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【キアラ編】魔女の呪いを受けた少女

再会

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「あいよ、これで元通りだよ」

 切られた騎士の足が元に戻る。
 なんとそれをやってのけたのが、いつもナスを分けてくれるおばさんだったことに洋一は動揺を隠せない。

「あんた、ギルバートさんに感謝するんだよ? こんなに綺麗な断面だからここまで綺麗にくっつけられたんだからね?」

 感謝しようにも、騎士は失神中である。
 寝ているのを不満そうに傷口を強く叩き、うまく動かせなくなった口の治療を施す。
 こっちの治療は難しかったのだろう、それともわざとか?
 とても表を歩ける顔ではなくなっていた。
 喋っても口の中でモゴモゴさせるだけで、これでは相手に何も伝わらないだろう。

「重ね重ね感謝する。何も与えてやれてないのに、奪う真似ばかりしてすまない」
「口ではなんとでも言えますな。それで、どうするのです?」

 ギルバートは再び問うた。
 ネタキリーに、今後どう立ち回るかを。

「どうするとは?」
「妹さんの処遇です。連れ帰るか、それともここに預けておくか。街での暮らしはさぞ大変でしょう」

 大変どころではない。
 ただでさえ黒髪は不吉の象徴。
 そんな噂を信じている人に見つかれば終わりだ。
 今度こそ命はないと断言できる。
 聞けば、黒い髪なのはキアラだけで母親も弟も普通の茶髪なのだという。

「妹は、ここで幸せに暮らしているのか?」
「ええ。ここでは能力による格差も、生まれの格差も、髪の色すらも受け入れて暮らす場所。その代わり、働かざる者食うべからずな過酷な環境でもあります」
「妹はもう働いているのか?」
「ええ、大したもんですよ。畑作りに、パン作りに、大忙しです」
「そうか……そうか……」

 守るべきと誓った兄は、騎士団に駆り出されたまま家に帰ることはなかったという。
 お金と薬を家に送って、それで帰ってくる手紙にてキアラの症状を見定めていたようだ。
 そのためにコネを使ってあらゆる仕事を請け負ったのだという。

「よかったら彼女の作ったパンを持っていってください」
「良いのか? それは徴収に当たるのではないか?」
「家族であるなら話は別ですよ。その代わり、キアラのお母さんや弟のことは頼みます。彼女はいつも家族の幸せを願っています」
「当たり前だ、あなたに頼まれずともそれは私の仕事である」
「そうですか。ではヨルダ」
「なーに?」
「この子は?」
「元あなたの部隊にいた騎士の1人です」
「何を言う、我々は高潔なる騎士の部隊。女子供を隊に入れるだなんて真似……待て、本当に我が部隊にいたのか?」

 今のヨルダの姿はすっかり肉付きの良くなった女の子そのものだ。
 だからネタキリーが見間違えるのも無理はない。
 拾った当時は結構痩せ細っていたからな。

「所属を問おう」
「第四騎士団、配給部。ヨルダ下級騎士であります!」
「そうか。なぜここに?」
「上級騎士に囮にされ、ジェミニウルフの群れの只中に置き去りにされました」
「そんな報告は聞いておらん」
「言うわけないじゃん。あいつら、オレたちの仕事を自分たちの成果として報告してたし。そんで自分がサボってるツケをオレたちに回すんだ」
「そうそう」

 同意するルディに、ネタキリーは再び眉を顰める。

「まさかこの子もうちの部隊にいたと言うのではないだろうな?」
「第四騎士団、世話係、ルディ下級騎士であります!」
「OH」

 ネタキリーが顔に両手を当ててその場にうずくまった。
 よもや神聖な騎士団に2人の女子が混ざっていたことに今の今まで気づかないでいたとは……

「まぁ、無理もないですよ。俺だって拾った当時は男の子だと思ってましたし」
「随分と見違えたな」
「飯が美味かったのはでかいな」
「本当、お師匠様のご飯は街で出されてる屋台のどれよりも美味しいんで」
「中央都市のレストランのメニューが霞んで見えるほどなんだよなー」
「待ってくれ、君……どこでそんな情報を……いや、その髪色は、まさか!」
「あんまり詳しく聞けば、あんたの首が吹っ飛ぶから聞かない方がいーぜ?」
「そのようだ」

 ヨルダはネタキリーにそっと釘を刺した。
 そして従順に従う。
 お貴族様だとは聞いていたが、騎士団に物申せるるほどの権力を持っていたのか。
 じゃあなんでそんな人の下っぱになんかなってたんだ?
 ますますわからん。

「なぁ、髪色ってなんだ? 蜂蜜みたいで綺麗以外にあるか?」
「あなたは本当にその意味をわからないのか? この世界の歴史において、最古の……!」

 全くこの世界の歴史に無理解な洋一に、ネタキリーは正気か? と言いたげだ。

「こう言う人なんだよ。だからオレたち居心地がいいんだ」
「そうそう」
「だからさ、キアラも懐いてる」
「むしろ一緒にお風呂入る仲だよね?」

 おいこら、それは余計な情報だ。
 洋一は口が滑ったルディに何か物申そうと肩を掴むが。
 それよりも早く剣呑な気配を漂わせるネタキリーに捕まった。

「ど・う・い・う・こ・と・か・な?」
「待て待て待て、あれは不可抗力なんだ!」
「つまり、一緒に風呂に入ったと言うのは本当なんだな、そこに直れい、その素っ首貰い叩き切ってくれる!」

 先ほどギルバートに向けて放った殺気が可愛く見えるほどの暴風が洋一に叩き込まれる。

「チェストーーーーーーーーー!」

 腐っても騎士団長か。
 その威圧や殺気はジェミニウルフにも劣らない。
 騎士団員を捨ておけば、この人単体でも屠ってみせるだろう。

「やめて! お父さんをいじめないで!」

 そんなネタキリーと洋一の間に割って入ったのは、先ほどまで洋一に言われて身を隠していたキアラであった。
 いつまで経っても大丈夫だよと言いにこない洋一が心配になって出てきたのである。

「ダメだ、キアラ。隠れてるんだ」
「でも、お父さん殺されちゃう! いやだよ、もう誰も傷ついてほしくない!」
「違うんだ、キアラ、お兄ちゃんは……」
「私にお兄ちゃんなんていない! 帰って! お父さんをいじめる人なんて大っ嫌い!」

 それは、初めて聞くキアラの感情のこもった大声だった。
 普段はあまり喋らない、無口な子が。
 洋一がピンチの時になってようやく本心を語ったのだ。

 問題はその相手が実の兄であることくらいか。
 ショックが大きすぎて微動だに出来ていない。

「お父さん、勝手にでてっちゃダメだよ?」
「お、おい。まだ話は終わってなくて……」
「ダメですー、お父さんには私を宥めるお仕事があるんですー」
「す、すまん。続きは明日でいいか?」

 洋一はキアラに強引に背中を押され、水車小屋へ帰っていく。
 為す術もないとはこのことか。
 力で無理やり振り解くことは可能ではあるが、それをしたら彼女がどう出るかは分かり切っている。
 だからこそできないのを計算し尽くしての行動なのだ。

 ずっと親愛以上の何かを感じ取っていたが、まさか父親のように思われていたなどとは思わない洋一だった。
 
「あーあ、嫌われちゃったな? おにーいちゃん?」
「やめなよ、ヨルダ。傷口に塩を塗り込む真似は」
「えーだってこれは自業自得じゃん。命の恩人に剣を向けられたんだぜ? そりゃ怒るよ。オレだってキレる」
「そりゃ、擁護のしようもないけどさ」

 元騎士団員のヨルダとルディはこれ幸いとばかりにボロクソにネタキリーを詰った。

「ま、元気だしなよ兄ちゃん。あんたにはこれからも馬車馬のように働いてもらわなきゃいけないし」
「一体、これ以上私に何をさせるつもりだ?」
「そりゃ、今後一切この村に手出ししないように騎士団員に言って聞かせるくらいに偉くなってもらうのさ」
「まぁ、それくらいしないとキアラは心を開いてくれないかもね?」
「友好度は0からマイナスに振り切っちゃったしなー?」
「まぁ、今後も活躍を期待してますね? 元団長?」

 その日、ネタキリーは村の端で野営を行った。
 しかし村中に水路が行き届いていて、用意された干し肉とパンの提供があったので宿にこそ泊まれぬがそれなりにいい夜を過ごせた。
 魔の森の暮らしに比べれば雲泥の差である。

 何よりも高い壁が魔獣の侵入を防いでくれるのが心強いとさえ感じる。

「我々は、考え直すべきなのかも知れぬな」
「しかし、国の連中が賛同してくれるでしょうか?」
「してもらうのではない、させるのだ。そうあるべきように軍備を強化する必要がある」

 ネタキリーに意見を問うたのは足を首切り落とされた騎士だった。

 自分の力は平民以上だと驕っており、それに劣る農奴などいたぶるためのおもちゃぐらいにしか思ってなかった。
 しかし蓋を開ければ手痛い反撃を喰らい、まるで生まれ変わったように性格を逆転させていた。

「ついてきてくれるか?」
「厳しい道になるでしょうな」
「それでもやり遂げねばならん」
「それで妹さんの機嫌が治ってくれればいいんですがね?」
「そればかりは時間が解決してくれることを祈るさ」

 これ以上拗れなければいい。そう言いつつもどこか寂しげな横顔を浮かべるネタキリーだった。
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