去りし記憶と翡翠の涙

箕田 はる

文字の大きさ
59 / 93
第三章

18

しおりを挟む

 台風も去った明け方近くに、本州へと納品に行く漁船に同乗させてもらうと天野は島を後にした。
 船上から見える地平線に浮かぶ朱色の太陽が、半分ほど顔を出していて壮観だった。まるで水面に道を作るように、朱色の光が海に描かれている。
 恭治とその眺めを堪能しつつ、天野は屋敷に戻ってからの計画を頭の中で反芻していく。
 上手くいく保証は何処にも無く、不安も無かったわけじゃない。泰子が今どんな様子なのかと、落ち着かない心持ちでもあった。
 ここまで来たからにはやるしかないのだと、自分を鼓舞するように拳を固く握れば、恭治が「大丈夫だ」と肩を叩いてきた。
 困ったように頬を緩めている恭治に「ありがとう」と天野が口角を上げた時、船が本州に着いてしまった。

「本当にありがとうございます」

 天野は市場に向かおうとする勇夫に、頭を下げて礼を述べた。

「気にするな。泰子ちゃんが来れば、あの家もまた賑やかになるだろうしな。君のお父さんには世話になったが、泰子ちゃんの未来に陰を落とすようなことはあっちゃならない。同じ親として、俺はそう思う。まぁー今の時代、あんまし大きい声では言えんがな」

 君も頑張れよと言って恭治と同じように困ったような笑みを浮かべると、他の漁業仲間を追うように市場へと向かって行った。

「恭治も本当にありがとう。恩に着るよ」

 見送りの為に残ってくれた恭治にも、天野は頭を下げる。

「だからやめろって。男がこうも何度も頭を下げるもんじゃない。そんなお前の行く末を考えると、俺は心配でならん」

 眉間に皺を寄せ、恭治は少し憤っているようだった。

「僕は恭治の人生を変えてしまうような真似をしてしまったんだ。頭を下げない方が可笑しいだろ」

 居た堪れなくなり、天野は言い訳を口にする。

「……まぁいい。兎に角、準備が整ったら直ぐにでも葉書を送る。足が付かないように、差出人は書かないでおこう」
「分かった。こちらも泰子に話を付けて、いつでもそちらに行けるように準備しておく」

 互いに固く握手を交わし合った後、天野は最寄りの駅から汽車に乗って都内へと戻った。


 昼に屋敷に着いた天野は、女中に留守の間に変わりはなかったかと問いかける。
 父が日本に戻ってきていて、此処に顔を出した旨を伝えてくるや否や女中は表情を曇らせた。何かあったのだろうと察しがつき、天野は構わないからと先を促す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユキ・シオン

那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。 成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。 出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。 次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。 青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。 そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり…… ※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

忘れられない君の香

秋月真鳥
BL
 バルテル侯爵家の後継者アレクシスは、オメガなのに成人男性の平均身長より頭一つ大きくて筋骨隆々としてごつくて厳つくてでかい。  両親は政略結婚で、アレクシスは愛というものを信じていない。  母が亡くなり、父が借金を作って出奔した後、アレクシスは借金を返すために大金持ちのハインケス子爵家の三男、ヴォルフラムと契約結婚をする。  アレクシスには十一年前に一度だけ出会った初恋の少女がいたのだが、ヴォルフラムは初恋の少女と同じ香りを漂わせていて、契約、政略結婚なのにアレクシスに誠実に優しくしてくる。  最初は頑なだったアレクシスもヴォルフラムの優しさに心溶かされて……。  政略結婚から始まるオメガバース。  受けがでかくてごついです! ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載しています。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...