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二章 主従
主従の形
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コモーノは屋敷に帰るなり、映像水晶越しにルードへと連絡をつけていた。最初は弟に乗務連絡をするつもりだったが、当人であるルードが入ってきたのでついでとばかりに報告していた。
『なるほど、あの件のバックに居たのは教会か』
「おおかた聖女を担ぎ上げて陛下に陳情でもあげるつもりでしょう」
『なんとも自殺願望の高い奴よ。奴らは懲りるということを知らないのか?』
「知った上で今なら突き崩せると考えたのでは?」
それだけ教会にとって聖女の存在は後押しとなっているらしい。
『あり得るな。一度得た生活水準を下げられないのは貴族に限らずと言ったところか。しかしそんなデタラメを信じる者達が実際にいるのか? 下位貴族を取り込んだところで嘘が露呈すれば掌を返されるだけだぞ?』
「だからこその聖女様なのでしょう」
『聖女はただの国防の要ではないのか?』
「聖女は霊亀との交渉が可能なのですよ。精霊的存在、彼らに願いを届けることができる存在を総じて聖女と呼ぶのです」
『なら、満更嘘でもないと?』
「可能性が高いだけで、確実性はないです。そもそも彼女に契約は出来ないでしょう」
『随分とはっきり断言するな。何を知っている?』
「今代の契約者はもう居ますからね。俺の部下です」
『アルフレッド殿か?』
「ええ、あいつは凄いですよ。オレを持ってしても乗り越えられない化け物です」
『ほう、少し興味が湧いた。こんな僻地に住まうほどだから肉体の方はそこまで強くないと思っていたが』
「ああ、それは別の問題がありまして。正直私はあいつと顔を突き合わせられないのです」
『映像水晶を使っての通信の時点でなんとなく察していたが、よもや魔剣関係か?』
ルードの質問に、アルフレッドは頷くにとどめた。
上司と部下。追求することは可能だ。しかしそれをしたら関係が壊れてしまう。それをして損をするのはルード自身である。
ようやく戻ってきた体調。今この環境を手放すのはルードにとっても不本意。ようやく優秀な部下を得られたと言うのに、要らぬ世話を焼かせてまで関係を壊す必要はないのだ。
『深くは聞かない。お前には世話になっているからな』
「ありがとうございます。ですので、教会はホラを吹いて聖女の地位向上を喚いてるだけです。聡い者ならまず乗らないでしょう」
『捨て置くのが賢明か』
「視界に入れてもルード様の機嫌を損ねるだけでしょうね」
『あいわかった。この件、聖女は知っているのか?』
「本人が話を持ってきた時点で知っては居るでしょう。だが本人は知らぬ存ぜぬで通している。国に伝えにきた時点で教会側を切り捨てるつもりだったのではないでしょうか?」
『あの子は随分とたぬきだな。自分の手を汚さずに、綺麗なままでいようとする』
「聖女の質を高める努力の賜物でしょう。しかし彼女にとっても教会は煩わしい」
『なら露払いは貴公に頼もうか、コモーノ』
「私めにいい考えがございます」
『ほう、申してみよ』
「それは──」
『ふむ、そう来たか。確かに霊亀は我々の元にある。噂そのものは止めずに、楽園の地を教会から切り離すのだな?』
「突然噂が止めば教会側も勘付くでしょう。ですからそれを利用した上で、こちらに利を齎すのです」
コモーノはニヤリと笑みを深める。悪い顔だ。
だが水晶の向こう側でも同様に笑顔を返すルード。
この二人、案外思考回路が似ているかもしれない。
「さて、コレから部下と今後の方針を突き詰めていきます」
『部下というのはアルフレッドのことか?』
「いえ、新しく出来たのでそちらです」
『後で紹介してくれるか?』
「今はまだ鍛錬も何も出来てないのでいずれ」
『わかった。その時を楽しみにしていよう』
コモーノは通信を切り、アルフレッドにあらかじめ伝えておいた別邸の建設を見守り、確認がてらウォード族の少女達を案内をした。
「今日からここがお前達の住む場所だ。家具は好きに使え。入浴の際は、ここのレバーをひねれば勝手に湯が出る。コレも好きに使え。後他に問題はあるか?」
そんな横柄な態度を取るコモーノに、リーダー格の少女が手を挙げる。
「寝床はわかった。飯は?」
誰もがそれを気にしている。その顔にはもう何日も腹に入れてないと描かれている。そこが一番重要な案件と言わんばかりだ。
「時間になればメイドに持たせる。今持って来させるか?」
「頼む、まだ信用しきれてないからな」
「まあ、そうだろうな。それと、噂の流布については継続して続けてもらいたい」
「は? 棲家があって、飲み食いできるならもうそんな汚れ仕事する必要ないだろ?」
「まぁ、そうだが。それで雇い主が納得いくのか? お前達だってずっとここで引きこもるわけにもいくまい? 中には外に買い出しに行きたい時もあるはずだ。そこを襲撃されたらどうする?」
「返り討ちにするが?」
「だが、世間の目はウォード族に厳しい。お前達がオレを信用しないのと同様に、オレもお前達を信用しきれない。いざとなったらお前達を切り捨てることもあるだろう」
「……そんなこったろうとおもったよ」
「話を急ぐな。オレはそうならない為の話をしてる」
「続けろ」
「まず、噂の流布を続けるメリットはお前達が自由に街に買い出しが可能な点。正直に体の匂いさえどうにかすれば高い変装能力でお前達はどこにでも紛れられる。オレはその能力を高く買っている」
「そりゃどうも。で、それだけじゃないんだろ? 人間のオス相手に売りでもしろって?」
「そんな無駄なことをさせるつもりはない。噂の流布に並行して縄張り相手から下町付近の情報を集めて欲しい。そいつらをここに誘うのはそちらの自由だ。食い扶持が増えれば、お前らの分は減るが、それでも誘いたい奴がいるのなら好きにして構わん」
「そんなことでいいのかよ?」
「生憎とした街のルールをオレは知らんからな。あと、オレの権限が通じる範囲なら多少の願いは叶えてやる。ただし聞くのは月に一度までとする」
「そんなに叶えてくれるのか?」
「部下から信頼されたいからな。それで信用に足りると思ったら仕事の斡旋もする。噂の流布なんてケチなもんじゃない。殺しだ。お前らの最も得意な分野だな。オレの部下になればある程度の殺しも仕事になる。要はヨゴレ仕事なわけだが、それに意を唱えるものはいるか?」
「ここにそんな身綺麗な奴はいないよ。それこそ願ったり叶ったりだ。ウォード族は戦士だからな。決して愛玩種族なんかじゃない!」
他の貴族からそう見られていたのだろう、少女達の瞳に宿り炎は大きく燃え盛っていた。
コモーノは大きく頷き、日常へと戻った。
◆
一方その頃ファルキンは、日付が変わってもコモーノからの情報が来るかもしれないと待ち合わせ場所に一ヶ月通い続けた。
特に連絡手段も持たずに口頭での約束。
コモーノの頭の中からすっぱり忘れ去られているとは知らずに律儀に通い続けた。
最初こそ紅茶一杯で粘り続けたが、やがて食事を摂るうちにメニューの制覇でもしてやろうかと邪推する。
すっかり目的がすり替わってしまったファルキンは、なんで自分は喫茶店のフードメニューを制覇してるのかわからなくなってきた。
ファルキンに一ヶ月経ってもまともな情報も掴めない無能の烙印が押されたのは、次の王国主催の茶会の場での事だった。
「コモーノスグエンキル、お前に決闘を申し込む!」
出会い頭にそんな態度をぶつけてしまったのは悪手だった。
しかしここでコモーノは大人の態度を見せる。
「挨拶もせぬうちに何事ですか、ファルキン様」
「うるさい! 約束をブッチした癖に俺様に逆らうな!」
「約束なんてしてませんよね?」
「してた! それをお前が忘れたんだろうが!」
コレは会話にならないと肩をすくめるコモーノに、同情の視線が複数寄せられる。
対してファルキンに浴びせられるのは侮蔑の視線。
今王宮内での勢力状況はコモーノに大きく味方していた。
ファルキンは当時のイキリにイキっていた自身のようであると、コモーノも他人事ではないように対処した。
圧倒した。
ファルキンは何もさせてもらえずに土をつけたのだ。
会場内はコモーノの勝利で盛り上がった。
『なるほど、あの件のバックに居たのは教会か』
「おおかた聖女を担ぎ上げて陛下に陳情でもあげるつもりでしょう」
『なんとも自殺願望の高い奴よ。奴らは懲りるということを知らないのか?』
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『なら、満更嘘でもないと?』
「可能性が高いだけで、確実性はないです。そもそも彼女に契約は出来ないでしょう」
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『アルフレッド殿か?』
「ええ、あいつは凄いですよ。オレを持ってしても乗り越えられない化け物です」
『ほう、少し興味が湧いた。こんな僻地に住まうほどだから肉体の方はそこまで強くないと思っていたが』
「ああ、それは別の問題がありまして。正直私はあいつと顔を突き合わせられないのです」
『映像水晶を使っての通信の時点でなんとなく察していたが、よもや魔剣関係か?』
ルードの質問に、アルフレッドは頷くにとどめた。
上司と部下。追求することは可能だ。しかしそれをしたら関係が壊れてしまう。それをして損をするのはルード自身である。
ようやく戻ってきた体調。今この環境を手放すのはルードにとっても不本意。ようやく優秀な部下を得られたと言うのに、要らぬ世話を焼かせてまで関係を壊す必要はないのだ。
『深くは聞かない。お前には世話になっているからな』
「ありがとうございます。ですので、教会はホラを吹いて聖女の地位向上を喚いてるだけです。聡い者ならまず乗らないでしょう」
『捨て置くのが賢明か』
「視界に入れてもルード様の機嫌を損ねるだけでしょうね」
『あいわかった。この件、聖女は知っているのか?』
「本人が話を持ってきた時点で知っては居るでしょう。だが本人は知らぬ存ぜぬで通している。国に伝えにきた時点で教会側を切り捨てるつもりだったのではないでしょうか?」
『あの子は随分とたぬきだな。自分の手を汚さずに、綺麗なままでいようとする』
「聖女の質を高める努力の賜物でしょう。しかし彼女にとっても教会は煩わしい」
『なら露払いは貴公に頼もうか、コモーノ』
「私めにいい考えがございます」
『ほう、申してみよ』
「それは──」
『ふむ、そう来たか。確かに霊亀は我々の元にある。噂そのものは止めずに、楽園の地を教会から切り離すのだな?』
「突然噂が止めば教会側も勘付くでしょう。ですからそれを利用した上で、こちらに利を齎すのです」
コモーノはニヤリと笑みを深める。悪い顔だ。
だが水晶の向こう側でも同様に笑顔を返すルード。
この二人、案外思考回路が似ているかもしれない。
「さて、コレから部下と今後の方針を突き詰めていきます」
『部下というのはアルフレッドのことか?』
「いえ、新しく出来たのでそちらです」
『後で紹介してくれるか?』
「今はまだ鍛錬も何も出来てないのでいずれ」
『わかった。その時を楽しみにしていよう』
コモーノは通信を切り、アルフレッドにあらかじめ伝えておいた別邸の建設を見守り、確認がてらウォード族の少女達を案内をした。
「今日からここがお前達の住む場所だ。家具は好きに使え。入浴の際は、ここのレバーをひねれば勝手に湯が出る。コレも好きに使え。後他に問題はあるか?」
そんな横柄な態度を取るコモーノに、リーダー格の少女が手を挙げる。
「寝床はわかった。飯は?」
誰もがそれを気にしている。その顔にはもう何日も腹に入れてないと描かれている。そこが一番重要な案件と言わんばかりだ。
「時間になればメイドに持たせる。今持って来させるか?」
「頼む、まだ信用しきれてないからな」
「まあ、そうだろうな。それと、噂の流布については継続して続けてもらいたい」
「は? 棲家があって、飲み食いできるならもうそんな汚れ仕事する必要ないだろ?」
「まぁ、そうだが。それで雇い主が納得いくのか? お前達だってずっとここで引きこもるわけにもいくまい? 中には外に買い出しに行きたい時もあるはずだ。そこを襲撃されたらどうする?」
「返り討ちにするが?」
「だが、世間の目はウォード族に厳しい。お前達がオレを信用しないのと同様に、オレもお前達を信用しきれない。いざとなったらお前達を切り捨てることもあるだろう」
「……そんなこったろうとおもったよ」
「話を急ぐな。オレはそうならない為の話をしてる」
「続けろ」
「まず、噂の流布を続けるメリットはお前達が自由に街に買い出しが可能な点。正直に体の匂いさえどうにかすれば高い変装能力でお前達はどこにでも紛れられる。オレはその能力を高く買っている」
「そりゃどうも。で、それだけじゃないんだろ? 人間のオス相手に売りでもしろって?」
「そんな無駄なことをさせるつもりはない。噂の流布に並行して縄張り相手から下町付近の情報を集めて欲しい。そいつらをここに誘うのはそちらの自由だ。食い扶持が増えれば、お前らの分は減るが、それでも誘いたい奴がいるのなら好きにして構わん」
「そんなことでいいのかよ?」
「生憎とした街のルールをオレは知らんからな。あと、オレの権限が通じる範囲なら多少の願いは叶えてやる。ただし聞くのは月に一度までとする」
「そんなに叶えてくれるのか?」
「部下から信頼されたいからな。それで信用に足りると思ったら仕事の斡旋もする。噂の流布なんてケチなもんじゃない。殺しだ。お前らの最も得意な分野だな。オレの部下になればある程度の殺しも仕事になる。要はヨゴレ仕事なわけだが、それに意を唱えるものはいるか?」
「ここにそんな身綺麗な奴はいないよ。それこそ願ったり叶ったりだ。ウォード族は戦士だからな。決して愛玩種族なんかじゃない!」
他の貴族からそう見られていたのだろう、少女達の瞳に宿り炎は大きく燃え盛っていた。
コモーノは大きく頷き、日常へと戻った。
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一方その頃ファルキンは、日付が変わってもコモーノからの情報が来るかもしれないと待ち合わせ場所に一ヶ月通い続けた。
特に連絡手段も持たずに口頭での約束。
コモーノの頭の中からすっぱり忘れ去られているとは知らずに律儀に通い続けた。
最初こそ紅茶一杯で粘り続けたが、やがて食事を摂るうちにメニューの制覇でもしてやろうかと邪推する。
すっかり目的がすり替わってしまったファルキンは、なんで自分は喫茶店のフードメニューを制覇してるのかわからなくなってきた。
ファルキンに一ヶ月経ってもまともな情報も掴めない無能の烙印が押されたのは、次の王国主催の茶会の場での事だった。
「コモーノスグエンキル、お前に決闘を申し込む!」
出会い頭にそんな態度をぶつけてしまったのは悪手だった。
しかしここでコモーノは大人の態度を見せる。
「挨拶もせぬうちに何事ですか、ファルキン様」
「うるさい! 約束をブッチした癖に俺様に逆らうな!」
「約束なんてしてませんよね?」
「してた! それをお前が忘れたんだろうが!」
コレは会話にならないと肩をすくめるコモーノに、同情の視線が複数寄せられる。
対してファルキンに浴びせられるのは侮蔑の視線。
今王宮内での勢力状況はコモーノに大きく味方していた。
ファルキンは当時のイキリにイキっていた自身のようであると、コモーノも他人事ではないように対処した。
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会場内はコモーノの勝利で盛り上がった。
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