14 / 47
序章 兄弟
アルフレッド、藪を突く
しおりを挟む
「おぼっちゃま、生きておられますか?」
「なんとか……」
どれほど眠っていたか?
それすらもわからぬくらいの昏睡状態。
起きあがろうとする体力もなく、覗き込むサリィの顔も何処か痩せこけていた。
「お互いにひどい顔だな。まさかあんなことになるなんて」
手前に置かれた手鏡がアルフレッドを写す。
そこにあるのは自身の面影を辛うじて残す病人のそれだった。
「何事も経験、と高明な学者様はおっしゃいますけど。今後はキノコの危険度を考えなければなりませんね」
「そのようだ」
「起き上がれます?」
「難しいな」
追い出された時よりも貧弱になった腕を上げ、ちょっと寝込む必要があるとアルフレッドは感じた。
「職能の方は動かせますでしょうか?」
「可能だが……わざわざ聞いてくるということは何かあったか?」
「水瓶の水が抜けていましたので」
「まさか意識混濁中は僕の才能が繋がらない?」
寝ていた時も動いていたと思っていたが、案外融通が利かないな。それはさておき、とアルフレッドは<アナザーキングダム>を開く。
「本当だ。リンクが切れていたようだ。命令は……出せるな。水瓶の様子はどう?」
「復活しました! ありがとうございます、おぼっちゃま」
サリィは自分の身体を動かすのもやっとだろうに、アルフレッドにご飯を食べさせるべく動き出す。
ここ数日ですっかり埃が積もった室内を見渡し、アルフレッドは<アナザーキングダム>からパンの実を取り出して頬張った。
「おぼっちゃま、スープをお持ちいたしました」
「悪いね。こんなに柔らかいパンなのに、噛む力が弱いのか満足に飲み込めないところだった」
「でしょうと思って急いで作り上げてきました。極上キノコのスープ、単品で飲むのは初めてでしたよね?」
つい最近、それで食中毒に遭ったばかりである。
それに再度チャレンジするのか? とアルフレッドはサリィにじとっとした視線を送った。
「味見はもちろんいたしました。その上で問題なかったのでお持ちしました。あまりのおいしさにほっぺたが落ちるほどですよぉ!」
いつになく饒舌なサリィに丸め込められて、アルフレッドはサリィにスープを飲ませてもらう。
「あ、美味しい。なんかホッとする味だね」
「でしょう? あと引く味で思わず何度もお代わりをしたほどです!」
上機嫌なサリィに、自分の分のおかわりがあるのか心配になった。
その日はゆっくり身体を休める事にした。
すっかり傷の方は治ったが、食あたりの後遺症ですっかり手足が痩せ細ってしまったのが気にかかる。
と、そこへ小さな影が近寄ってくるのに気がついた。アルフレッドは寝たふりをして、様子を見る。
丁度ベッドの横にある窓辺に、屋敷から持って来たのであろう、すっかり冷めたパンと僅かな干し肉がお盆の上に乗せられていた。
わざわざこんな場所まで誰が届けてきてくれたのか?
正直間に合っているが、その気持ちがありがたかった。
小さな影が遠ざかっていくまで寝たふりをしたアルフレッドは、サリィの近づいてくる気配にゆっくりと身を起こした。
「おぼっちゃま、起きていて大丈夫なんですか?」
「小さなお客様が来ていたみたいなんだ。ほら」
アルフレッドは窓辺に置かれたお盆を指差す。
「小さな? 私達は侯爵家から見放されたはずでは。もしかして毒が仕込んであるんじゃないでしょうか」
「その可能性もあるが、僕たちの味方かもしれないよ? 向こうの思惑がわかるまでは当分は泳がせておこうよ。こっちのパンも久しぶりだ。これで何か料理を作ってくれる?」
「お預かりいたします。毒味はさせていただきますからね?」
「勿論、いつも悪いね。サリィ」
「その為のメイドにございます」
侯爵家のメイドは基本スペックの高さが挙げられる。
身体強化は勿論、毒の耐性の他にテーブルマナー、貴族の従者として不足ない行いが求められるのだ。
それさえできれば生まれを問わない。
それがスグエンキル侯爵家の人事だった。
「毒は入っていないようでしたので、スライスしてラスクにさせていただきました。木苺で作ったジャムと一緒にお召し上がりください」
「わっありがとう」
「お飲み物はおぼっちゃまが貿易で入手してくださった茶葉でお入れしました。随分と高貴な味がしましたわ。お高かったんじゃないでしょうか?」
「どうだろうね? 手放したのは極上キノコだったけど、その茶葉が気に入ったのならいくつか入荷しておくよ?」
「ではもう一缶程手にいただければ」
「それっぽっちでいいの? もっとたくさん交換できるけど」
「保管場所の問題にございます」
「ああ、ね」
アルフレッドはこのオンボロ屋敷の間取り図を思い出し、乾いた感想が口をついて出る。
大量に購入したところで置く場所の問題がある。
食事の充実よりも先に、住む場所の利便性、安全性の確保が先だと思い知らされた。
「何もない状態から、貴族の暮らしに戻るにはあまりにも遠い道のりでございますが……」
「そこは追々埋めておこう。僕が回復するまでは周辺の木々の位置を変えて陽が入るようにして。後は屋敷の立て直しかな?」
「可能なのですか?」
「それを可能にする為の貿易だ。僕の方でも余らせてる木材を加工する建築資材を手に入れる術を整えるよ。でもその前に」
アルフレッドは<アナザーキングダム>から一本の花を取り出してお盆の上に置いた。
「それは?」
「せめてものお礼だよ。こんな何もないところだからさ、そこらへんに生えてる花をあげても不思議じゃないだろ?」
「おぼっちゃまの事ですから、もっと凄いものをお出しするかと思いました」
「ははは」
「随分と棒読みですけど……まさか、もしかするともしかするのですか?」
「この返礼品をどう受け取るかで相手の狙いを見極める」
アルフレッドの返礼品は、貴重な薬品の素材の一つであった。
それをただの花と受け取るかどうかで、相手がこちらに何を求めているのかを探ると言い切ったアルフレッドに、サリィはやっぱりすごいお方だと改めて感心した。
「なんとか……」
どれほど眠っていたか?
それすらもわからぬくらいの昏睡状態。
起きあがろうとする体力もなく、覗き込むサリィの顔も何処か痩せこけていた。
「お互いにひどい顔だな。まさかあんなことになるなんて」
手前に置かれた手鏡がアルフレッドを写す。
そこにあるのは自身の面影を辛うじて残す病人のそれだった。
「何事も経験、と高明な学者様はおっしゃいますけど。今後はキノコの危険度を考えなければなりませんね」
「そのようだ」
「起き上がれます?」
「難しいな」
追い出された時よりも貧弱になった腕を上げ、ちょっと寝込む必要があるとアルフレッドは感じた。
「職能の方は動かせますでしょうか?」
「可能だが……わざわざ聞いてくるということは何かあったか?」
「水瓶の水が抜けていましたので」
「まさか意識混濁中は僕の才能が繋がらない?」
寝ていた時も動いていたと思っていたが、案外融通が利かないな。それはさておき、とアルフレッドは<アナザーキングダム>を開く。
「本当だ。リンクが切れていたようだ。命令は……出せるな。水瓶の様子はどう?」
「復活しました! ありがとうございます、おぼっちゃま」
サリィは自分の身体を動かすのもやっとだろうに、アルフレッドにご飯を食べさせるべく動き出す。
ここ数日ですっかり埃が積もった室内を見渡し、アルフレッドは<アナザーキングダム>からパンの実を取り出して頬張った。
「おぼっちゃま、スープをお持ちいたしました」
「悪いね。こんなに柔らかいパンなのに、噛む力が弱いのか満足に飲み込めないところだった」
「でしょうと思って急いで作り上げてきました。極上キノコのスープ、単品で飲むのは初めてでしたよね?」
つい最近、それで食中毒に遭ったばかりである。
それに再度チャレンジするのか? とアルフレッドはサリィにじとっとした視線を送った。
「味見はもちろんいたしました。その上で問題なかったのでお持ちしました。あまりのおいしさにほっぺたが落ちるほどですよぉ!」
いつになく饒舌なサリィに丸め込められて、アルフレッドはサリィにスープを飲ませてもらう。
「あ、美味しい。なんかホッとする味だね」
「でしょう? あと引く味で思わず何度もお代わりをしたほどです!」
上機嫌なサリィに、自分の分のおかわりがあるのか心配になった。
その日はゆっくり身体を休める事にした。
すっかり傷の方は治ったが、食あたりの後遺症ですっかり手足が痩せ細ってしまったのが気にかかる。
と、そこへ小さな影が近寄ってくるのに気がついた。アルフレッドは寝たふりをして、様子を見る。
丁度ベッドの横にある窓辺に、屋敷から持って来たのであろう、すっかり冷めたパンと僅かな干し肉がお盆の上に乗せられていた。
わざわざこんな場所まで誰が届けてきてくれたのか?
正直間に合っているが、その気持ちがありがたかった。
小さな影が遠ざかっていくまで寝たふりをしたアルフレッドは、サリィの近づいてくる気配にゆっくりと身を起こした。
「おぼっちゃま、起きていて大丈夫なんですか?」
「小さなお客様が来ていたみたいなんだ。ほら」
アルフレッドは窓辺に置かれたお盆を指差す。
「小さな? 私達は侯爵家から見放されたはずでは。もしかして毒が仕込んであるんじゃないでしょうか」
「その可能性もあるが、僕たちの味方かもしれないよ? 向こうの思惑がわかるまでは当分は泳がせておこうよ。こっちのパンも久しぶりだ。これで何か料理を作ってくれる?」
「お預かりいたします。毒味はさせていただきますからね?」
「勿論、いつも悪いね。サリィ」
「その為のメイドにございます」
侯爵家のメイドは基本スペックの高さが挙げられる。
身体強化は勿論、毒の耐性の他にテーブルマナー、貴族の従者として不足ない行いが求められるのだ。
それさえできれば生まれを問わない。
それがスグエンキル侯爵家の人事だった。
「毒は入っていないようでしたので、スライスしてラスクにさせていただきました。木苺で作ったジャムと一緒にお召し上がりください」
「わっありがとう」
「お飲み物はおぼっちゃまが貿易で入手してくださった茶葉でお入れしました。随分と高貴な味がしましたわ。お高かったんじゃないでしょうか?」
「どうだろうね? 手放したのは極上キノコだったけど、その茶葉が気に入ったのならいくつか入荷しておくよ?」
「ではもう一缶程手にいただければ」
「それっぽっちでいいの? もっとたくさん交換できるけど」
「保管場所の問題にございます」
「ああ、ね」
アルフレッドはこのオンボロ屋敷の間取り図を思い出し、乾いた感想が口をついて出る。
大量に購入したところで置く場所の問題がある。
食事の充実よりも先に、住む場所の利便性、安全性の確保が先だと思い知らされた。
「何もない状態から、貴族の暮らしに戻るにはあまりにも遠い道のりでございますが……」
「そこは追々埋めておこう。僕が回復するまでは周辺の木々の位置を変えて陽が入るようにして。後は屋敷の立て直しかな?」
「可能なのですか?」
「それを可能にする為の貿易だ。僕の方でも余らせてる木材を加工する建築資材を手に入れる術を整えるよ。でもその前に」
アルフレッドは<アナザーキングダム>から一本の花を取り出してお盆の上に置いた。
「それは?」
「せめてものお礼だよ。こんな何もないところだからさ、そこらへんに生えてる花をあげても不思議じゃないだろ?」
「おぼっちゃまの事ですから、もっと凄いものをお出しするかと思いました」
「ははは」
「随分と棒読みですけど……まさか、もしかするともしかするのですか?」
「この返礼品をどう受け取るかで相手の狙いを見極める」
アルフレッドの返礼品は、貴重な薬品の素材の一つであった。
それをただの花と受け取るかどうかで、相手がこちらに何を求めているのかを探ると言い切ったアルフレッドに、サリィはやっぱりすごいお方だと改めて感心した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
85
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる