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恋なんかしない

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「脅しているんじゃない、秘密を共有したい」

「共有って」

「人間の血を欲し、飲むという意味だって分かってるくせに。素直に認めてくれないかな? 僕は数値や言葉で納得させたくない」

 四季さんはわたしにかなり好意的だ。しかしながら長年ひた隠しにしてきた秘密を打ち明けるに値するか、まだ判断できない。
 その一方でわたしの中の私と表現するが、四鬼さんの言葉を待ち侘びていたように胸を締め付けてくる。

「でも、すいません、どうしたら良いか分かりません」

 これでは半ば血を飲んでいると自白しているようなもの。それでも本心だった。

「ううん、謝るのは僕。本当はお互いの理解を丁寧に深められるのが理想なんだけど、そうしてあげられない理由が山盛りで」

 歩み寄ってきたかと思えば身構えたままのわたしを通り過ぎ、四鬼さんは前方へ厳しい眼差しを向ける。

「例えば理由そのいち。はぐれた元同士が僕の花嫁を襲おうとする」

 振り返るとスーツ姿の男性がこちらへ近付いてきていて、ふらふらした足取りは酔っ払っているみたい。

「桜子ちゃんは危ないから動かないでね。それと柊を呼んでくれないかな?」

 コールし始めた状態の携帯電話を渡し、四鬼さんが腕や足のストレッチをする。

「あれって?」

 驚くことに男性がわたしの携帯電話を所持しており、もうひとつの電話から応答を求められる。

「ーーもしもし? 千秋様どうかしましたか? もしもし?」

 真っ先に男性と取っ組み合いをしているという緊急事態を伝えなければならないのに、わたしは他を口にしてしまう。

「なんで、わたしの携帯を持っているの?」

「? ひょっとして浅見さんですか?」

「お祖母ちゃんの姿をした【鬼】に奪われたはずなのに。どうして?」

「鬼? 浅見さん! 何が起きてるんですか? 今どちらに? 千秋様は?」

 男性が隙きをつき形勢が逆転。頭を強く打つ四鬼さんのガードは緩み、首へ手を回されてしまった。
 男性は真っ赤な目を見開き、躊躇なく締め上げる。

「さ、桜子ちゃん逃げて! 早く!」

 四鬼さんは苦悶の表情で訴えてきた。男性をなんとか剥がそうとするも怪我しないよう加減する為か、上手くいかない様子だ。

「やめてーーやめて!」

 四鬼さんと本気で襲う男性との対比がわたしの中の私を動かす。
 四鬼さんをこのままにしておけない、四鬼さんを助けなきゃ。

「こっちに来ては駄目だ! いいから逃げて! 僕は大丈夫だから」

 制止をきかず、足を進めた。

 その方を私から奪わないで、傷付けないでと歩幅が大きくなるがパンプスのせいで道路がぐらつく。しかも水中を歩くのと似ている重みも纏わりつく。

 それでも早く四鬼さんの元に行かないと。ぐっと踏ん張り、気合と共に私が怒鳴った。

「彼を傷付けたりしたら許さない!」

 すると、なんと一瞬で景色の歪みが矯正された。しかめ男性はあっさり四鬼さんから降り深々と頭を下げる。

「分かればいいの。私を怒らせないで」

 わたしの意思に反し私が喋り続け、高圧的な話し方は男性を更に萎縮させた。額に大量の汗が浮かび、私に怯えている。
 片膝をつき、男性の汗をハンカチで拭う。拭いても拭いても汗が出てきて、これは恐れからくる生理現象なんだろう。

 男性はついには地面へ頭を擦りつけた。

「お赦し下さい! 鬼姫様!」

 わたしの中の私は謝罪され、くすくす笑う。鈴の音を鳴らしたみたいな笑い声は無邪気だ。

「ですって? どうしましょうか?」

 半身を起こし様子を伺う四鬼さんに結論を委ねる。
 
 仮に四鬼さんが許さないと答えれば、私はこの男性を消すのだろう。どんな物騒な方法かは知らないけれど、そうすると思われる。またそうする事が出来るのだけは分かる。
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