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青い卵
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「あぁ、腹減ったー」
誰かがそう呟く。
この孤児院ではごくごく日常的な風景だ。
国が長いこと戦争をしているせいで食料が行き渡らなくなってる。
そんなことを院長先生が言ってた。
よく分からないけど、要するに国のせいでお腹が減るらしい。
「それにしてもお腹すいたな......」
誰かの呟いたセリフが僕にまでうつったようだ。
誰もがお腹に手をあて、日々をぎりぎり生きている。
ここはつまりそんな場所だった。
◇◆◇
そんなある日、孤児院で飼っていた鶏が死んだ。かなり生きていたので寿命だろうということだ。
もちろん鶏は孤児院のみんな、院長先生を含めた八名で食べ、半分程度を塩漬けにして保存食にしたんだけど、肝心なのは『卵』だ。
鶏が最後の最後に産んでくれただろう、その『卵』を巡り、
「身体大きいと腹も減るんだよ。俺に食わせろよ」
「孵して育てたらまた卵食べられるじゃん、育てた方がいいって」
まあこうなるわけだ。
僕はもちろん育てる派。
正直に言えば、九歳で孤児院の中では上から三番目に大きい僕だって、食べられるものなら食べたい。
けどいつ戦争が終わるかなんて分からない。
僕より小さい子だって四人もいる。
せめてこの子達のために食料の保険は持っておきたいだろ?
最初の日は一番目に大きい子のワガママだけで話は終わったんだ。
でも彼は十二歳。
一番身体も大きいし、何より力仕事を率先してやってくれるとてもいい奴なんだ。
だから彼の主張も分からないでもない。
でも、それでも僕は小さい子のお腹が減って悲しそうな顔を思い浮かべると、卵を食べてそれでおしまいとは出来なかった。
しかし次の日、上から二番目の子も食べる方にまわり、その次の日には僕のすぐ下の子も食べる方に成っていた。
たぶん少しでも早めに寝返ったほうが少しは多めに卵を分けてもらえるという計算が働いたんだろう。上の子ほどそういう計算には強いものだから。
このままだと明日には『卵』が食べられてしまう......
もうこうなったら僕が孵すしかない。
孵してしまえば三人も諦めるしかなくなる。
◇◆◇
その夜、僕はトイレに起きるふりをしてこっそりと台所へ。『卵』がここにあるということは、明日の運命が決まってるようなものだ。
布で何重にもくるみ、割れないよう大切に手で抱え、僕はこっそり孤児院を出る。
たしか孵るまで三週間くらいだっけ?
森なら何かしら食べ物があるし、なんとかなるかな。
そんな見通しも何も立ってない状態。
ただ僕は小さな子たちのためという理由だけで危険を忘れて夜の森へと踏み込んでいった。
森は月明かりをさえぎり、夜の闇を一段と深くする。おかげで森の中に入ってすぐ僕は動けなくなってしまった。
無理をせず、僕は森に入ってすぐのところで一休み。卵の包みが乱れていないか確認をしていると、
「こっちの方に歩いてたぞ」
「まさか、夜の森になんて入っていかないだろ」
「早く見つけましょう。何かに巻き込まれたりしてたら大変です!」
聞き覚えのある声が。
たぶん院長先生と上二人の男の子だ。
まさか卵を持って出ていくところを見られてた!?
いけない、こんな位置ではすぐに見つかってしまう。
僕は意を決して森の奥へと歩みを進めた。
急げばきっと転んでしまうし、それで『卵』が割れてしまっては逃げた意味もなくなる。
そんなどうしようもない状況に歯がゆい思いをしながら、とにかく歩みを進める。
すると前方に明かりが見えてきた。
家だっ!!
薄く足元も照らされ始め、僕は歩むスピードを上げる。
家に近づくと、迷惑かとは思ったが少し強めに三回ノックをさせてもらった。
少し待つとキィッと音を立てて扉が開き、若いお姉さんが顔を出した。
「なんだい、こんな時間に?」
「すいません、少しの間匿ってください!」
僕は必死に頭を下げてお願いをする。
すると少し面倒そうな感じで、
「んー、まあいいか。ほら、入んな」
と僕を迎え入れてくれた。
家の中は暖炉もないのに何故かとても温かい。奥に台所がある他は真ん中に食卓があるだけの簡素な家。
「ありがとうございます、助かりました」
「で、何だってんだい?盗みやらをするような顔にも見えないけど」
僕は『盗み』という言葉にビクッと反応してしまった。そうか、つい動いてしまってたけど、僕のやってることは盗みだ......
そう認識してしまうと、ひどく悪いことをしてしまったと、心が苦しくなり、涙が溢れてきた。
「ちょ、ちょっと、まさか本当に盗んだってのかい!?」
僕は『卵』をテーブルに置き、涙混じりで今までの説明をした。
説明を聞きながら、お姉さんはとても苦々しい顔をしている。
そして説明が終わると、
「そうか、あんたも大変だったね。国のバカどものせいで苦労をかけちまって本当にすまない」
そう言って頭を下げる。
なんでこのお姉さんは謝ってるんだろう?
僕には理由がさっぱり分からなかった。
「幼い子たちの為ってところが気に入った!よし、戦争は今すぐどうこう出来ないけど、そのくらいの問題なら私がどうにか出来そうだ」
そう言うとお姉さんは卵の包みを広げ、手をかざして何かブツブツ唱える。
手がピカッと光ったかと思うと、その光は卵に染み込んでいった。
そこにはさっきと同じ卵があるだけ......
「い、今のは?」
「いいかい、青い卵は君が必ず持つこと。そして五日間守り、割るならその後で。必ず守るんだよ?」
いったい何の話をしてるんだろう?
卵は白いままだけど。
「今はそう見えないだけ。その時になれば分かるよ。さ、孤児院に帰りな。悪いようにはしてないよ。安心してちょうだい」
よく分からなかったけど、お姉さんの優しい目に、僕は大丈夫なんだろうと、なぜか納得してしまった。
お姉さんに明かりをもらい、教えられた方に歩いていくと、
「あ、あそこに誰かいるぞ!」
と、一番上の子の声が聞こえてきた。
さっきは恐怖の対象だったその声。
お姉さんの「安心してちょうだい」をもらった今は、なぜかホッとする声に変わっていた......
◇◆◇
「お前、最後の卵を持って逃げるなんて、そんなやつだとは思わなかったぞ」
二番目の子が僕を責め立てる。
「おい、よせっ!」
一番目の子が二番目の子の肩を掴み、後ろに下がらせた。
なぜ止めるんだろう?
僕は彼に怒られて当然のことをしたんだ。
「お前が卵を持って逃げたのは、孵して卵を産んでもらうため。間違いないよな?」
すぐにうなずく。
僕だってお腹は空いてる。
けど、小さい子たちのことを考えたら、自分だけ食べて満足するなんて、どうしても選べなかった。
あらためてそう伝える。
一番目の子は僕の肩に手を置き、
「悪かったな、俺も本気で食べようとは思ってなかったんだが、次から次に食べたがるやつが出ちまって、引き返せなかった」
「心配をかけたことは悪いことだが、お前のおかげで俺も本音を言えたよ。助かった、ありがとう」
そう話すと頭を下げてくれた。
そっか、そうだよ。いい奴だもん、本気で食べようなんて考えるはずがないんだ。
つい言葉だけを信じて、いつもの彼を信じきれなくなってた。
「僕こそ相談もしないで勝手なことしてごめん!もっと二人を頼れば良かった......」
そう謝った時に院長先生も合流してきた。
「ああ、ようやく見つかった。心配したんだぞ?」
院長先生はそういって僕を優しく抱きしめてくれた。その温かさと勝手なことをした罪悪感で、ふと涙ぐんでしまった。
「それで、お前どこいたんだよ?探したんだぞ」
二番目の子がそう聞いてきたので、僕は森に入ってからの全てを話す。
「なんと、魔女様に会ったのか?」
「うん、それでね卵に魔法をかけたんだけど、五日間は絶対に割らずに待てって言われたんだ」
「......魔法、か」
一番目の子が眉をひそめて、僕の手の中にある卵を覗き込む。見た目はどう見てもただの白い卵だ。
「そんなの信じられるかよ。五日も待って、もし腐ったらどうすんだ」
二番目の子の言うことももっともだ。
普通なら知らない人の言葉なんて信じられない。でも院長先生は、僕の頭にポント手を置いた。
「いいじゃないですか。魔女様は『悪いようにはしてない』と言ったのでしょう? 五日だけみんなで待ってみましょう」
院長先生のその言葉で、その場はなんとか収まった。
『卵』に様々な想いを乗せ、僕達は孤児院へと帰っていった。
◇◆◇
そして、約束の五日後。
僕たちは台所のテーブルを囲んでいた。
この五日間は本当に地獄みたいだった。
保存食も底をつきかけ、みんな水でお腹を膨らませて耐え忍んだ。
テーブルの上には、あの時持ち出した一つの卵。誰もがこの卵に期待の視線を投げかけている。
「よし、やるよ」
ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。
さすがに手が震える。
もしこれが失敗だったら、みんなの最後の希望を僕が奪ったことになる。期待と、それ以上の恐怖が僕の胸を締め付けた。
けれど、あのお姉さんの言葉を信じるんだ。あの優しい目と光ったあの手を。
僕は意を決して、ボウルの縁に卵を打ち付けた。
カチッ。
乾いた音が響き、ヒビが入る。
僕は両手の親指をかけ、一気に殻を開いた。
その瞬間だ。
「うわっ!?」
誰かの叫び声と同時に、僕も目を丸くした。
殻を割ったそこから溢れ出したのは、とろりとした中身なんかじゃなかった。
コロン、コロン、コロン......
まるで堰を切ったように、殻の中から次々と『新しい卵』が転がり出てきたんだ!
一つ、二つなんてもんじゃない。十、二十......
ボウルがあっという間に卵で埋め尽くされ、テーブルの上にまで転がり落ちていく。
「す、すげぇ! なんだこれ!?」
「卵が、卵が増えてるっ!」
小さい子たちが歓声を上げて跳ね回る。
一番目の子も二番目の子も、口をあんぐりと開けて言葉を失っていた。
たった一つの卵から生まれた山のような食料。
これなら、孤児院のみんなが毎日お腹いっぱい食べても、まだ余るくらいある。
「すごい……本当に魔法だったんだ……」
呆然とする僕の目に、白い卵の山に混じって、キラリと光るものが入った。
「あ……」
僕は慌てて手を伸ばし、それを拾い上げる。
それは、透き通るような美しい『青い卵』だった。
――青い卵は君が必ず持つこと。
お姉さんの言葉が蘇る。
これが......
この青い卵がある限り、きっとこの奇跡は続くんだ。
僕はその青い卵を、宝物のように強く、強く握りしめた。
◇◆◇
それ以来、孤児院から「お腹空いた」という言葉はなくなった。
卵料理のレパートリーも増え、みんなの頬には赤みが戻り、笑い声が絶えなくなった。
外の世界もまだ大変かもしれない。
でも、僕たちはもう大丈夫だ。
僕は台所で大切に保管されている青い卵をそっと優しく撫でる。
いつか僕がもっと大きくなったら、必ずあのお姉さんにお礼をしよう。
僕たちの命を救ってくれた、あの優しい魔女様に恩返しをするために。
誰かがそう呟く。
この孤児院ではごくごく日常的な風景だ。
国が長いこと戦争をしているせいで食料が行き渡らなくなってる。
そんなことを院長先生が言ってた。
よく分からないけど、要するに国のせいでお腹が減るらしい。
「それにしてもお腹すいたな......」
誰かの呟いたセリフが僕にまでうつったようだ。
誰もがお腹に手をあて、日々をぎりぎり生きている。
ここはつまりそんな場所だった。
◇◆◇
そんなある日、孤児院で飼っていた鶏が死んだ。かなり生きていたので寿命だろうということだ。
もちろん鶏は孤児院のみんな、院長先生を含めた八名で食べ、半分程度を塩漬けにして保存食にしたんだけど、肝心なのは『卵』だ。
鶏が最後の最後に産んでくれただろう、その『卵』を巡り、
「身体大きいと腹も減るんだよ。俺に食わせろよ」
「孵して育てたらまた卵食べられるじゃん、育てた方がいいって」
まあこうなるわけだ。
僕はもちろん育てる派。
正直に言えば、九歳で孤児院の中では上から三番目に大きい僕だって、食べられるものなら食べたい。
けどいつ戦争が終わるかなんて分からない。
僕より小さい子だって四人もいる。
せめてこの子達のために食料の保険は持っておきたいだろ?
最初の日は一番目に大きい子のワガママだけで話は終わったんだ。
でも彼は十二歳。
一番身体も大きいし、何より力仕事を率先してやってくれるとてもいい奴なんだ。
だから彼の主張も分からないでもない。
でも、それでも僕は小さい子のお腹が減って悲しそうな顔を思い浮かべると、卵を食べてそれでおしまいとは出来なかった。
しかし次の日、上から二番目の子も食べる方にまわり、その次の日には僕のすぐ下の子も食べる方に成っていた。
たぶん少しでも早めに寝返ったほうが少しは多めに卵を分けてもらえるという計算が働いたんだろう。上の子ほどそういう計算には強いものだから。
このままだと明日には『卵』が食べられてしまう......
もうこうなったら僕が孵すしかない。
孵してしまえば三人も諦めるしかなくなる。
◇◆◇
その夜、僕はトイレに起きるふりをしてこっそりと台所へ。『卵』がここにあるということは、明日の運命が決まってるようなものだ。
布で何重にもくるみ、割れないよう大切に手で抱え、僕はこっそり孤児院を出る。
たしか孵るまで三週間くらいだっけ?
森なら何かしら食べ物があるし、なんとかなるかな。
そんな見通しも何も立ってない状態。
ただ僕は小さな子たちのためという理由だけで危険を忘れて夜の森へと踏み込んでいった。
森は月明かりをさえぎり、夜の闇を一段と深くする。おかげで森の中に入ってすぐ僕は動けなくなってしまった。
無理をせず、僕は森に入ってすぐのところで一休み。卵の包みが乱れていないか確認をしていると、
「こっちの方に歩いてたぞ」
「まさか、夜の森になんて入っていかないだろ」
「早く見つけましょう。何かに巻き込まれたりしてたら大変です!」
聞き覚えのある声が。
たぶん院長先生と上二人の男の子だ。
まさか卵を持って出ていくところを見られてた!?
いけない、こんな位置ではすぐに見つかってしまう。
僕は意を決して森の奥へと歩みを進めた。
急げばきっと転んでしまうし、それで『卵』が割れてしまっては逃げた意味もなくなる。
そんなどうしようもない状況に歯がゆい思いをしながら、とにかく歩みを進める。
すると前方に明かりが見えてきた。
家だっ!!
薄く足元も照らされ始め、僕は歩むスピードを上げる。
家に近づくと、迷惑かとは思ったが少し強めに三回ノックをさせてもらった。
少し待つとキィッと音を立てて扉が開き、若いお姉さんが顔を出した。
「なんだい、こんな時間に?」
「すいません、少しの間匿ってください!」
僕は必死に頭を下げてお願いをする。
すると少し面倒そうな感じで、
「んー、まあいいか。ほら、入んな」
と僕を迎え入れてくれた。
家の中は暖炉もないのに何故かとても温かい。奥に台所がある他は真ん中に食卓があるだけの簡素な家。
「ありがとうございます、助かりました」
「で、何だってんだい?盗みやらをするような顔にも見えないけど」
僕は『盗み』という言葉にビクッと反応してしまった。そうか、つい動いてしまってたけど、僕のやってることは盗みだ......
そう認識してしまうと、ひどく悪いことをしてしまったと、心が苦しくなり、涙が溢れてきた。
「ちょ、ちょっと、まさか本当に盗んだってのかい!?」
僕は『卵』をテーブルに置き、涙混じりで今までの説明をした。
説明を聞きながら、お姉さんはとても苦々しい顔をしている。
そして説明が終わると、
「そうか、あんたも大変だったね。国のバカどものせいで苦労をかけちまって本当にすまない」
そう言って頭を下げる。
なんでこのお姉さんは謝ってるんだろう?
僕には理由がさっぱり分からなかった。
「幼い子たちの為ってところが気に入った!よし、戦争は今すぐどうこう出来ないけど、そのくらいの問題なら私がどうにか出来そうだ」
そう言うとお姉さんは卵の包みを広げ、手をかざして何かブツブツ唱える。
手がピカッと光ったかと思うと、その光は卵に染み込んでいった。
そこにはさっきと同じ卵があるだけ......
「い、今のは?」
「いいかい、青い卵は君が必ず持つこと。そして五日間守り、割るならその後で。必ず守るんだよ?」
いったい何の話をしてるんだろう?
卵は白いままだけど。
「今はそう見えないだけ。その時になれば分かるよ。さ、孤児院に帰りな。悪いようにはしてないよ。安心してちょうだい」
よく分からなかったけど、お姉さんの優しい目に、僕は大丈夫なんだろうと、なぜか納得してしまった。
お姉さんに明かりをもらい、教えられた方に歩いていくと、
「あ、あそこに誰かいるぞ!」
と、一番上の子の声が聞こえてきた。
さっきは恐怖の対象だったその声。
お姉さんの「安心してちょうだい」をもらった今は、なぜかホッとする声に変わっていた......
◇◆◇
「お前、最後の卵を持って逃げるなんて、そんなやつだとは思わなかったぞ」
二番目の子が僕を責め立てる。
「おい、よせっ!」
一番目の子が二番目の子の肩を掴み、後ろに下がらせた。
なぜ止めるんだろう?
僕は彼に怒られて当然のことをしたんだ。
「お前が卵を持って逃げたのは、孵して卵を産んでもらうため。間違いないよな?」
すぐにうなずく。
僕だってお腹は空いてる。
けど、小さい子たちのことを考えたら、自分だけ食べて満足するなんて、どうしても選べなかった。
あらためてそう伝える。
一番目の子は僕の肩に手を置き、
「悪かったな、俺も本気で食べようとは思ってなかったんだが、次から次に食べたがるやつが出ちまって、引き返せなかった」
「心配をかけたことは悪いことだが、お前のおかげで俺も本音を言えたよ。助かった、ありがとう」
そう話すと頭を下げてくれた。
そっか、そうだよ。いい奴だもん、本気で食べようなんて考えるはずがないんだ。
つい言葉だけを信じて、いつもの彼を信じきれなくなってた。
「僕こそ相談もしないで勝手なことしてごめん!もっと二人を頼れば良かった......」
そう謝った時に院長先生も合流してきた。
「ああ、ようやく見つかった。心配したんだぞ?」
院長先生はそういって僕を優しく抱きしめてくれた。その温かさと勝手なことをした罪悪感で、ふと涙ぐんでしまった。
「それで、お前どこいたんだよ?探したんだぞ」
二番目の子がそう聞いてきたので、僕は森に入ってからの全てを話す。
「なんと、魔女様に会ったのか?」
「うん、それでね卵に魔法をかけたんだけど、五日間は絶対に割らずに待てって言われたんだ」
「......魔法、か」
一番目の子が眉をひそめて、僕の手の中にある卵を覗き込む。見た目はどう見てもただの白い卵だ。
「そんなの信じられるかよ。五日も待って、もし腐ったらどうすんだ」
二番目の子の言うことももっともだ。
普通なら知らない人の言葉なんて信じられない。でも院長先生は、僕の頭にポント手を置いた。
「いいじゃないですか。魔女様は『悪いようにはしてない』と言ったのでしょう? 五日だけみんなで待ってみましょう」
院長先生のその言葉で、その場はなんとか収まった。
『卵』に様々な想いを乗せ、僕達は孤児院へと帰っていった。
◇◆◇
そして、約束の五日後。
僕たちは台所のテーブルを囲んでいた。
この五日間は本当に地獄みたいだった。
保存食も底をつきかけ、みんな水でお腹を膨らませて耐え忍んだ。
テーブルの上には、あの時持ち出した一つの卵。誰もがこの卵に期待の視線を投げかけている。
「よし、やるよ」
ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。
さすがに手が震える。
もしこれが失敗だったら、みんなの最後の希望を僕が奪ったことになる。期待と、それ以上の恐怖が僕の胸を締め付けた。
けれど、あのお姉さんの言葉を信じるんだ。あの優しい目と光ったあの手を。
僕は意を決して、ボウルの縁に卵を打ち付けた。
カチッ。
乾いた音が響き、ヒビが入る。
僕は両手の親指をかけ、一気に殻を開いた。
その瞬間だ。
「うわっ!?」
誰かの叫び声と同時に、僕も目を丸くした。
殻を割ったそこから溢れ出したのは、とろりとした中身なんかじゃなかった。
コロン、コロン、コロン......
まるで堰を切ったように、殻の中から次々と『新しい卵』が転がり出てきたんだ!
一つ、二つなんてもんじゃない。十、二十......
ボウルがあっという間に卵で埋め尽くされ、テーブルの上にまで転がり落ちていく。
「す、すげぇ! なんだこれ!?」
「卵が、卵が増えてるっ!」
小さい子たちが歓声を上げて跳ね回る。
一番目の子も二番目の子も、口をあんぐりと開けて言葉を失っていた。
たった一つの卵から生まれた山のような食料。
これなら、孤児院のみんなが毎日お腹いっぱい食べても、まだ余るくらいある。
「すごい……本当に魔法だったんだ……」
呆然とする僕の目に、白い卵の山に混じって、キラリと光るものが入った。
「あ……」
僕は慌てて手を伸ばし、それを拾い上げる。
それは、透き通るような美しい『青い卵』だった。
――青い卵は君が必ず持つこと。
お姉さんの言葉が蘇る。
これが......
この青い卵がある限り、きっとこの奇跡は続くんだ。
僕はその青い卵を、宝物のように強く、強く握りしめた。
◇◆◇
それ以来、孤児院から「お腹空いた」という言葉はなくなった。
卵料理のレパートリーも増え、みんなの頬には赤みが戻り、笑い声が絶えなくなった。
外の世界もまだ大変かもしれない。
でも、僕たちはもう大丈夫だ。
僕は台所で大切に保管されている青い卵をそっと優しく撫でる。
いつか僕がもっと大きくなったら、必ずあのお姉さんにお礼をしよう。
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