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しおりを挟む連絡を受けた鳴宮家が、迎えに来たのは話を聞いた数日後のことだった。
自ら出向くつもりであっただけに、その急な展開は余計に春信の神経を尖らせる。
紺の羽織を纏った着物で正装した春信は家の門扉の前で、祥一郎と数人の従業員と対峙していた。昭蔵は見送りに出ることはせず、朝からどこかに出かけてしまっていた。
春の長閑な空気とは正反対に、皆一様に複雑な表情を浮かべ、その刻を待っている。
一台の黒い四輪駆動車が、ガスの臭いを漂わせ家の前に止まる。まだまだ物珍しくもあるせいか、畏怖すら覚えてしまう。
運転席から黒の背広に白い手袋を嵌めた、長身の男が現れる。春信が手にしていた旅行鞄を「お預かりします」と言って受け取ると、早々に前の座席に運んでしまう。
それから、すぐ隣の扉を開いた。
「どうぞ。お乗りください」
春信は「はい」と言ってから、皆の方を向く。
「長い間、お世話になりました。皆様のご健康と益々のご活躍をお祈り申し上げます」
深々と頭を下げ、春信は背を向ける。男に促されるままに、車に乗り込むと扉が閉められる。外からはくぐもった皆の声が聞こえてくる。天井が低く、みんなの顔を最後まで見ることが出来なかったが、鼓舞する声は耳に届く。自分の選択は間違っていないのだと拳を握った。
「随分と慕われていたみたいだね」
車が動き出すと同時に横から声がし、春信は勢いよく隣を見た。
パナマ帽を被り、見るからに値打ちのありそうな茶色の背広を纏う若い男が座っていた。
その顔をまじまじと見つめ、春信は息を呑む。彼は異様なまでに端正な顔立ちをしていた。知的さを漂わせる二重瞼に、綺麗に通った鼻筋。薄い唇は微笑んでいるように品良く左右に上がっている。まさに眉目秀麗と呼ぶに相応しかった。全身から漂う品性に、春信は萎縮する。
「久しぶりだね、春信君」
男の一言に、春信は怪訝な顔をする。記憶を探るまでもなく、男は軽い口調で続ける。
「ボクだよ。成金の鳴宮」
その忌まわしい呼び名に、春信は過去の記憶を呼び覚ます。
「……もしかして、清次君?」
十数年振りで、春信は信じられない面持ちで鳴宮 清次を見つめる。彼とは小学校時代に会ったっきりだったからだ。ずっと引っかかっていた鳴宮という姓が、今ここでやっと思い起こされる。
「……一目見ただけじゃあ、分からなかった」
春信が出会った幼少時代は、もっと小柄で、無口な少年という印象が残っていたからだ。
「大人になったからね。仕方ないよ」
清次が目を細めて微笑む。車の激しい振動を受けながら、春信はただ困惑していた。春信より二つほど歳が上とはいえ、こんなにも大人の男として目の前に現れると、自分が未熟な人間のままに思えてしまう。
「本当だったら袴で来たかったんだけど、父に止められてね。仕方なくこの一張羅で来たんだ」
ネクタイを一撫でし、清次が愚痴をこぼす。
「背広でも充分洒落ていると思うよ。逆に袴で来られてたら、僕が困っていた」
こちらも正装とはいえ、外出する程度のものだ。そんな格式張ったもので来られたら、もっと居たたまれなくなっていたかもしれない。
「そうかなぁ。でも、君がそういうなら、そうなのだろう。君もその紺の着物がよく似合っているよ」
春信の頭のてっぺんからつま先まで、清次の視線が流れていく。
春信は萎縮する。格差のある相手からのお世辞は、気恥ずかしさ以外の何者でもなかった。
「分からない。何故、君という息子がいるのに、僕を養子になんて……ご当主は何か勘違いされているのでは」
釈然としない状況に、春信は掠れた声で呟く。
「安心したまえ。君は何一つ不安に思う必要はないよ」
膝に乗せていた春信の手の上に、熱を持つ清次の手が重なる。
「もう、以前のボクとは違う」
「えっ?」
「ほら、もうすぐだ」
清次の言葉通り、車が一軒の洋風な建物の前で止まる。
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