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失った初恋

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「起きた?」

 目に涙を一杯溜めて、わたしは目覚めた。保健室の天井が滲む。

「悲しい夢を見ていたのかな?」

 ベッド脇で雑誌を読んでいた四鬼さん。目隠しは外され、制服の乱れも直してあった。

「初恋を無くした夢を、見てました」

「……そう、それは悲しいね。相手は夏目君かな?」

 四鬼さんの優しい声に涙が溢れる。仰向けのまま目元を覆う。

「初恋は実らないとも言われる。早くキレイで甘酸っぱい過去にしようか」

「四鬼さんの初恋は?」

「君だよ。あぁ、実らないのは困るな」

「わたし、ですか?」

「信じてくれないだろうけど、桜子ちゃんが初恋だ」

 身体を起こすと四鬼さんが両手を広げた。わたしはゆっくり彼へ半身を預けて泣く。素直に頼れば何処までも甘やかしてくれそう。

「柊先生にキスマーク付けられました」

「あぁ、見た。次あったら殺しておくーーって言うのは言葉のあやで、やっぱり殺しておく」

「え、こ、殺さないで下さいね? ほんの少しですが先生の気持ちが分かるんです。柊先生の恋人は人だったと聞きました」

 四鬼さんはギュッと抱き寄せる力で話題に反応する。

「先生、わたしと涼くんの関係に苛立ったんじゃないかと思うんです」

「君は夏目君を鬼にしたくないんでしょ? なら柊とは結末が違う」

 包容からは優しさしか香らない。わたしを案じて労り、ひたすらに甘い。

「今、何時ですか? 四鬼さん、授業は出なくて大丈夫ですか?」

 言いつつ、身は委ねたまま。四鬼さんのシャツに涙が次から次へと染み込む。


「僕は桜子ちゃんがいちばん。大事な人が泣いてるのに何処にも行かないよ」

 背中を擦られれば、ますます弱音が漏れてしまう。

「なんて言いながら別の子と仲良くしたり、付き合ったりするんじゃないですか? 涼くんもわたしが好きだって言った次の日には高橋さんとーーっ」

 頭を振る。言葉にすらしたくない。

「舌の根が乾かぬうちにってやつ、なら桜子ちゃんは僕と正式に付き合えばいい。夏目君を取られて寂しいんでしょう? 慰めてあげる」

「わたしは別にそういうつもりで言ったんじゃなくて!」

「慰めてあげるだけだよ。キスはしたいけど我慢する。それ以上も当然したいけど我慢する。君がいいよって言ってくれるまでお預けでいい。だから付き合おう?」

「付き合うって、そういうのじゃないと思いますけど」

「どういうのだっていいじゃん。彼氏なら彼女を甘やかして当然、彼女が彼氏に甘えるのは当たり前になる。ね? 付き合おう?」

 居心地がいい。離れなきゃいけないのに離れられないな。このまま甘やかされてみたくなる。

「桜子ちゃん、僕と付き合ってください」

 耳元で囁かれ、顔を上げた。
 キレイで華やかで芸能人みたいな四鬼さん。一族の命でわたしと結婚する節は否定しきれないが、同じ鬼であり、良き理解者となってくれるはず。

「わたしでいいんですか?」

「君しかいらないよ。君じゃなきゃ駄目だ」

 今すぐは無理でも四鬼さんを好きになりたい。好きになれそう。きっとそれがいい。
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