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清次は宣言通り、午後六時前には帰宅した。帽子を脱ぎ、上着を倉田に預けるなり、早々に春信に近づく。
「悪いけど、もう少し辛抱して欲しい。まだボクは、やらなくちゃいけないことがある。新婚なのに申し訳ないね」
春信を抱きしめ甘言を吐くと、清次は名残惜しそうに二階へと上がっていく。
倉田は見て見ぬ振りをしているのか、何も言わずに奥へと引っ込んでいく。春信は羞恥で居たたまれなくなり、しばらく動けなくなっていた。
清次が降りてきたのは、それから一時間ほどしてからのことだった。春信は書庫から持ち出していた本を読みながら、下で待っていた。
倉田は慣れているらしく、丁度良い時宜を見計らって、食事を並べている。
「待たせたね。最近なかなか忙しくてね」
清次が洋卓の前にある椅子に腰掛ける。春信も本を近くの机に置き、食事の並ぶ洋卓の前に座る。
夕食はコロッケで、千切りのキャベツと切ったトマトが添えられたお洒落な一品だった。滅多に口にしない洋食に、春信は舌鼓を打つ。
「初めて食べたけど、すごく美味しい」
サクサクとした衣の中にあるじゃがいもとの相性が良く、春信は感動する。
「それは良かった。食べてみたいものがあれば、言ってくれたまえ。倉田さんに頼んでみよう」
清次はナイフとフォークを綺麗に使いこなし、朗らかに答える。
食事を終えて出された珈琲を飲みながら、清次が貿易の仕事について、春信の興味を唆る話を口にする。様々な国の人と関わることが多いが故の苦労や発見。話を聞くだけでも、春信からしたら驚く事ばかりだった。
「今のボクがあるのは、君のおかげなんだよ。君と出逢わなければ、父の傀儡となり、今のボクはいなかっただろう」
「……別に何もしてないから」
ただ、本が好き同士であったから繋がった。春信からしたら、それだけのことだ。
「君が僕を救ってくれたあの日から、ボクの世界は一気に広がった。君の貸してくれた本を読み、君と語らったことで僕は一人の人間になれたんだ」
初めて出会った時。小学校の校舎裏で本を読んでいた清次に「成金の鳴宮」と言って、数人の生徒が揶揄っていたのを春信が見つけたのだ。黙って言われるがままになっていた清次の間に入り、仲裁したのが春信だった。
あの時の冷めた目は、まるで何もかも諦めているようでもあった。だが、その時清次が手に持っていた本に春信が興味を示したことで、交流が始まったのだ。
「大袈裟だ。僕はただ、仲間を見つけたと思ったぐらいで――」
「大袈裟じゃないことは、君だって分かっているはずだよ」
春信は言い淀みながらも、「……確かに常に苦心しているようだったけど」と珈琲カップに視線を落とす。
「悪いけど、もう少し辛抱して欲しい。まだボクは、やらなくちゃいけないことがある。新婚なのに申し訳ないね」
春信を抱きしめ甘言を吐くと、清次は名残惜しそうに二階へと上がっていく。
倉田は見て見ぬ振りをしているのか、何も言わずに奥へと引っ込んでいく。春信は羞恥で居たたまれなくなり、しばらく動けなくなっていた。
清次が降りてきたのは、それから一時間ほどしてからのことだった。春信は書庫から持ち出していた本を読みながら、下で待っていた。
倉田は慣れているらしく、丁度良い時宜を見計らって、食事を並べている。
「待たせたね。最近なかなか忙しくてね」
清次が洋卓の前にある椅子に腰掛ける。春信も本を近くの机に置き、食事の並ぶ洋卓の前に座る。
夕食はコロッケで、千切りのキャベツと切ったトマトが添えられたお洒落な一品だった。滅多に口にしない洋食に、春信は舌鼓を打つ。
「初めて食べたけど、すごく美味しい」
サクサクとした衣の中にあるじゃがいもとの相性が良く、春信は感動する。
「それは良かった。食べてみたいものがあれば、言ってくれたまえ。倉田さんに頼んでみよう」
清次はナイフとフォークを綺麗に使いこなし、朗らかに答える。
食事を終えて出された珈琲を飲みながら、清次が貿易の仕事について、春信の興味を唆る話を口にする。様々な国の人と関わることが多いが故の苦労や発見。話を聞くだけでも、春信からしたら驚く事ばかりだった。
「今のボクがあるのは、君のおかげなんだよ。君と出逢わなければ、父の傀儡となり、今のボクはいなかっただろう」
「……別に何もしてないから」
ただ、本が好き同士であったから繋がった。春信からしたら、それだけのことだ。
「君が僕を救ってくれたあの日から、ボクの世界は一気に広がった。君の貸してくれた本を読み、君と語らったことで僕は一人の人間になれたんだ」
初めて出会った時。小学校の校舎裏で本を読んでいた清次に「成金の鳴宮」と言って、数人の生徒が揶揄っていたのを春信が見つけたのだ。黙って言われるがままになっていた清次の間に入り、仲裁したのが春信だった。
あの時の冷めた目は、まるで何もかも諦めているようでもあった。だが、その時清次が手に持っていた本に春信が興味を示したことで、交流が始まったのだ。
「大袈裟だ。僕はただ、仲間を見つけたと思ったぐらいで――」
「大袈裟じゃないことは、君だって分かっているはずだよ」
春信は言い淀みながらも、「……確かに常に苦心しているようだったけど」と珈琲カップに視線を落とす。
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