起きてるじゃねぇかよ」
カーテンが開かれ、独り言を拾われてしまう。スウェット姿の涼くんが眠そうに襟足を掻く。
「お、おはよう。そっちに行っても?」
「いいって送ったけど?」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ」
わたしの部屋から涼くんの部屋への移動はシンプルにジャンプする。
小さな頃からこの方法で行き来しているので慣れたもの。ただ、このところはわたしが一方的にお邪魔していた。
「今日は学校行く気か?」
入室するなり涼くんはすぐカーテンを閉めた。まるで登校して欲しくないような言い方。でも言い返したりしない。文句を飲み込む。
「うん、行きたいな。でも、グループとか出来上がっちゃってるよね? 仲に入っていけるか心配だな」
「どうせお前は俺以外のヤツと仲良くしないくせに。中学の時、クールビューティーって呼ばれてたの知ってるだろ?」
「クールビューティー?」
「誰ともつるまず、一人でも平気そうって意味だとさ」
涼くんはベッドに腰掛け、腕まくりする。血を分けて貰える合図に、わたしは喉を鳴らす。
クールビューティーと呼ばれようとどうでもいいや。そそくさと涼くんの前にしゃがむ。
「いいか? 跡が付く噛み方するなよ? 犬に噛まれたって誤魔化すのも大変なんだぞ」
ではさっそくと口を開けたところで、待て、がかかる。
「……じゃあ、見えない場所とか?」
首筋あたりはどうかとジェスチャーをすると、心底嫌な顔をされた。
「んな場所、お前に見せてたまるか。逆に自分が噛まれたらどうなんだ?」
「もし涼くんが噛みたいなら、わたしは構わないかな。涼くんだけ痛いのは不公平だし」
沈黙ーーのち、深いため息を吐かれる。
「もういい、黙って飲め」
唇に涼くんの腕が押し当てられ、すくざま歯を立てた。
わたしには秘密がある。
わたしはこんな風に人の血を飲まないと生きていけないのだ。
両親はおろか、誰にも打ち明けられない吸血行為を涼くんが引き受けてくれ、涼くん以外の血を飲んだことはない。
「涼くんの血、美味しくて甘い」
可能な限り、優しく、優しく食む。わたしの唾液には止血効果があるため、傷口は丁寧に舐めておく。
本当はもっとたくさん飲みたいけれど、吸いすぎると涼くんが怒ってしまうから。現にベッドに片手をつき、呼吸を荒くしながら充血した目で睨んでくる。
「っ、お前な、がっつき過ぎ」
「あっ」
まだ舐めていたかったが、腕を引き剥がされた。思わず名残惜しい声をあげてしまい、慌てて口を慎む。
涼くんの血のお陰で全身に力が巡る。それと同時に理性も働く。
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アラームが鳴る前に目が覚め、まだ薄暗い天井を見上げる。
喉が乾いてサイドテーブルへ手を伸ばした。
「……既読スルーか」
就寝前に送ったメッセージとスタンプに「そりゃそっか」とごち、身体を起こす。運動をしていないのに筋肉痛みたいな重さを感じる。
せっかく希望する高校に進学したものの、入学式以降の三日間を体調不良で休んでしまっていた。
きっとわたしが休んでいるうちにクラスの皆は仲良くなっただろう。出来上がった輪の中に入るのは勇気がいるものだ。ますます憂鬱になる。
「はぁ、せめて涼くんが一緒に登校してくれたらな」
壁にかけた真新しい制服を横目に窓を開けた。向かいに住む涼くんーー夏目涼くんとは幼馴染みで、クラスメートの関係。
毎朝ジョギングしている涼くんも流石に寝ているみたい。ストライプ柄のカーテンが重く引かれている。
涼くんは高校でもサッカーを続けるんだろうか。部活で忙しくなれば、わたしを構う暇はないに違いない。
ぴこん、手元の携帯が鳴る。噂をすれば涼くんから。
【今からならいい】素っ気無い了承が送信されてきた。
「起きてたんだ」
「……お前だって起きてるじゃねぇかよ」
カーテンが開かれ、独り言を拾われてしまう。スウェット姿の涼くんが眠そうに襟足を掻く。
「お、おはよう。そっちに行っても?」
「いいって送ったけど?」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ」
わたしの部屋から涼くんの部屋への移動はシンプルにジャンプする。
小さな頃からこの方法で行き来しているので慣れたもの。ただ、このところはわたしが一方的にお邪魔していた。
「今日は学校行く気か?」
入室するなり涼くんはすぐカーテンを閉めた。まるで登校して欲しくないような言い方。でも言い返したりしない。文句を飲み込む。
「うん、行きたいな。でも、グループとか出来上がっちゃってるよね? 仲に入っていけるか心配だな」
「どうせお前は俺以外のヤツと仲良くしないくせに。中学の時、クールビューティーって呼ばれてたの知ってるだろ?」
「クールビューティー?」
「誰ともつるまず、一人でも平気そうって意味だとさ」
涼くんはベッドに腰掛け、腕まくりする。血を分けて貰える合図に、わたしは喉を鳴らす。
クールビューティーと呼ばれようとどうでもいいや。そそくさと涼くんの前にしゃがむ。
「いいか? 跡が付く噛み方するなよ? 犬に噛まれたって誤魔化すのも大変なんだぞ」
ではさっそくと口を開けたところで、待て、がかかる。
「……じゃあ、見えない場所とか?」
首筋あたりはどうかとジェスチャーをすると、心底嫌な顔をされた。
「んな場所、お前に見せてたまるか。逆に自分が噛まれたらどうなんだ?」
「もし涼くんが噛みたいなら、わたしは構わないかな。涼くんだけ痛いのは不公平だし」
沈黙ーーのち、深いため息を吐かれる。
「もういい、黙って飲め」
唇に涼くんの腕が押し当てられ、すくざま歯を立てた。
わたしには秘密がある。
わたしはこんな風に人の血を飲まないと生きていけないのだ。
両親はおろか、誰にも打ち明けられない吸血行為を涼くんが引き受けてくれ、涼くん以外の血を飲んだことはない。
「涼くんの血、美味しくて甘い」
可能な限り、優しく、優しく食む。わたしの唾液には止血効果があるため、傷口は丁寧に舐めておく。
本当はもっとたくさん飲みたいけれど、吸いすぎると涼くんが怒ってしまうから。現にベッドに片手をつき、呼吸を荒くしながら充血した目で睨んでくる。
「っ、お前な、がっつき過ぎ」
「あっ」
まだ舐めていたかったが、腕を引き剥がされた。思わず名残惜しい声をあげてしまい、慌てて口を慎む。
涼くんの血のお陰で全身に力が巡る。それと同時に理性も働く。
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