約束された結婚ーー鬼の花嫁は初恋相手と運命の相手に求婚される

八千古嶋コノチカ

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一族会議

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 シートベルトを外して先生がこちらへ身を乗り出す。髪を一房手に取り、毛先を指に絡める。
 カチコチ、先生の腕時計とわたしの緊張が重なった。

「一族の決まりで言えば、私もあなたを花嫁にできるのです。あなたが千秋様を選べば泣く者も少なくない。私を選ぶと誰も傷付かないし夏目君と関係してもいいですよ。如何でしょう?」

「何を言ってるんですか?」

 如何もなにも意味不明だ。急接近に身を捩った。けれど顎を掴まれて戻される。

「取引条件を申し上げているんです」

 笑みを貼り付けた美しい顔から目が反らせず、息を呑む。感情が凪いで読み取れない瞳が細められる。

「せ、先生、やめて」

 ほぼ吐息の困惑が吐き出された。一体何を取引するのか検討がつかないが、間違いなくわたしに不利な条件な気がする。

「ふふ、先生、か。この状況で呼ばれるといけない真似をしているみたいだ。はい、やめましょう」

 これで諦めたかと思いきや、言葉は続く。

「頭の片隅に今の選択肢を入れておいて欲しいのです。私などにあなたを愛する資格はありません。しかしながら花嫁にする権利を持っていると。私ならば逃げ道を作って差し上げる事が出来ます」

 補足されても意図は掴めない。しかし先生は伝えて満足したらしく、運転を再開する。

 ほどなくして四鬼さんが待つお屋敷に着いたのだった。



 四鬼さんが待つ場所はお屋敷と呼ぶに相応しい佇まいで、番人がつく立派な門を潜り到着すると後部座席を開けてくれた。

「いらっしゃいませ」

 ドアマンまで配備され、まるでホテル。深々と頭を下げる彼は鞄を渡すよう促すが遠慮しておく。

 柊先生は伸びをしつつ降りてきて車のキーを別の人へ預けていた。他にも出迎える人はいて、いらっしゃいませ、お待ちしておりましたと口々に言われる。

「他にも誰か、来るんですか?」

「当主と千秋様、それと2、3人です。一族でも立場がある人が揃うので仰々しいですが気にしないで下さい。こちらへーー」

 とその時、ツカツカ靴音をさせて気配が近付いてきた。振り返った先生が顔色を変えたのでわたしも見てみる。

 そこには白い制服ーー鬼月学園の制服を着た美少女が立っていた。少女の登場に周囲が一斉に警戒し、わたしは先生の後ろへ移動する。

「美雪、ここに来てはいけないと言っただろう? 何をしに来たんだい?」

「お兄ちゃんには用はないわ。千秋とそこに隠した子に話があるの」

「帰りなさい。千秋様は美雪と個人的にはお会いにならないと仰っている。許可なく四鬼の屋敷に来ては行けないよ、もう美雪は花嫁候補じゃないんだからね」

 帰りなさい、先生はもう一度伝えた。

 美雪と呼ばれる少女とはバス停で会ったことがあり、柊先生の妹らしい。わたしにしたら奇妙な偶然でも向こうは違う様子だ。先生越しに鋭い視線を送られる。

「その子が花嫁だなんて納得出来ない! お兄ちゃんだってあたしが千秋の為にどれだけ努力してたか知ってるよね? 辛い花嫁修行も頑張った。いきなり婚約破棄されるなんてひどいじゃない!」

「気持ちは分かるよ。でもな……」

「全然分かってないよ! 誰も好きにならないお兄ちゃんにあたしの気持ちは分かるはずない!」

 美雪さんの憤った声に先生は拳を握り、悔しそうだ。

 ドアマンが美雪さんを場から離そうと動けば癇癪と共に振り払われてしまった。パシンッと乾いた音が響く。

「乱暴はよしなさい! ワガママ言うのなら警備員を呼ぶぞ。いいから早く帰りなさい」

「ひっくーー」

 ついに美雪さんは泣いてしまう。しかし先生の態度は硬化したまま、引き続き追い払おうとする。

「いい子だから帰りなさい。私が送っていくから」

「……浅見さんって言ったかしら? 千秋が好き? 四鬼のお金や権威が目的じゃなくて? 千秋をちゃんと好きなの?」

 美雪さんは先生を無視し、わたしに詰め寄ってきた。

「やめるんだ、美雪!」

「あたしは千秋が好き! 本当に好き! 千秋のお嫁さんになるのが夢なの! 千秋を返して!」

「いい加減にしなさい!」

「嫌よ! 離して! お兄ちゃんまでこの子の味方をする訳?」

 先生は強制的に連れ出そうとする。羽交い締めにされた美雪さんの悲痛な叫びが先生の表情を曇らせた。

「あなたは千秋に相応しくない! あたしの方が千秋をずっと好きで、大切にしてる! あなたなんかに渡さない!」

 美雪さんは目に涙を一杯溜め、睨みつけてくる。
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