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しおりを挟む粒餡の進捗が芳しくないこともあり、春信は先にこし餡作りから着手することにした。
清次からも、「行き詰まっているなら、こし餡の方からやってみるのはどうだろか」と提案されたのも決断の一つだった。
こし餡作りは粒餡以上に根気のいる作業が伴った。茹でた豆を漉し器に移し、水を流しながら漉していく。丸いボールに溜まった水と沈殿物を分ける為に、うわずみを捨てる作業を繰り返す。最後に濡れた手拭いを敷いたザルに流し込んでいく。これを絞れば、中に残ったのがこし餡の元となる。
手拭いを絞っていると、「熱心だね」と背後から声がかかる。
春信が振り返ると、清次が手元を覗き込んでいた。
「時間があまりないから」
満足のいく物を生み出すには、相当な時間を要する。だからこそ、時期が決められている事に強い焦燥感があった。それに加え、夏場はチョコレートが溶けやすい。買ったらすぐに使わなくてはならなかった。
「今度はこし餡なんだね。君はどちらの方が好きなんだい?」
「僕には選べない。どちらも甲乙つけ難いから」
春信は即答する。
粒餡は皮の歯応えや風味を楽しみ、こし餡はねっとりとした甘さを堪能できる。どちらか選べと言われても、春信はどちらも良いとしか答えようがなかった。
「君は意外と欲張りなんだね」
「そう言う清次君はどうなの?」
「そうだなー。ボクはどちらかと言えば粒餡かな」
「……粒餡」
春信からすると、清次は品があり、でも舌にまとわりつくような執着心からして、こし餡の印象があった。
そこでふと、明臣とも同じ会話をしていたことを思い出す。
明臣は「こし餡だな」と言っていた。主張が強く、食べ応えのある感じからして、明臣は粒餡の印象だっただけに、意外だと返していた覚えがある。
春信が両方共と言った時には、「優柔不断だな」と呆れられもした。
明臣のことを思い出し、春信は胸に痛みが走る。
「粒餡じゃ不満かい?」
春信は慌てて「そうじゃない」と否定する。
清次は春信の顔を探るように見つめ、それから表情を和らげる。
「あんまり無理してはいけないからね。身体を壊してしまうよ」
「そういう君だって、最近働き詰めだと思うけど」
清次にしても、最近は夜遅くまで仕事をしているようで、春信が起きている間に寝室に来ることが減っていた。
朝起きても隣にいることはなく、すでに仕事を始めているようでもあった。
「ボクは慣れているからね。それに一家の大黒柱なんだから、当然のことだよ」
「……もしかして、僕のせいで」
どの材料にしても、高価な事には違いない。最近は頻繁に作っている事もあり、家計の負担になっているように思えた。
「君はそんなこと、気にする必要はないよ」
「……でも」
「これぐらいで破産するような、小さい男に見えるかい?」
「そんな事はないけど」
「だったら、気にせずに湯水のように使ってくれたまえ。どうしても気になるなら、金庫にある土地の権利書や札束でも見せようか?」
清次が悪戯っぽい口調で迫る。とても嘘には聞こえないところから、春信は「構わないから」と慌てて断る。
「今は色々立て込んでいるだけだから、遠慮はいらないからね。ボクに出来る事があったら、何でも言うんだよ」
「ありがとう」
清次は微笑むと台所から出ていく。書斎に戻って仕事の続きをするのだろう。
こないだの事件以降、少し気まずく思っていたが、清次は至って普通に接してくる。
そもそも、自分が約束を破った事が原因なのだから怒って当然のことなのだ。そう考えると彼の豹変を非難する筋合いは、自分にはないのかもしれない。
清次の献身ぶりを前に、春信は気持ちを改める。期待してくれている清次の為にも、頑張らねばと春信は作業の手を進めた。
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