甘味食して、甘淫に沈む

箕田 はる

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  運転手が車を降り、清次側の扉が開かれる。清次が降りると、早々に扉が閉ざされる。しばらくすると今度は春信側の扉が開かれた。
「さぁ、おりて」
 清次が掌を上に向け、差し出す。一瞬逡巡したが断るのも悪いと、春信は自分の左手を乗せた。引かれるように降りると、急に気分が悪くなり、足がふらつく。清次がそれを支えるように受け止めたことで、春信は転倒を免れる。
 ごめん、と言いながら春信は慌てて清次から体を離した。車内の揺れのせいで、三半規管が狂っていたのだろう。
「初めて乗った時、ボクもそうなった。でも乗り慣れば平気になるよ」
 清次に労わるように背を摩られ、情けなさから春信の頬が熱くなる。 
 開け放たれた門扉を抜けると、珍しい花々が咲き誇る石畳を歩く。名も知らぬ草花や、本物の赤い薔薇まであり、春信は物珍しそうに目を向けた。
 それに気付いた清次が足を止め、「ここにある花は、ほとんど西洋のものなんだ」と説明し始める。
「ボクは貿易の仕事をしていてね。こういったものがよく手に入るんだ」
「……本物の薔薇なんて、初めて見るかもしれない」
 春信は感嘆の声を上げる。
 清次は「美しいだろ。ボクが一番好きな花なんだ」と言いつつ、薔薇が植った花壇に近づく。
 春信も後に続くと、甘やかな香りが鼻腔をくすぐった。
「香りも良いだろ? ただ、棘があるから気をつけて」
 春信はまじまじと観察する。真紅の花弁が中心に向かって重なり、立体的になっていた。茎の部分には青々とした葉が茂り、間には鋭い棘がある。
 菊や紫陽花というのとはまた違った、趣のある美しさだった。
「他にも別の色がある。今度見せてあげるよ」
 清次が「次に進まないと日が暮れるから、行こう」と春信を促す。
 正面に聳え立つ白い二階建ての洋館。正三角形の屋根や正方形の小窓が並んだ白い外壁は、春信の地元ではなかなか見かけない光景だった。
 ただ本家にしては、随分と小ぶりにも思える。
「もしかして、気に入らなかったかい?」
 清次が顔を曇らせ、春信の様子を窺い見る。見当違いな気遣いに、春信は「ご当主はここに?」と問う。
 清次は一瞬虚をつかれた顔をしたが、すぐに「まさか」と言って笑う。
「ここはボクたちだけで暮らす家だよ」
「二人で?」
「そう、二人だけだ」
 春信は二人だけで暮らすには持て余しそうな洋館を見上げる。
 これから兄弟として、同じ仕事に就くのであれば身近で見られるのは自身の後学の為にも有難い。それに家族が別で暮らしているというのであれば、それも気負いしすぎに済みそうだった。
「それにしても、立派過ぎるような気もするけど。二人だけだなんて」
「そんな事ないよ。それより中に入ろうじゃないか。きっと、気に入って貰えるはずだよ」
 清次は足取り軽く玄関の階段を上がる。すでに先程の運転手がそこに立っていて、清次が前に来るとうやうやしく扉を開く。
 清次に手で促され、春信は先に足を踏み入れた。
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