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一族会議

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 突然私から涼くんの名前が出てきて、沈みかけていた思考が浮上する。しかし、意識の主導権を奪われまいと私がわたしを抑え、声が出せない。

「ご明察です。鬼姫様」

 後ろから拍手が響く。

「お前も来たの?」

「もちろんです。私も鬼姫様をお守りする家の者ですからね」

 柊先生だ。シャツを捲ったスタイルに、美雪さんを送り届けた際の手こずりが察せられる。

「皆さん、暑くありません? 鬼姫様からは私達を服従させる香りーーフェロモンが出ています。まともに対峙したら数分で気絶するのでお気をつけ下さいね」

 窓を開け、充満していた威圧感を放つ。

「は、はぁ」

 隣の四鬼さんも大きく息を吐き、新鮮な空気を求めた。

「服従させる? 言い掛かりはよして。これもお前の差金?」

「お前ではなく柊です、鬼姫様」

 私はカップを掲げ、残った中身をゆらゆら波立たせ不機嫌を表す。

「そちらは鬼姫様をお招きするお茶。浅見さんの身体には害のない成分ですので安心して下さい」

「信じられない」

「私も鬼です。敬愛する鬼姫様に嘘などつきません」

 先生自ら飲んで証明する。優雅にお茶を飲む振る舞いは余裕すら感じ、私と対等に向き合う。それが不快でたまらない私はますます苛立ちを募らせた。

「睨まないで下さい。きちんと成り行きをお話しますので」

「手短にして。お前はどうも癇に障るの」

「はは、随分と嫌われてしまいましたね。私達は夏目涼君の成長を見守ってます。彼は四鬼病院の整形外科へ通い、経過観察は容易。鬼の力が目覚めていないか定期的に検査をして今現在もしる次第です」

 先生の説明に私が資料を広げる。
 当主達は涼くんの件を承知しているのか、話の腰を折ることはせず耳を傾けていた。

 私の目を介し資料を読み込むとクリアに映り、涼くんが貧血に悩まされている記述がある。わたしと似通った症状を起こしていたなんて初耳だ。

「夏目君の貧血は鬼姫による吸血が原因、これは盲点でしたよ。探し求めた鬼姫様が裏切り者の側に居るとはーー灯台もと暗し、と言うのでしょうか?」

「私がその裏切り者の血を飲み、生き長らえたのだと侮辱するの?」

「いいえ、鬼の稀有な力を否定する夏目家など喰らい尽くせばいい。それに夏目君が普通の人間であったなら亡くなっていたと思われます。薄くとも鬼の血が流れていたからこそ、これまで鬼姫様の食料になれたのです」

 涼くんを食料と言いのけた先生に当主が便乗した。

「所詮、人は食料でしかない。夏目涼とやらも鬼姫様の糧となるのも縁だろう。鬼姫様、どうぞ今日からは千秋を召し上がって下さい。鬼は異性の血を欲しますが、鬼姫様の場合は花婿の血が馴染みましょう」

 指名される四鬼さんはびくりと肩を震わせつつ、ぎこちなく頷く。

「僕等は血を吸われるには慣れていない。鬼姫以外に女性の鬼がいないから。でも、君の為ならば血を捧げよう。夏目君の血を飲むのは止めた方がいい、彼を鬼にしたくないよね?」

 私は四鬼さんの顔ではなく首元を見詰め、喉の動きを追う。

「私も夏目君の血を引き続き摂取するのはお勧めしません。眠った鬼の力を呼び起こす可能性が高く、そうなれば一族の均衡が崩れます。夏目君が鬼になったら浅見さんは責任をとって花婿とするでしょう」

「柊! お前は何を言うんだ! 冗談じゃないぞ!」

「鬼姫様は四鬼家に嫁ぎ、強い鬼の子を産むと約束されている! 妹が嫁げなかった腹いせはやめたまえ!」

 春野、秋里の両人が異議を唱える。
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