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74話 懐かしい顔
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あれからホテルを転々として、柏崎のAランクダンジョンを踏破した俺たちはなんとか次の目的地である長岡市へと辿り着いていた。
九夜城さん経由で連絡が行き届いていたのもあり、長岡支部ではすんなりとダンジョン情報を獲得できていた。
Aランクともなれば情報の伝達は随分と早いそうだ。
実績を作ってきて本当によかった。
そしてどうして総合ステだけ高くても信用されないのか身に沁みる。
以前までは総合ステが高いのだから、一気にランクを引き上げてくれてもいいだろうにと思っていたが、同じランクでも仕事を任せられる人は限られると知った。
なんせ同じAランクでも、柏崎の大喰らいの対処をできる人はいないのだから。
それを討伐したという噂は瞬く間に広がり、今こうして俺たちの役に立っている。
それもあってか、支部につくなり別件で俺宛に依頼が届いた。
一体だれだろうと依頼人の名前を見て驚いた。
「依頼って誰から? 知ってる人?」
「俺が以前勤めてたモーゼで焼きを教えてくれた人がいてさ。10代の頃に散々世話になって。でも実家を継ぐから故郷に帰るってそれっきりで。俺のこと覚えてくれてたんだって、ちょっと感動してた」
「古巣の師匠か。ポンちゃんにもそんな人がいたんだなぁ」
「菊池さん、オーナーと同年代だからだいぶ年上なんだけど、俺を実の子供のように可愛がってくれてさ。そこで下っぱながら焼きのイロハを教えてもらって今の俺があるんだよ」
「へぇ」
依頼は二つ返事で受け取って、案内された場所へ。
そこでは随分と貫禄を増した菊池さんとその息子が店の前で待ってくれていた。
「菊池さん、ご無沙汰しております。別れてからもう12年経つんですね」
「そうだなぁ、うちの倅と同年代だった洋一がもうこんなに立派になった。月日の流れは早いもんだな」
「俺を引き合いに出すなよ、親父。それより紹介。こうして顔を合わせるのは初めてなんだ。まずは自己紹介からするもんだろ?」
「そうだったそうだった。歳を食うと昔話ばかりで嫌になるな。洋一も俺みたいになるなよ?」
ワハハ、と笑いながら菊池さんは変わらずお元気そうだと安心する。
息子さんと挨拶を交わし、近況報告へ。
「柏崎のデカブツを倒したんだって? こっちの魚市場でも耳にするぜ?」
「偶然居合わせただけですよ」
「偶然居合わせても倒せなくて見逃され続けたのが〝大喰らい〟だ。そいつを始末できるようになったってのは、腕をあげたってことよ。あの低ステの洋一がなぁ」
「今じゃSランクにリーチかかってるぜ!」
「親父、また昔話になってるぞ。それより依頼内容話したほうがいいんじゃねぇの?」
「そうだったそうだった」
あまりにも長いことあってないものだから、当時の思い出話に浸りがちな菊池さん。
それを見て丸くなったなぁ、と思うのは俺だけじゃないはずだ。
当時はメガネをかけていて、名前から文字って鬼畜めがねと呼ばれるほどに口が汚いことで有名だった。
言ってることは至極まともなのに、手より先に口が出る。
あの辛辣っぷりに‘精神を病んでやめていくスタッフが後をたたない中、俺はその場に残り続けた。
それというのも、菊池さんの技術を盗みたいと思うほど素晴らしいものだったからだ。
あれを自分のものにできたら、どんなにいいだろう。
そんな根気強さを気に入ってくれて、直接指導を受けたものだ。
相変わらず口は汚いし、心を抉ってくる言葉を投げかけられたりもしたけど、それに慣れたら周囲からの罵倒には耐性がついたのをよく覚えている。
息子さんから叱りつけられる今の菊池さんは当時の面影をまるで残しちゃいないが、こういう顔もできるのだと考えさせられた。
ヨッちゃんが井伊代さんを鬼教官と呼んだように、俺にとっての鬼教官が菊池さんだ。
得るものより失った物の方が多いのはきっと気のせいではないだろう。
「それで、依頼とは?」
「うちの倅を一丁前の職人にしちゃくれねぇか?」
「菊池さんの息子さんをですか?」
「頼むよ、うちの親父ときたら人に物を教えるのが下手ってもんじゃねぇんだ! 代を継ごうにも俺のオリジナルはこの店の味じゃねーって常連から文句言われるし! 直弟子のあんたになら理解してもらえると思うが!」
「ああ……」
納得する。
赤の他人だから何を言おうとへっちゃらだったあの菊池さんが、家族の前でこうまで丸いのは、きっとそのせいなんだなぁ。
息子さんの大輝君には厳しい言葉を投げかけられなかったか。
「俺ができる範囲で良ければ引き受けましょう。その前に、ここのメニューを一通りご注文させていただいても?」
「もちろんいいぜ。それと美食倶楽部のポンちゃんアレンジも残してくれたら嬉しいね」
「ははは、なんか知り合いに茶化されると恥ずかしいですね」
九夜城さんの時とはまた違う照れ臭さが勝る。
そして『料理処・鮮焼』のコース料理が運ばれた。
菊池さんの料理をこうして口に入れるのは久しぶり。それこそ12年ぶり。
当時は賄い飯でしかなかったが、今日は新鮮な部位をそのまま味わえるのだ。
楽しみで仕方がない。
「ではいただきます」
「おう、まだまだ出てくるからな」
それで満足するなよ、と釘を刺され箸を持つ。
お通しで出されたのはイカの塩辛。この店での看板通り、新鮮な鮮魚をモチーフにおいしくアレンジするお店。早速日本酒が飲みたくなってくるのを我慢し、口に入れる。
「ああ、これはいいですね。中に仕込まれてるのは柚子の皮ですか?」
「初見で見抜いたのは洋一が初めてだな。二、三口食べてようやく辿り着いたのは何人か見るが」
ヨッちゃんは「え、そんなの入ってた?」という顔。
料理人じゃなきゃ、この仕掛けにはすぐには気づかないだろう。
柏崎の魚市場で食べた塩辛よりも随分とマイルドな味わい。
しかし柚子の独特な香りそのものは塩辛の旨みを超越しない。
程よく隠し味として縁の下の力持ちとなっている。
「お酒が欲しくなりますね」
「だろ? うちは飲み屋だから、これを最初に食わせて客をその気にさせるんだ」
「もちろん、料理の手はぬかねぇぜ?」と菊池さん。
世の中アルコールが全く通用しない人がいるからね。井伊代さんなんかがその例だ。
大輝君から日本酒が届けられ、お猪口に注がれた。
普段ジョッキで飲んでる俺達からしたら、大した量じゃないけど食事を味わうのには丁度いい。
そしてもう一口。
日本酒の中で塩辛が踊る。
そして口の中で一つになって溶け合って、完成する。
「日本酒を飲ませるためのお通し、堪能しました。まるでこのお酒に合わせるための仕掛けとしか思えませんでした」
「数ある酒の中から選び抜き、そこで調和する一品。それを見つけ出すのも客の楽しみだ。店としてはそういう楽しみも提供するもんだと思ってるぜ。最初から教えてちゃつまんねぇだろ? それに、味の好みなんて客によって千差万別。自分の好きを見つけ出すのも店の楽しみ方よ」
「勉強になります」
まるで大輝君を出汁に、俺に教えてるかのような口ぶり。
遠回しだなぁと思いつつ、それを感謝しながら堪能した。
そこにはモーゼでの仕事が施されていた。
俺があの時味わえなかった、一流料理店の味だ。
繊細で、複数の旨みが凝縮された、ありきたりな見た目の一品。
越智間さんのような見た目のオシャレさに全振りされているわけでもない、よく居酒屋で見かける見た目なのに中身が別物に昇華されている。
シンプルに技術が高い。
これが俺の辿るべき道の最終進化系か、と唸らされた。
そしてお返しに俺からのアレンジを一品。
もう包丁テクニックや焼きの技術でこの人を上回るのは無理だろうという観念のある中で、意地でもたどり着いた作品がこれだ。
「空ウツボか。入るにゃ入るがウチが扱うにゃ、高級品だぜ?」
「身は極上、しかし魚卵もまた極上。俺はこの店に新たなお通しを提供します。そしてそれに合う酒も」
ヨッちゃんが信じられないって顔で俺を見る。
そう、マンドラゴラ酒はまだ潰えてない。
しかしそれは料理酒としての使い道。飲む用じゃないのだ。
俺は新鮮な空ウツボを解体して卵と肝を取り出した。
それをマンドラゴラ酒と合わせて練る。
この時少量の紫蘇の葉を入れて色味をつけるのを忘れない。
肝は練ると乳白色に変化するが、そこに紫の色素が混じり合ってピンク色へと変化する。
紫より赤の成分が多いのだろう、そこは俺にとっても未知の領域。
「どうぞ」
「こんなもん、見たことねぇぞ?」
「俺も思いついて形にするのは今日が初めてです」
「それをウチで看板張ってるメニューにぶつけようってんだから恐ろしい胆力だよな」
「料理人は挑戦してなんぼですから」
「ああ、そうだな。正直俺次第なわけか」
そう言って一口。菊池さんは目を閉じて口の中で味わう。
富井さんが肉を味わうときのような姿勢。
そして目を開いて一言。
「うめぇ。うちの看板が霞む味だ。これに似合う酒なんてあるのか? ほとんどのものが霞んじまうぞ?」
「ウチが贔屓してる卸問屋で俺の名前を出せば、流通してくれますよ。お値段があの人の言い値なので、相当強気な値段をふっかけてくると思いますが」
「店としてはダメだろ、それ。利益なしで食っていけるほど自由人じゃないんだわ。だが、その着想はもらっとく。お前監修の味を、俺がアレンジして少しでもうちにふさわしい味に変えとくよ」
ありがたいことだ。
本当なら採算が合わないからと蹴っ飛ばされても文句が言えないのに、こうも贔屓してくれるのはそれなりに思うことがあるからだろう。
店の事情と状況をそれとなく教えてもらい、それはそれとして大輝君を立派な職人として育てるために引き取ることにする。
一人前になるまで帰ってこなくていいって言われたけど、大丈夫なんだろうか?
店はまだまだ若い菊池さんがいればなんとかなると思うが、この大輝君がどこまで頑張れるのか心配でならない。
九夜城さん経由で連絡が行き届いていたのもあり、長岡支部ではすんなりとダンジョン情報を獲得できていた。
Aランクともなれば情報の伝達は随分と早いそうだ。
実績を作ってきて本当によかった。
そしてどうして総合ステだけ高くても信用されないのか身に沁みる。
以前までは総合ステが高いのだから、一気にランクを引き上げてくれてもいいだろうにと思っていたが、同じランクでも仕事を任せられる人は限られると知った。
なんせ同じAランクでも、柏崎の大喰らいの対処をできる人はいないのだから。
それを討伐したという噂は瞬く間に広がり、今こうして俺たちの役に立っている。
それもあってか、支部につくなり別件で俺宛に依頼が届いた。
一体だれだろうと依頼人の名前を見て驚いた。
「依頼って誰から? 知ってる人?」
「俺が以前勤めてたモーゼで焼きを教えてくれた人がいてさ。10代の頃に散々世話になって。でも実家を継ぐから故郷に帰るってそれっきりで。俺のこと覚えてくれてたんだって、ちょっと感動してた」
「古巣の師匠か。ポンちゃんにもそんな人がいたんだなぁ」
「菊池さん、オーナーと同年代だからだいぶ年上なんだけど、俺を実の子供のように可愛がってくれてさ。そこで下っぱながら焼きのイロハを教えてもらって今の俺があるんだよ」
「へぇ」
依頼は二つ返事で受け取って、案内された場所へ。
そこでは随分と貫禄を増した菊池さんとその息子が店の前で待ってくれていた。
「菊池さん、ご無沙汰しております。別れてからもう12年経つんですね」
「そうだなぁ、うちの倅と同年代だった洋一がもうこんなに立派になった。月日の流れは早いもんだな」
「俺を引き合いに出すなよ、親父。それより紹介。こうして顔を合わせるのは初めてなんだ。まずは自己紹介からするもんだろ?」
「そうだったそうだった。歳を食うと昔話ばかりで嫌になるな。洋一も俺みたいになるなよ?」
ワハハ、と笑いながら菊池さんは変わらずお元気そうだと安心する。
息子さんと挨拶を交わし、近況報告へ。
「柏崎のデカブツを倒したんだって? こっちの魚市場でも耳にするぜ?」
「偶然居合わせただけですよ」
「偶然居合わせても倒せなくて見逃され続けたのが〝大喰らい〟だ。そいつを始末できるようになったってのは、腕をあげたってことよ。あの低ステの洋一がなぁ」
「今じゃSランクにリーチかかってるぜ!」
「親父、また昔話になってるぞ。それより依頼内容話したほうがいいんじゃねぇの?」
「そうだったそうだった」
あまりにも長いことあってないものだから、当時の思い出話に浸りがちな菊池さん。
それを見て丸くなったなぁ、と思うのは俺だけじゃないはずだ。
当時はメガネをかけていて、名前から文字って鬼畜めがねと呼ばれるほどに口が汚いことで有名だった。
言ってることは至極まともなのに、手より先に口が出る。
あの辛辣っぷりに‘精神を病んでやめていくスタッフが後をたたない中、俺はその場に残り続けた。
それというのも、菊池さんの技術を盗みたいと思うほど素晴らしいものだったからだ。
あれを自分のものにできたら、どんなにいいだろう。
そんな根気強さを気に入ってくれて、直接指導を受けたものだ。
相変わらず口は汚いし、心を抉ってくる言葉を投げかけられたりもしたけど、それに慣れたら周囲からの罵倒には耐性がついたのをよく覚えている。
息子さんから叱りつけられる今の菊池さんは当時の面影をまるで残しちゃいないが、こういう顔もできるのだと考えさせられた。
ヨッちゃんが井伊代さんを鬼教官と呼んだように、俺にとっての鬼教官が菊池さんだ。
得るものより失った物の方が多いのはきっと気のせいではないだろう。
「それで、依頼とは?」
「うちの倅を一丁前の職人にしちゃくれねぇか?」
「菊池さんの息子さんをですか?」
「頼むよ、うちの親父ときたら人に物を教えるのが下手ってもんじゃねぇんだ! 代を継ごうにも俺のオリジナルはこの店の味じゃねーって常連から文句言われるし! 直弟子のあんたになら理解してもらえると思うが!」
「ああ……」
納得する。
赤の他人だから何を言おうとへっちゃらだったあの菊池さんが、家族の前でこうまで丸いのは、きっとそのせいなんだなぁ。
息子さんの大輝君には厳しい言葉を投げかけられなかったか。
「俺ができる範囲で良ければ引き受けましょう。その前に、ここのメニューを一通りご注文させていただいても?」
「もちろんいいぜ。それと美食倶楽部のポンちゃんアレンジも残してくれたら嬉しいね」
「ははは、なんか知り合いに茶化されると恥ずかしいですね」
九夜城さんの時とはまた違う照れ臭さが勝る。
そして『料理処・鮮焼』のコース料理が運ばれた。
菊池さんの料理をこうして口に入れるのは久しぶり。それこそ12年ぶり。
当時は賄い飯でしかなかったが、今日は新鮮な部位をそのまま味わえるのだ。
楽しみで仕方がない。
「ではいただきます」
「おう、まだまだ出てくるからな」
それで満足するなよ、と釘を刺され箸を持つ。
お通しで出されたのはイカの塩辛。この店での看板通り、新鮮な鮮魚をモチーフにおいしくアレンジするお店。早速日本酒が飲みたくなってくるのを我慢し、口に入れる。
「ああ、これはいいですね。中に仕込まれてるのは柚子の皮ですか?」
「初見で見抜いたのは洋一が初めてだな。二、三口食べてようやく辿り着いたのは何人か見るが」
ヨッちゃんは「え、そんなの入ってた?」という顔。
料理人じゃなきゃ、この仕掛けにはすぐには気づかないだろう。
柏崎の魚市場で食べた塩辛よりも随分とマイルドな味わい。
しかし柚子の独特な香りそのものは塩辛の旨みを超越しない。
程よく隠し味として縁の下の力持ちとなっている。
「お酒が欲しくなりますね」
「だろ? うちは飲み屋だから、これを最初に食わせて客をその気にさせるんだ」
「もちろん、料理の手はぬかねぇぜ?」と菊池さん。
世の中アルコールが全く通用しない人がいるからね。井伊代さんなんかがその例だ。
大輝君から日本酒が届けられ、お猪口に注がれた。
普段ジョッキで飲んでる俺達からしたら、大した量じゃないけど食事を味わうのには丁度いい。
そしてもう一口。
日本酒の中で塩辛が踊る。
そして口の中で一つになって溶け合って、完成する。
「日本酒を飲ませるためのお通し、堪能しました。まるでこのお酒に合わせるための仕掛けとしか思えませんでした」
「数ある酒の中から選び抜き、そこで調和する一品。それを見つけ出すのも客の楽しみだ。店としてはそういう楽しみも提供するもんだと思ってるぜ。最初から教えてちゃつまんねぇだろ? それに、味の好みなんて客によって千差万別。自分の好きを見つけ出すのも店の楽しみ方よ」
「勉強になります」
まるで大輝君を出汁に、俺に教えてるかのような口ぶり。
遠回しだなぁと思いつつ、それを感謝しながら堪能した。
そこにはモーゼでの仕事が施されていた。
俺があの時味わえなかった、一流料理店の味だ。
繊細で、複数の旨みが凝縮された、ありきたりな見た目の一品。
越智間さんのような見た目のオシャレさに全振りされているわけでもない、よく居酒屋で見かける見た目なのに中身が別物に昇華されている。
シンプルに技術が高い。
これが俺の辿るべき道の最終進化系か、と唸らされた。
そしてお返しに俺からのアレンジを一品。
もう包丁テクニックや焼きの技術でこの人を上回るのは無理だろうという観念のある中で、意地でもたどり着いた作品がこれだ。
「空ウツボか。入るにゃ入るがウチが扱うにゃ、高級品だぜ?」
「身は極上、しかし魚卵もまた極上。俺はこの店に新たなお通しを提供します。そしてそれに合う酒も」
ヨッちゃんが信じられないって顔で俺を見る。
そう、マンドラゴラ酒はまだ潰えてない。
しかしそれは料理酒としての使い道。飲む用じゃないのだ。
俺は新鮮な空ウツボを解体して卵と肝を取り出した。
それをマンドラゴラ酒と合わせて練る。
この時少量の紫蘇の葉を入れて色味をつけるのを忘れない。
肝は練ると乳白色に変化するが、そこに紫の色素が混じり合ってピンク色へと変化する。
紫より赤の成分が多いのだろう、そこは俺にとっても未知の領域。
「どうぞ」
「こんなもん、見たことねぇぞ?」
「俺も思いついて形にするのは今日が初めてです」
「それをウチで看板張ってるメニューにぶつけようってんだから恐ろしい胆力だよな」
「料理人は挑戦してなんぼですから」
「ああ、そうだな。正直俺次第なわけか」
そう言って一口。菊池さんは目を閉じて口の中で味わう。
富井さんが肉を味わうときのような姿勢。
そして目を開いて一言。
「うめぇ。うちの看板が霞む味だ。これに似合う酒なんてあるのか? ほとんどのものが霞んじまうぞ?」
「ウチが贔屓してる卸問屋で俺の名前を出せば、流通してくれますよ。お値段があの人の言い値なので、相当強気な値段をふっかけてくると思いますが」
「店としてはダメだろ、それ。利益なしで食っていけるほど自由人じゃないんだわ。だが、その着想はもらっとく。お前監修の味を、俺がアレンジして少しでもうちにふさわしい味に変えとくよ」
ありがたいことだ。
本当なら採算が合わないからと蹴っ飛ばされても文句が言えないのに、こうも贔屓してくれるのはそれなりに思うことがあるからだろう。
店の事情と状況をそれとなく教えてもらい、それはそれとして大輝君を立派な職人として育てるために引き取ることにする。
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