38 / 55
38
しおりを挟む黙々と小豆の選別をしながら、春信は先日のことを考えていた。
いつもは温和な清次が見せた、冷酷な表情。あの時は恐怖を感じたが、それでも軽蔑は覚えない。それどころか、彼が受けていた折檻の傷が今なお、彼の心に遺されているという事実を哀れに思っていた。
春信もよく、父親に打たれたりもしたが、あくまでも手のひらだった。だが、清次は違う。尻や背中を皮のベルトで打ち付けられるのだ。
よく、木の陰に腰掛けた際に、清次は僅かに顔を歪めていた。指摘するとそのような事を言われたのだ。
春信が痛ましげに顔を歪めていると、不意に電鈴が鳴る。
春信は顔を上げる。倉田は買い物に出てしまい、家には春信一人だった。
春信は手を止めて、立ち上がると玄関へと向かう。扉を開けると目の前にいた男の姿に、春信は絶句する。
郵便局員の制服姿で立つ明臣に、春信は「どうして」と言うので精一杯だった。
「言っただろ。どこにいたって見つけ出すってな」
春信はどう返していいか分からず、口を薄く開いたまま言葉を探す。
「逃げるぞ。一緒に」
明臣が決意を固めた顔で迫り、春信の腕を掴む。春信は逡巡する。自分が望んでいたはずの結果にも関わらず、素直に喜べない自分がいたのだ。決して明臣を嫌いになったからではない。今でも思い出しては、罪悪感と寂寥感に胸が張り裂けそうになる。
だが、今はその手を取ることは出来なかった。
「ごめん、明臣。僕はいけない」
「何故だ? あいつに脅されているからか?」
明臣が春信の両肩を掴み揺さぶる。
そんな顔をさせてしまうことを春信は心苦しく思う。それでもせっかく清次が与えてくれた機会を逃すわけにはいかなかった。
「そうじゃない。僕はやらなくちゃいけないことがあるんだ」
逸らしていた視線を明臣に向ける。顔を歪める明臣を前に、春信は拳を強く握る。
「やらなきゃいけないことだと?」
「うん。だから、今は明臣とは行けない」
明臣の手が離れる。苦しげに俯いたあと、「分かった」と明臣が息を吐く。
「お前は頑固だからな。俺が今、何言ったところで曲げないことぐらい分かる」
「……明臣」
「だけどな、それが終わったら俺と一緒に、ここを出るぞ」
明臣が横掛けにしていた黒の鞄に手を入れる。それから取り出した一冊の本を春信に差し出す。
「……これって」
「あの日、お前が読んでいたやつだ。俺も読んだんだ。お前を思い出しながらな」
その本は明臣と過ごした最後の日に、あの部屋で読んでいた『氷層』だった。
「この本の男みたいに、俺の腹は決まっている。どんなことがあっても、お前と何処まででも行くつもりだ」
明臣の腹を据えた姿に、春信は心が揺らぎそうになる。それでも必死で押さえ込み、春信は明臣の顔を真っ直ぐ見て頷く。
そこでちょうど玄関が開かれ、倉田が姿を現す。
明臣が目深に帽子を被り、会釈すると倉田の横を通り過ぎて玄関を出ていく。
「何かお届け物ですか?」
倉田は明臣が出ていった方を振り返り、それから怪訝な顔を春信に向ける。
「いや、家を間違えたみたい。場所を聞かれたんだ」
「……そうですか」
倉田は怪しんでいるようだったが、これ以上言い訳する方が疑いが深まると春信は二階へと向かう。
二階の窓から外を見ると、ちょうど明臣が自転車で去っていくところだった。
消えた先を見つめ、春信は本を持つ手に力を込める。
自分は本当にここから出られるのだろうか。清次を残して――
答えが出せないまま、春信は続きをする為に本を置いて部屋を出た。
12
あなたにおすすめの小説
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話
こぶじ
BL
聡明な魔女だった祖母を亡くした後も、孤独な少年ハバトはひとり森の中で慎ましく暮らしていた。ある日、魔女を探し訪ねてきた美貌の青年セブの治療を、祖母に代わってハバトが引き受ける。優しさにあふれたセブにハバトは次第に心惹かれていくが、ハバトは“自分が男”だということをいつまでもセブに言えないままでいた。このままでも、セブのそばにいられるならばそれでいいと思っていたからだ。しかし、功を立て英雄と呼ばれるようになったセブに求婚され、ハバトは喜びからついその求婚を受け入れてしまう。冷静になったハバトは絶望した。 “きっと、求婚した相手が醜い男だとわかれば、自分はセブに酷く嫌われてしまうだろう” そう考えた臆病で世間知らずなハバトは、愛おしくて堪らない英雄から逃げることを決めた。
【堅物な美貌の英雄セブ×不憫で世間知らずな少年ハバト】
※セブは普段堅物で実直攻めですが、本質は執着ヤンデレ攻めです。
※受け攻め共に、徹頭徹尾一途です。
※主要人物が死ぬことはありませんが、流血表現があります。
※本番行為までは至りませんが、受けがモブに襲われる表現があります。
陥落 ー おじさま達に病愛されて ー
ななな
BL
眉目秀麗、才ある青年が二人のおじさま達から変態的かつ病的に愛されるお話。全九話。
国一番の璃伴士(将棋士)であるリンユゥは、義父に温かい愛情を注がれ、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日、一人の紳士とリンユゥは対局することになり…。
「ねぇ、俺以外に触れられないように閉じ込めるしかないよね」最強不良美男子に平凡な僕が執着されてラブラブになる話
ちゃこ
BL
見た目も頭も平凡な男子高校生 佐藤夏樹。
運動神経は平凡以下。
考えていることが口に先に出ちゃったり、ぼうっとしてたりと天然な性格。
ひょんなことから、学校一、他校からも恐れられている不良でスパダリの美少年 御堂蓮と出会い、
なぜか気に入られ、なぜか執着され、あれよあれよのうちに両思い・・・
ヤンデレ攻めですが、受けは天然でヤンデレをするっと受け入れ、むしろラブラブモードで振り回します♡
超絶美形不良スパダリ✖️少し天然平凡男子
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる