兄妹心中地獄めぐり~ずっと一緒だよ~

完全に理解したかえる

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第五話 二人ぼっち


麻衣はぐっすり寝ているようだった。
それでいい。お前の泣き顔なんて見たくない。

思い悩むのは、兄である俺だけでいいんだ。

冷めてぬるくなった紅茶を飲む。渋い。砂糖はたっぷり入れたのに。

頭を抱え、先ほど言われた事を頭の中で反芻する。何度も。
思考がまとまらない。俺の体すべてが形を失って崩れていく感覚が、あった。

麻衣は俺の事をずっと前から男として見ていた事。
もちろん性的に意識もしていた事。
今までそれらを、ずっと隠して苦しんでいた事。

俺はあんな、今にも感情が爆発してしまいそうな顔で苦しむ麻衣に、何と声をかけてやればいいのか。

「愛してる」?
「俺が守る」?
「お前を幸せにする」?

全部口から出たデタラメだ。
麻衣が心の底から求めているのは、恋愛としての俺からの愛だ。兄妹愛じゃない。
それに恋心を持ったまま、一緒に暮らすのは麻衣のほうが辛いだろう。

いつもなら、俺は麻衣に優しく声をかけてあげられた。
麻衣の心の支えに、『家族』になれていた。少なくとも今までは。

「でも、今はどうだ……?」

俺が麻衣のためにやれる事など、話を聞いてやるくらいしかないじゃないか。
あいつの思いを、肯定する事すらできやしない。
だって、俺たちは血が繋がった兄妹だから。一緒にはなれない。
当たり前の事だ。息を吸って、吐くくらいに。

じゃあ、あいつの恋を否定したほうがいいのか?
気持ち悪い、やめろとなじって諦めてもらうしかないのか?
あんなに苦しんでいたあいつの思いを?

それとも、あいつの思いを受け入れてやるべきなのか?
友達や親戚と縁を切り、社会から軽蔑の目で見られようと、あいつを幸せにしてやるべきなのか?

頭の中で、感情と情報が渋滞している。

妹の幸せを願ってる。
でも、妹の本当の願いは俺と結ばれる事で。

「どうすりゃいいんだよ」

妹に聞こえないように、小さく疑問を口にする。

母さんと父さんがいなくなってから、麻衣は前より一層俺にべったりになった。
前までは、それを寂しいからだと思ってた。

いや、実際寂しいのもあるのかもしれない。
あいつは両親がいなくなってから、心を病んだから。

毎日週5回教室に通って、いつも通り暮らす。
麻衣にはそれが、できなくなった。

あの頃麻衣は、ずっと俺の隣で泣いていた。

「お兄ちゃんは、いなくならないよね?ずっと一緒だよね?」
「ああ」

俺の袖に縋りつく麻衣の姿を、今でも思い出す。
あの時の俺の返答は、間違っていただろうか。
そばにずっとなんて、いてやれるわけも無いって事は、分かってる。

それでも。
心が弱った家族の助けになりたいと優しさで嘘をついたのは、間違いだっただろうか。

「俺はお前を、家族としてしか見れないよ、麻衣……」

ごめん、と心の中で何度も謝る。
ずっと、お前は「物わかりのいい、家族思いの妹」を演じてくれてたのに。

俺に向けた思いだって、本当は墓まで持っていくつもりだったんだろ?
挙句の果てに、自分を気持ち悪いって否定して。

苦しかったんだよな。
叫びだしたかったんだよな。

ずっと、力になれなくてごめん。

でも、俺はこの問題を今すぐ解決することはできそうにない。
俺も、当事者だから。

でもだからこそ、お前と一緒に悩んで、話して、一緒に苦しむよ。
お前だけに背負わせないよ。約束する。

「麻衣」

俺は、隣ですやすやと寝息を立てる妹を見る。
小さい時から変わらない、つぶらな瞳。整った顔。

「俺は、死んでもお前の味方だ」

痛いほど強く、拳を握りしめる。
この痛みを決して忘れぬように。

幼い時から、麻衣は賢く優しい子だった。
おやつはいつも半分にしてくれたし、野原でかけっこするのも得意だった。

いっぱい、思い出と幸せをもらった。

たくさん、笑顔を見せてもらった。

次は、俺がお前にあげる番だ。安心できて、幸せな居場所を作る番。
例え、この身が削られ、壊れても、お前だけは幸せにするよ。

例えその結論が『俺たちが離れる事』だったとしてもかまわない。
その先の未来で、妹が他の誰かと一緒に笑ってくれさえいれば。

決意を静かに終え、俺は後ろにある棚に手を伸ばした。

夕食後の分の、麻衣の向精神薬を準備する仕事だ。
いつも薬の管理は俺がやっていた。当然薬の場所には鍵を二重にかけてある。

以前、麻衣は薬の過剰摂取で病院に救急搬送されたことがある。
俗に言う、ODという奴だった。

寂しくて、ただお父さんとお母さんに会いたくて。
麻衣はそう言って、病院のベッドで泣きじゃくった。

幸い帰ってきた俺が床で倒れている麻衣を早期に発見したから、
後遺症はほぼなかった。不幸中の幸い、なのかもしれなかった。

児童養護施設に預ける事も考えたが、麻衣が首を縦に振ってくれなかった。
というか、そもそも精神病を抱えOD癖のある少女を預けられるのか。
そこも調べる必要があったが、勉強とバイトで忙しい俺には
当時、そこまでの余裕が無かった。

前に、余暇を縫って精神病のセミナーや本を読んで一通り調べた事がある。
先生いわく、「患者とその家族が共依存状態になるのが良くない」らしい。

じゃあどうすればいいんだよ、と思った。

俺たちが互いを求めてしまうのは、仕方ないんじゃないかとも言い訳した。

……結局、親戚の家を貸してもらって住んでいる。
大人の手を借りなければ、子供は生活できないから。

「麻衣」

世界で一番、大事にしたい宝物の名前を呼ぶ。
前までは、それだけで心が満たされていた。

今は、悲しみの海がただそこにあるだけだ。

「俺は、お前のお兄ちゃんだからな、何があっても」

自分にも言い聞かせるように、部屋の中で小さく呟いた。
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